初めての一人旅in金沢~富山

夏目碧央

第1話 お一人様が苦手

 朝の雑踏に紛れ、スーツケースを引っ張って、東京駅に到着した。

 最寄り駅の手前でコンビニに寄ろうと思ったが、時間がなくて寄れなかった。新幹線に乗る前に、まずは朝ご飯を買わねばなるまい。

 東京駅、北陸新幹線のホーム。通勤ラッシュ真っただ中の朝8時……なのだが、ここはさして混雑していない。というか、ガラガラである。皆さんお盆休みなのだろうか。それとも北陸新幹線に朝のラッシュアワーなど無いのか?

 朝からあまりガッツリ食べるのは良くないので、コンビニのようなショップでサンドイッチと十六茶を購入。それから、ガム。旅行にガムは欠かせない。なぜなら、食後にすぐ歯磨きが出来ない事が多いから。これらの品を無人のレジでピッピッとやる。時代は変わった。スマホ決済で小銭も必要なし。そして、買った物を自分の持っているエコバッグに詰める。これも時代だ。しかし、スマートフォンに買った物にエコバッグ。手に余る。少々手間取り、というかモタモタし、後ろに列が出来て焦る。ホームはこんなにガラガラなのに、何故列が出来るのか。そりゃまあ、皆さん乗車前に飲み物などを買いたいのだろう。おばちゃんがモタモタしていて申し訳ない。

 ホームで数分待つと、北陸新幹線「かがやき521号」が到着した。2号車に乗り込む。予め家でネット予約しておいた席へ。後ろから2番目の窓際である。周りには誰も居ない。始発なのでもちろん空いているのである。

 列車が発車し、ハムと卵のサンドイッチを出してかじると、途端に開放感で一杯になる。自由だ!


 コロナ禍も3年目になった。毎年夏には家族旅行をしていたが、コロナが蔓延してからは、夏の旅行はおあずけになっていた。その2年半の間に、子供達が子供ではなくなった。いや、私の子供には違いないのだが、成長して大人になったのだ。

 我が家には二人の息子がいる。長男は大学3年生。コロナと同時に大学生になったのだ。それでも、去年は一人で温泉旅行に出かけたし、今年もサークルの合宿と個人旅行とを既にこなしていた。因みに、私が選んで新しく買った白いスーツケースは、まずは長男に使われてしまったのである。危うく無くしかけたが、無事取り戻し、汚れや傷などは幸い付いていない状態で、今ここにある。

 次男は高校3年生。やはりコロナと同時に高校生になった。彼は今受験生。その上、2年生で行くはずだった修学旅行が延期になり、この間行ったばかりである。

 夫は会社員。夫の夏休みに合わせて家族旅行をするのが常だったのだが、今年は休めるか分からないと言われていた。仕事が忙しいからだ。それなのに、8月初頭に夫がコロナに感染してしまい、自宅隔離を余儀なくされたものだから、もう夏休みを取るのは絶望的だった。

 考えてみれば、子供達は修学旅行だとか移動教室だとかで家を空ける事があるし、夫も時々出張や社員旅行で家を空ける事があるのに、私には一人で宿泊する事が、この17年なかった。17年前の次男の出産で入院して以来、なかったのである。

「一人で行っちゃおうかなー。」

と、ちらっと言ってみたら、夫が大いに賛成してくれた。一人で行っておいでと。夫はいつも私に冒険をさせたがる。子供に「はじめてのおつかい」をさせて喜ぶのと同じだ。それは分かっているが、せっかく賛成してくれたので、行ってみる事にした。それで、どこに行こうか考えて、色々と計画を立て、ホテルや切符の手配を済ませ、8月17日にとうとう一人旅に出たのである。


 しかし、嬉々として出かけた訳でもなかった。私は家で、パソコンに向かってばかりいる。外に出る事はそもそもあまり好きではない。そして「お一人様」が大の苦手なのである。

 一人で歩くのはいい。一人で銀行などに行くとか、買い物をするのはいい。最近、一人で映画を観るという経験はした。まだちょっと苦手だが、まあ映画の最中は黙って座っているだけだから、大丈夫。美術館は既に一人でも大丈夫。だが、飲食店がダメだ。

 仕方なく、一人で飲食店に入った事はある。けれども、食べていても落ち着かない。食べた気がしない。リラックス出来ず、本やスマートフォンを眺めつつ、悪目立ちしないように食事をする。これでは味も分からない。

 それはお昼ご飯の話で、これが飲み屋なんかだとまた違ってくる。飲み屋での「一人飲み」は、した事がない。飲み会は大好きだし、飲み屋に友達や夫、家族などと一緒に行くのも大好きだが、一人で行きたいとは思わない。結局人目を気にしているからだと思うのだが、何だかこんなおばちゃんが一人でいたら、寂しいし、痛々しいし、見ているのも辛い。かつて大学生時代、学食でおばちゃん(親世代の学生)が一人でお昼を食べているのを見て、涙が出てしまった事がある。ああはなりたくない、と思ったものだ。

 しかーし、時代は変わった。今や「お一人様」は当たり前。そのうえコロナ禍である。黙食が推奨される昨今、一人で行くのが一番飲食店の為になり、ひいては社会の為になる。経済を回しつつ、感染を広げないという意味で。

 とはいえ、何だか怖い。本当に一人で飲み屋に入れるのか。この旅行は、ちょっとした試練がありそうだ。

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