第二話

 サージャルと二人楽しく生活を始めたのですけど、サージャルは王族だけに流石に舌が肥えています。それにどうもお肉が好きだったようです。それでパンと果物と野草と魚料理しかない食生活に少し不満があるようでした。お口には出しませんでしたが私には分かります。ちなみにお料理は私がしています。料理は得意です。


 なので、私はサージャルに野菜や家畜の導入を提案しました。私は王国を追放になっていますから国境は越えられませんけど、サージャルなら王国に買い出しに行くことは問題無く出来る筈です。


 サージャルは逡巡していらっしゃっいましたけど、私が熱心に薦めると、結局同意して「必ず戻ってくるから!」と強調なさってから国境付近の町まで馬で出掛けました。対価用の麦の袋を二袋、馬の背に積んで。


 三日後、サージャルは羊をひとつがいと野菜の種を持って帰ってきました。帰って来ることは分かっていたから心配はしませんでしたよ? でも帰ってきてくれて嬉しかったですね。


 羊には季節を早回ししてドンドン増えてもらい、お陰でお肉と羊毛が手に入るようになりました。畑を作って野菜の種も蒔き、食卓は彩り豊かになりましたよ。サージャルも大喜びです。彼が来て三ヶ月も経てば羊はもう二十頭にも増えました。羊の世話はサージャルの担当です。彼の加護神は上位神である統治の神様だそうで、統治には牧畜も含みますからね。


 羊を連れてまた町まで行き、市場で必要な物と交換します。行商人に依頼して砂糖ですとか胡椒ですとかも頼みます。結構高価な物ですが、羊や麦はその気になれば無限に増やせますから問題ありません。


 羊毛があるので染料入手してきてもらい絨毯とかタペストリーも作ります。こういうのは神々のお力であっという間に作っても良いのですけど、良い暇つぶしになりますから自分でチマチマ織ります。私には全ての職業神の加護があるのと同じですからお手のものです。普通の人の三倍以上の速度で織れますよ。


 神々のご加護があれば気候を過ごし易い一定に保つ事も出来るのですけど、それだと植物が上手く育たないので、程よく春夏秋冬を保っていますから、冬はそれなりに寒くなります。羊毛で冬服を仕立て、それをサージャルにプレゼントしたらずいぶんと喜んでくれました。


 池を凍らせてスケートをしたり、雪を降らせてスキーをしたりもしましたよ。サージャルは王子様だけにそういう遊びにも長けていて、私に教えてくれました。二人で楽しく滑って転んで、家に帰って暖炉で服を乾かしながら談笑する。なかなか楽しかったですよ。金髪碧眼の王子様らしい容姿のサージャルとは彼が来てから半年も経てばすっかり打ち解けて仲良くなっています。彼もこの生活に満足してくれている様子でした。


 春になり、畑と羊の世話をしながらサージャルは時々町まで買い出しに出掛けます。私が作り過ぎたカーペットやタペストリー、毛織物なんかも良い価値があるらしくて、サージャルが来ると行商人が飛んでくるそうです。


 で「何もない荒野から来るのにどうしてそんなに色んな物が持って来れるのか?」と行商人や市場に来る町の人に不審に思われたみたいですね。無理もない事ですよ。国境の辺りは私たちが住んでいる荒野よりはマシとは言え、王国の中でも最貧地域で、麦はとても育たず、ライ麦やソバやその他雑穀の栽培、それと牧畜で生計を立てているそうですから。


 それなのにサージャルはいつもどっさり小麦を持ってきて、去年つがいで買っていた羊はいつの間にか何十頭にもなっていて、挙句にカーペットや毛織物が量産されている。荒地には村など無い筈なのになぜだ? と思われたようでした。それは不思議に思うでしょうよ。どうも盗賊団が荒野に巣食っていて、盗品を売りに来ているのでは? と疑われたみたいですね。


 である時サージャルは町に行ったらとっ捕まって尋問されたそうです。サージャルは慌てて王家の紋章を出して自分は王子であり別に不審人物では無いと強調しました。


 こんな辺境に王子が住んでるなんてあり得ないでしょう。町の人たちは信用せず、困り果てたサージャルは「私は聖女と荒野に住んでいるのだ」とより訳の分からない事を言って更に不審がられました。


 最終的にはサージャルは町の人たちに、私たちのオアシスを見せて自分たちは盗賊などではないと証明することにしました。町の有力者を三人連れて、サージャルはオアシスに帰って来ました。


 町の有力者の三人はオアシスを見て呆然としていましたよ。草木一本生えていない荒野に突然緑溢れるオアシスが現れたらそれは驚くでしょう。


 王国東辺境では水は常に不足していて、物凄く深い井戸を掘らないと水が手に入りません。それを必死に汲んで畑に撒いたり羊に飲ませたりして生活してるのです。それが私のオアシスでは綺麗な水を湛えた大きな池があって、真っ黒な土の畑には青い麦が揺れ、羊は真っ青な草を食って肥え太っています。それは何事かと思うでしょうね。


 で、緋色の髪と金色の瞳をもつ妙に背の高い女。つまり私が、小屋から出て来るなり、サージャルを捕らえるように取り囲んでいた男たちを見て、激怒して叫んだのですよ。


「サージャルに何をするのですか! サージャルから離れなさい!」


 で無意識に風を起こして男たちを吹き飛ばしました。男たちは転がって目を回してしまいました、私はサージャルに駆け寄って無事を確かめて安心しましたよ。今や大事な彼に何かあったら大変です。


 で、プリプリ怒っている私に、男たちは平伏しました。サージャルはむしろ私を宥めて、町の者と私の間を取り持ってくれましたね。


 オアシスの様子を見せてあげると男たちはもう唖然呆然。陶然としていましたね。「夢の世界だ」と感涙を見せる者もいました。それは生まれた時から痩せた土地に暮らしている彼らにとっては、有り余る水に恵まれ草木に埋め尽くされたこのオアシスは夢に見たような光景だったことでしょう。


 私は彼らに、私は大女神様の加護を有する聖女であることを告げ、ここに暮らしているから、飢饉の時などには助けてあげるから上手くやりましょう、と言いました。男たちは驚き畏れ、平伏してけして私とサージャルに手出しをしないと誓って帰っていきました。


 私はこれで大丈夫でしょう、と安心し、話はこれで終わったと思っていたのです。


  ◇◇◇


 数日後、町から人がやって来ました。食料の買い付けにでも来たのかした? と思って面会してみると、彼らは意外な事を言い出しました。


 なんでも昨年の冬は厳しく、何とか餓死者は出さずに乗り切ったものの、近隣の村々にはもう限界の家が多くあるのだそうです。


 で、そういう家は次の冬を乗り切るためにどうにかしなければいけません。一番効果的な手段は人を減らす事です。つまり、子減らしです。


 この場合、一番多い方法は子供を売る事です。都会に労働力として子供を売るのです。都会の貴族の家などは労働力をいくらでも欲していますからね。私がいた孤児院でも子供たちはある程度の年齢になると貴族の家に労働力として貰われていきます。


 そこで過酷な労働に携わる訳ですけど、まぁ、死ぬよりマシですよ。売れない子供は殺されてしまう事もあるんですから。


 で、今回、困窮した家は子供を売りに出す事を考えているのですけど、彼らが私のところに子供を売ることを希望しているというのです。


 何でも大きな農場ですから人が必要だろうし、あれだけ豊かな農場なら子供たちは飢える事は無かろうと思ったとの事。見知らぬ都会で奴隷同然の働きをするなら、国境の外とは言えそれほど遠くもない荒野のオアシスで働かせたいと思ったのでしょう。


 ……私はそれを聞いてちょっと嫌な思いを抱きましたよ。


 なにしろ私は孤児出身です。親に捨てられたんだか売られたんだかは知りませんけど親がいません。親のことは大して恋しくありませんでしたけど、親に甘える子供たちを見て複雑な感情を抱いた事は何度もありました。


 その私が子供を買うのですか? 孤児を作るのですか? ちょっとそれは嫌な感じです。楽しいことではありません。そんな事はしたくありません。子供は出来るだけ親元で過ごすべきでしょう。


 しかし、私が断れば、子供は遠い都会。恐らくはここから四日も掛かる王都に売られてしまう事になるでしょう。おそらく一生親子は離れ離れになってしまいます。それも如何にもかわいそうです。


 私は悩みました。上を向いて唸っていると、サージャルが言いました。


「レイミ。人がいたら出来る事が増えるから、受け入れよう。子供達だって他へ行くよりずっといいと思うよ」


 優しいけど王族として人を使う事に慣れている彼らしい言葉です。確かに彼の言う通り。子供達の幸せを思うなら、あえて彼らを孤児にした方が良いのです。


 でも、私の感情的にそれはしたくない。私は悩み、ふと、良い方法を思いついてしまいました。そうですよ。こうすれば良いのです。


「分かりました。受け入れましょう。ただし条件があります」


 案件を持ってきた町の者は少し緊張した様子でした。値段交渉が始まると思ったのでしょう。ですけど、次の私のセリフを聞いてみんな驚いてしまいました。私はこう言ったのです。


「子供だけは受け入れません、必ず、親ごと移住して来てください」


「は? どういう意味で?」


「そのままの意味ですよ。幸い土地はいくらでもありますし、神々のお力で肥やしますから、困窮している家族が揃って移住してくれば良いのです。それで全て解決でしょう?」


 サージャルも手をポンと打ち合わせます。


「ああ、それは良い考えだ。そうすれば子供と親が引き離されないで済むしね」


 町の者たちは目を白黒させていましたけど、一応は納得して帰りましたよ。


 で、しばらくして移住希望だという十名ほどの者がオアシスまで視察に来ました。家族を代表して本当に移住出来るのかを確認に来たのです。


 そのボロボロの服装という痩せ細った風体といい、困窮しているという言葉に嘘は無いようでした。


 で、私たちのオアシスを見て、彼らは愕然と立ち尽くした訳です。それはそうです。固い土地を引っ掻いて、何とか雑穀を作り痩せた羊から騙し騙し毛を刈って暮らしている彼らにしてみれば、瑞々しいオアシスの様子はまるで楽園でしょうからね。


 それはもう、その後数日で十家族が移住して来たのも無理もありません。総数五十名。オアシスを見た子供たちは大喜びで池に飛び込んで遊び始めましたよ。


 私は移住者に私たちに服従する事を誓わせました。これはトラブルを解決するときに、上下関係が明確で無いと難しくなるからです。その上で土地を分配しました。


 大サービスで小屋も建ててあげましたよ。あっという間に小屋を十軒も建ててしまった神々のお力に、移住した皆は大いに畏れていましたから、私に逆らうような事はありませんでしょう。


 農地は肥えていますし水も豊富。放っておいても彼らが生活に困る事は無いでしょう。私としては、私とサージャルののんびり生活を邪魔されなければ何でも良いのです。


 実際、痩せた土地で暮らしていた彼らにとって、こんな豊潤な土地での生活は逆に戸惑う事ばかりだったようで、ほとんど何もしないでも麦は育ち家畜は肥えて増えるのです。自分たちは何をしたら良いかと私たちに聞いてくる始末でした。


 人数がいますから畑は大いに拡張しました。麦も野菜も芋も大豊作です。移住者が連れてきた牛や馬や豚も増やしましたから、食卓は豊かを超えて贅沢の域に達しました。暇を持て余してしまった住民の奥様や娘さんが私の家に手伝いに来てくれて、私の教えた通りに料理をしてくれるので、私は炊事洗濯の仕事から解放されてしまいました。暇です。


 あまりにも豊作で家畜も調子に乗って増やし過ぎてしまったので、住民がこれを市場に出すことにしました。数人が町まで行って市場で嗜好品と交換してきたのですけど、この時に彼らが旧知の者たちに私たちの村の様子を興奮して語って聞かせたらしいのです。


 で、彼らが帰って来る時にはその後ろに移住希望の家族が十家族も付いてきてしまいました。そしてそれからも移住希望者が続々と荒野を歩いて私たちの村までやってくるようになったのです。


 まぁ、当然かも知れません。困窮してボロボロの状態で決死の覚悟で国境を越えた者たちが、ツヤツヤピカピカになって唸るほどの物資を売りに来たなら、それは故郷を捨てさせるに十分な出来事でしょう。


 ま、良いでしょう。私は鷹揚に移住者を受け入れましたよ。農地を広げ、面倒なので小屋は材木だけ用意してあげて自分で建てさせましたけどね。人数が百人を超える頃にはかなり村らしくなり、三百人を超えたら町っぽくさえなりました。木だけでなく石も使いたいという意見があったので、私が土を固めて建材用の整った石を山ほど創ってあげました。それを使って人々は家を建てていきました。


 ついでにじゃ無いですが、私たちの家も皆が一生懸命建ててくれましたよ。まぁ、私がその気になれば一瞬で建ってしまうんですけどね。でもサージャル曰く「民の感謝の気持ちは受け取った方が良いよ。その方がお互い気持ち良いだろう?」というのでありがたく造ってもらいましたよ。大工の加護を受けた者も既に結構いましたから、立派なお屋敷が私とサージャルの新たな家になりました。


 こうして、私がここに住み始めて三回目の冬を迎える頃には、続々と人々が移住してきた私たちのオアシスは人口二千人近くになり、さすがに手狭になってきました。

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