第2話

10月13日 12時7分 (久地修太からの電話)

 よう、久地だ。さっきは電話、ありがとな。講座とセミナーの準備で忙しくてさ。気づくのが遅れちまった。

 今、調子いいのか? ヒドい声だな。調子悪いなら調子悪いで、大人しくしてりゃいいのに。

 もごもご言ったって、何話してんのかわかんないよ。いいよ、じゃあ、お前は黙ってろ。俺が一方的に話してやるから。

 まず、セミナーだけど、とりあえず開催はされるって。教授にあんなことがあった後で、開催すべきなのかわからないけど。もう、日にちが迫り過ぎてるし、今から中止するのは無理だろう、って。まあ、ポスターもチラシも刷り終えちゃってるしなぁ。ポスターには教授の名前が出てるから、そこだけ塗り潰して…… って感じかな。あと、WEBサイトも。

 でも、みんな動揺してるせいか、やることができてほっとしてるみたいだ。星井さんなんて、すっごく青褪めた顔して、今にも卒倒しそうに見えたもんな。二ノ瀬さんも、ショックを受けてるみたいだった。耳野さんは、いつもとあんま変わらなかったな。

 俺? 俺は平気だよ。先輩達と違って、大してやることもねえし。先輩達のほうが、教授との付き合いも長いしな。

 そういえば、今日、二ノ瀬さんが教授の家に行ってるらしい。住み込みのお手伝いさんがいるから、その人のこととか、まあ様子を見に、ってことらしい。やることがあるなら、次は俺も一緒に行こうかな。

 こっちはそんな感じ。なんとかやってる。

 ああ、話は変わるけどさ、お前が以前言ってたあのゲーム、俺もやってみたよ。ほら、Streamで配信されてる『RRR ディメンションズ』ってやつ。あれ、面白いな。俺、シューティングなんてあんまやったことなかったから、どうなんだろうと思ってたんだけど、やってみたらハマッたハマッた。こないだなんか、午前二時までぶっとおしでやってさ。エリア9まで制覇したんだけど、その時点で残機が一。その後、やたらと強いボスに出くわしたんだけど、しょっぱなは当然やられて、残機ゼロの状態で再び突っ込んでいって―― まあ、結果はわかるだろ。

 お前が言ってた、ヒリヒリするような緊張感が、ちょっとだけわかったよ。あれ、マルチプレイもできるんだよな。病気が治ったら、一緒にやろうぜ。

 って言っても、お互いゲームに没頭できるほど暇な時間はないだろうけど。お前も復帰した途端、多忙な日々にもみくちゃにされるんだろうな。

 とにかく、そういうことだから、今は充分体を休ませておけよ。あ、あと、無理して電話してこなくていいからな。じゃ。



10月13日 17時47分 (星井京香からの電話。固定電話に録音)

 こんばんは、星井です。

 今日も留守録だね。いいの、ゆっくり寝ててね。

 教授の件なんだけど、娘さんから連絡があって、警察から、ひとまず教授の死に不審な点などはないと判断した、と知らせがあったんだって。不審な点なんてないだろうとは思ってたけど、ほっとした。娘さんも、ようやくこれで葬式ができる、と胸を撫で下ろしたみたい。

 それで、事故原因なんだけど、教授のハンドル操作のミスによるものらしい。ミスの原因のほうはわからない。警察は、少なくとも飲酒や薬物、病気によるものではないと考えられる、って言ってる。遺体を詳しく調べた結果、そう判断したんだって。ただ、事故による損傷が激しかったせいで、はっきりと断定はできないようなの。

 結論としては、飲酒運転ではないものの、その他の可能性は排除できない、ってことみたい。何らかの発作を起こして運転をミスってしまったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない、ってこと。

 なんか、モヤモヤするよね。だけど、これ以上のことはわからない、って警察が言うんだから、しょうがないんでしょうね。

 それで、明日、お葬式があるの。ただ、事情が事情だし、遺体の状態もそんなだから、家族葬にする予定だって。集まれる親戚だけで、こぢんまりとやるらしい。まあ、わたしもそのほうがいいと思う。教授の仕事関係の人達を呼ぶとなったら、きっと大騒ぎになるだろうから。ほら、教授って顔だけは広かったでしょ。きっと、南米研究の著名人があっちからもこっちからも押し寄せて来てたと思う。そりゃもう、葬儀場が沸き返るくらいのお祭り騒ぎになってたでしょうね。

 ふふ。ちょっと冗談を言っちゃった。不謹慎かな? 不謹慎よね。でも、まあいいや。わたし達も疲れちゃったし、明日の葬儀が終われば一息つけるんだしね。やっと、肩の荷が下ろせるってところ。

 教授ってさ、ちょっと日本人離れしたところ、あったでしょ。いつも真っ黒に日焼けして、髪なんか天パーなのか知らないけどチリチリで、目の色も薄くってさ。そんな話聞いたことないけど、あれ、やっぱり先祖に南米の人がいるんだろうか。だとしたら、インディオというよりメスチーソって感じね。お葬式も土葬じゃなきゃまずいんじゃないのかな。

 ごめんね、わたし悪ノリしてる。児島君って、何言っても怒らない雰囲気があるから。つい図に乗って、ストレス吐き出しちゃったかも。

 こんな軽口叩いてるけど、わたしもほんとにショックを受けたんだよ。教授のこと、心底尊敬してたし。――あ、本気に聞こえない? ふふふ。でも、ほんと。本当に、教授のこと惜しい人亡くしたって思ってる。

 ふぅ。

 あ、そういえば、二ノ瀬から連絡があった。二ノ瀬、教授の家に様子見に行ってくれてたんだ。例のお手伝いのお爺さんと少し話をしたみたい。わたしも、まだあんまり詳しくその話を聞けてないから、また今度、聞いておくね。

 じゃあ、またね。



10月14日 16時20分 (二ノ瀬透からのメール)

 児島君、お久し振り。

 病気のほうはどうですか。少しはよくなってきたかな。久地君から容体については聞いてます。相変わらず、喋ったり、文字を読んだりするのは辛いらしいね。

 それなのにメールなんか送ってきて、この野郎、と思ってるかもな。

 ごめんな、僕はどうもその、留守録ってのに抵抗があって。うまく喋れるとは思えなかったんだ。

 だから、メールで伝えることにした。

 もう少し下に貼りつけるつもりだけど、同じ報告文をほかのメンバーにも送るつもりでいる。昨日と今日、教授宅へ行ってわかったことや、推測したことなどをまとめたつもりだ。君もそれを読んで、現状を把握してほしい。

 とはいえ、それほど大したことがわかったわけじゃないよ。今日、ようやく葬儀が終わったところだし、僕らにできることは限られてる。それでも、教授の死についてわからない点を、教授の娘さんの許可を得て調べられるというのは、気持ちの整理をつけるという意味でもありがたいことだよ。

 君も知っての通り、コロナの流行によって世界中で多くの患者や死者が出た。日本でも、一時は医療機関が機能不全を起こすほどの混乱ぶりを見せた。

 南米でもその影響は大きかった。いくつかの国で所得格差の影響が拡大し、貧困層が適切な医療を受けられないなどの深刻な状況に陥った。ようやくそれが終息に向かい、今は日常を取り戻しかけている。渡航の許可も下りて、ほっとしている関係者も多い。柳沢教授もその中の一人だった。君も知るように、先々週、待ちかねたように飛行機に跳び乗り、ブラジルへ飛んでいってしまったんだからね。

 ただ、教授が何のためにそこまでしてあの国へ行ったのかは、誰も詳しく知らない。無論、そのことと教授の死に関係があるわけはないが、少なくともあの人の死の直前の出来事ではある。どういう事情だったのかを知りたいと思うのは自然なことだと思う。

 教授の娘さんも、僕らと同じ意見だ。そこで、教授のPCや家の中の資料を好きなだけ調べていい、という許可をいただいた。元々、資料に関しては教授の家に置いてあるだけで、研究所の所有物だったりするわけだけどね。

 それと、教授のお手伝いさん、茂田さんというんだが、その人にも話を聞いた。それで、資料についてはまだまだ調べきれていないが、いくつか情報を共有しておきたいんだ。

 以下が、さっき言った報告文だ。一読しておいてくれ。


 10月13日、教授の自宅に到着。ドアベルを鳴らすとお手伝いの男性が現れた。面識があったので、すぐ中へ入れてもらえる。男性は茂田伴三、年齢七十代。十年ほど前から教授宅で住み込みで働いているらしい。素性のよくわからない、怪しい人物だが、悪い人間という感じはしない。おそらく、物好きな教授が面白がって家に置くことにしたのだろう。

 茂田さんは教授の死後も、行くところがなく留守を預かっていたらしい。中に入ると部屋は奇麗に片付いていて、書斎には教授の好きな煙草の匂いがして、デスクの上の雑誌は開いたままだった。開け放ったドアから、今にも、よう、と教授が入ってきそうな気がした。

 事故の起きた日の教授の様子について茂田さんに尋ねたが、特におかしな様子はなかった、という返事だった。教授は偏食だが、その日はちゃんと朝食を取って家を出たらしい。具合の悪そうな様子も、落ち込んでいる雰囲気もなかった。無論、茂田さんが気づかなかっただけ、という可能性はあるが。

 教授のノートパソコンは車と一緒に大破してしまったが、幸い、自宅にデスクトップPCがあって中身を見ることができた。別に、ハッキングみたいなことをしたんじゃない。娘さんから、教授が携帯していたバッグ類を預かってきていて、中にあった手帳を調べておいたんだ。すると、PCのパスワードらしきものがあったので、もしやと思ったわけだ。それを試してみたところ、あっさりログオンすることができた。

 結果から言うと、それでいくつか有意義な情報が得られた。

 まず、旅行の前後のメールのやりとりを見ることができた。これは詳細を知る上でかなり役に立った。教授は現地の幾人かとやりとりをしていたんだが、それによって、旅行の際のガイド役を頼んだとおぼしい人物を突き止めることができた。

 教授ほど現地に詳しい人がガイド役を頼むなんて変だ、と思ったが、その点は置いておく。その人物はペレイラといって、マカパで教授と落ち合う手筈になっていたらしい。マカパは大都市でガイドなど必要ないだろうから、そこからどこかへ向かったんだろう。教授自身が、北部の村に行った、と帰国後に言っていたという話も聞く。熱帯雨林地帯に向かった、という話もあるし、そのためのガイドだったと考えれば納得がいく。

 教授がどこへ行こうとしていたのか、またその目的などは、メールのやりとりからはわからなかった。おそらく、遡ればそういうやりとりもあったのだろうが、コロナ禍前のことだとしたら三年も前のことになる。流行り病の影響で飛行機は飛ばなくなってしまったからね。その間に、以前のメールは削除されてしまったのかもしれない。

 教授のメールからは、それ以上のことはわからなかった。そこで、次にアドレス帳を調べた。メールソフトのアドレス帳のほかに、名前と電話番号を記したものもあって、それらをまとめてプリントアウトした。現地に問い合わせて、ペレイラなりその他の事情を知る人物なりを突き止められないか調べるためだ。この作業は、星井さんと耳野さんにお願いすることにした。二人のほうが、僕よりポルトガル語が堪能だからだ。

 アドレス帳は二人に送って、僕のほうは引き続き教授宅でPCや紙の資料を漁ることにした。いずれ、研究所の資料を引き渡さなくてはならないだろうから、その準備もしていくつもりだ。この仕事はなかなか大変だから、そのうち久地君にも手伝ってほしいと考えてる。

 書き忘れていたが、帰国してからの教授の様子についても茂田さんに聞いてみた。といっても、特筆するようなことはなかったようだ。教授はかなり興奮していたそうだが、旅行から帰った直後のあの人がハイテンションなのは、珍しいことではないからね。土産はなかったのかとも聞いてみたが、なかった、という返事だった。スーツケースの中を見たが、空だったそうだよ。

 ただ、事故の前日、ちょっとおかしなことがあったそうだ。些細なことなので、おかしいと言えるかどうかは疑問だが。茂田さんによると、その日の朝、教授が裏庭で草刈りをしていたんだそうだ。普段、そんなこと気にしないのに、と不思議に思って、声をかけると、教授は鎌を持つ手を止めて、何でもない、家に入ってろ、と言ったそうだ。

 後で見てみると、裏庭は半分草を刈った状態で放置されていたそうだよ。よくわからない話だろう。

 しかも、茂田さんは、それ以来、裏庭で何かの気配や物音がする、と言うんだ。まさか、やりかけた仕事を終えようと教授の幽霊が草刈りをしている、なんて話じゃないと思うけどね。

 最後は、妙な話でシメることになっちゃったな。まあ、僕の文章力なんてこんなものだ。そういうことで、勘弁してほしい。

 以上が、教授宅で手に入れた情報のまとめだ。

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