第17話 理想のために
ドラゴンと遭遇し、命からがら逃げ延びる事が出来た私。何とかティナムの街に戻ったものの、騎士団の人たちはドラゴン対策に追われる事に。私も対ドラゴン用の武器を考えていたのだけど、そこに訪れた王女様から語られたのは、ドラゴン対策として街を放棄するという物だった。
「ま、街を放棄ってっ!?なんでっ!?」
王女様の口から語られた言葉に私は到底納得できなかった。って、もしかしてっ!?
「まさか、私がドラゴンに負けたからですかっ!?でもあれは装備の相性の問題でっ!」
「落ち着けミコトッ!」
言葉を並べる私を、リオンさんが遮り一喝する。
「リオンさん」
「街の放棄は、お前の敗北が原因ではない。姫様、ミコトに説明をしてやってはどうでしょう?」
「そうですね。ミコトさんには、知る権利があります」
王女様は静かに頷くと、改めて私の方へと視線を向けてきた。
「ミコトさん、あなたに先ほどの会議での内容を端的にまとめてお話しします。よく聞いてください」
「は、はいっ」
「会議が始まった当初は、ミコトさんの存在もあってドラゴン討伐への議論が交わされました。しかし、皆次第に戦闘が発生した際の犠牲と街を放棄しての撤退の、二つの被害想定を始めたのです」
「どういう、ことですか?被害想定って?」
「仮にドラゴンと戦う事になれば、ミコトさんを中心とした討伐部隊が編制されるでしょう。そして戦闘になれば、少なからず犠牲者が出る恐れもあります」
確かに、と心の中で頷く。 相手はドラゴン。戦ったからこそ分かった事だけど、あいつはこれまでのリザードマンやワイバーンとは別格。犠牲無しで勝利するのは、難しいのは戦いの素人である私でも分かる。
「しかし、街を放棄してここに住まう民や物資を近くの都市、この場合王都へと移送する場合、ドラゴンと戦闘を行うよりも兵の被害を抑える事が出来る、との予想がされています。ここまでは、ご理解いただけますか?」
「そ、それは確かに分かりますっ。けど民と物資を王都に移送ってっ!可能なんですかっ!?」
「……不可能ではありません。時間はかかりますが、民や物資を馬車数台に乗せ、何度も王都とこのティナムの街を往復するのです」
こういうの、ピストン輸送とかって言うんだっけっ?でもそれじゃぁ……っ!
「往復するって、仮に馬車がティナムの街を出てまた町に戻って来るまで一体どれだけかかるんですかっ!?」
「往復する、となると最低でも1日は掛かるでしょう。早朝に街を発ったとして、日暮れ前に戻って来られるかどうか」
「じ、じゃあなおさら危険じゃないですかっ!大勢で移動した所をドラゴンに見つかりでもしたらっ!」
「……それも、想定した上での事なのです。今後の為にも、兵たちの犠牲は最小限にしなければならないのです」
今後?今後って、そんなの、今考えてる場合じゃないでしょっ。
「今後?今後って何ですかっ!目の前の脅威としてドラゴンがいるのにっ、その先の事を考えてる場合ですかっ!?」
「口を慎めミコトッ!」
「ッ!」
声を荒らげる私に、リオンさんが怒鳴った。私はようやくハッとなって、口調が攻撃的になってしまっていた事に気づく。
「も、申し訳ありません、王女殿下」
「良いのです。ミコトさんの言う事も最もです。けれど、どうか聞いてください」
「……はい」
「以前、お話しした通りわが国だけでも魔物の増加現象が複数確認されています。他国に救援を要請しようにも、隣国や友好国も国内の増加現象への対応がやっとであり、わが国も各地に兵力の分散を強いられています」
王女様は何時にもまして真剣な表情で話している。……けれど、その表情はどこか暗く、何かを我慢しているようだった。
「現状、わが国にはドラゴンを相手にするだけの兵力はありません。ここ以外でもギリギリの戦いが続いている以上、援軍は期待できません。だからこそ、街を放棄し撤退。残った兵は残り二か所の戦闘地域へ派遣した方が賢明だ、と言う判断になったのです」
「……他の2か所を守るために、ティナムの街を切り捨てるって事ですか?」
「そう、取ってもらっても構わないでしょう。以前お話した通り、他の2か所は国の要衝と言っても過言ではない都市の近くなのです。それを守るためにも追加の兵力は必要です。そのためにこのティナムの街を放棄。残った兵力を追加兵力として2か所に割り振り、この二つの戦線を強化するべき、と言うのが先ほどの会議の結論でした」
「……お話は、分かりました。でも、それで良いんですかっ?」
「どういう意味ですか?」
私の言葉に王女様は微かに首をかしげている。
「どれだけ理由を並べたとしても、この街を放棄する事は、ここで生きてきた人たちに故郷を捨てろって命令する事なんですよっ?育った場所、思い出のある場所を捨てるって事がどれだけ辛いかっ、王女様だって分かりますよねっ?」
「……」
私の言葉に王女様は何も言わず、ただ俯く。
脳裏によぎる風景。それは私の育った場所の記憶。両親と、友達と、皆と生きてきた記憶。故郷の記憶だ。理不尽に奪われた、私の故郷の風景だ。 そして、思い出したからこそあの時思い知った、『喪失の痛み』が再び私に襲い掛かる。 ジクジクと胸の奥が痛む。
「ッ」
胸の痛みを抑えるように、左手が服の胸元を掴む。
「王女様はどう思われているんですか?この選択は、人々に故郷を捨てさせるだけじゃない。これまでの私たちの戦い全部、無駄だったって否定する事にもなるんですよ?」
これまで、多くの人たちが血を流しながら戦ってきた。この街を守るために。でも、街を放棄して逃げる、と言う事はこれまでの戦いの意味が無くなるという事。 そうなれば、みんな一体何のために戦ってきたんだ、って事になる。
「分かっています。その上で、私は撤退の提案を支持したいと思っています」
「どうして、ですか?」
「私は、今ここに参謀や指揮官の立場として居るのです。故に大局的に物事を見て考え、発言しなければなりません。ドラゴンとぶつかれば被害は確実に出るでしょう。下手をすれば、街での戦闘となり市民に被害が出る恐れもあります。それを避け、更に他の2か所の戦線の事も考えた場合、これが最も良い判断になるのです」
王女様は真剣な表情で、淡々と続けている。 それは傍から見たら冷徹にも見える。でもこうして向かい合っている私なら分かる。その言葉は、考えは、きっと『本心じゃない』って。
だって、王女様は時折悲しそうな表情を浮かべているんだもん。私だって、分かるよ。その選択が望んだものじゃないって事。だからこそ……。
「マリーショア王女殿下。殿下と他の人たちの考えは分かりました。でもこれだけは聞かせてください。あなたは本当に、『これで良い』と思っているんですか?戦わずに、逃げる事が」
「……それが今は、最善だと思っています」
「本当に?」
「……えぇ」
王女様は頷くけど、今もその選択を悔いるように、小さく表情を歪めている。こんなの、少し見てれば分かるよ。
「王女殿下。それは、その言葉は、嘘ですよね?」
「ッ、何を根拠にそのような?」
「……だって、撤退するって話をしている時のあなたが、とても苦しそうだから」
「ッ!」
私が指摘すると、王女様はハッと息を飲みバツの悪そうに視線を背ける。その傍で、リオンさんが心配そうに王女様の様子を見ている。
「図星、ですよね?」
「………」
王女様は何も言わない。でも、沈黙は肯定、って聞くし。多分図星のはず。
「如何ですか?王女様?」
「……」
「良ければ、私には本心をお聞かせください」
「……聞いて、どうするというんですか?」
小さく口を開き、消えそうな声で問いかけてくる王女様。
「もし、あなたの願いが、ドラゴンを倒しこの町を守る事なら、私は例え一人でもそのために全力で戦います」
「ッ、本気で言っているのですかっ?相手はあのドラゴンなんですよっ?」
何を言ってるんだ、と言わんばかりの表情でこちらを見つめる王女様。まぁ、そうだよね。普通に考えたら。一人で立ち向かうのは、無謀だ。
「無謀だって思われても仕方ないですよね。でも、だからって逃げ出すつもりはありません」
「怖くは、無いのですか?相手はあのドラゴンなんですよ?」
確かめるように問いかけてくる王女様。
「まぁ、それは確かに怖いですけど。でも、ドラゴンと同じくらい。ううん、或いはそれ以上に、私は目の前で人が悲しむのを見たくないんです」
「ッ」
「だからこそ、戦います。ドラゴンからこの街を、皆の幸せを守るために」
「ミコト、さん」
ホントは怖い。でも、だからってこのまま見過ごす事なんて出来ない。だから私は精一杯の笑みを浮かべる。王女様が、不安にならないように。
「……本当に、出来るのですか?」
「正直に言うと、確証はありません。でも……」
首から下げたネックレスの先、スーツのコアを右手で握り締める。私にはこの力があるんだと、自分自身に言い聞かせる為に。
「私の持つ力には、無限大の可能性があるって思ってます。あらゆる空想を現実に生み出すこのチェンジングスーツの力があれば、ドラゴンだって倒せると、私は信じてます。だからこそ……」
真っすぐに王女様を見据える。王女様の本当の想いを、聞きたいから。
「教えてください。マリーショア王女殿下。あなたの、本当の想いを」
「私、は……」
少しばかり、王女様は俯く。しばし沈黙が場を支配していた。リオンさんは何も言わず、私もただ王女様の言葉を待っていた。やがて……。
「私の、本当の願いは。誰もが傷つかず、この街を放棄する事など無く、このティナムの街が、これからも平和であり続ける事、です。けれど、それはあまりに高すぎる理想で。その理想を叶えるためには、ドラゴンと言うあまりにも強大な壁が立ちふさがっていますっ」
次第に静かだった言葉が、感情の起伏を表すように大きなものへとなっていく。
「だから少しでも被害の少ない方へと。高い理想など諦めて、より現実的な方を支持しようとっ。それが、今の私に出来る事だと思っていましたっ!」
「でも、本当は違う。そうですよね?」
「はいっ。叶う事ならこの街を見捨てずに、誰も命を落とす事無く勝利できれば良いと、願ってしまうのですっ。これが、叶う可能性など皆無の理想だと分かっていてもっ!」
「大丈夫ですよ」
現実と理想の間で板挟みになっているのか、苦しそうな表情を浮かべる王女様。私はそんな彼女に優しく声をかけ、席を立った。
彼女の傍へと近づき、膝をつく。そして王女様の右手を私の両手で包み込んだ。
「だって、私が居ますから」
「ミコトさん」
王女様は戸惑ったような表情ながらも頬を赤く染め、私を見つめている。
「その理想を叶えることは、難しいかもしれません。でも、私が居ます。常識を超えた力、パワードスーツの力があれば、ドラゴンだって倒せますよ」
「……倒せるでしょうか。あの巨大なドラゴンを」
王女様は不安そうな表情を浮かべる。相手が相手だもん。私の言葉をそう簡単に信じる事が出来ないのも無理はない。
「不安なのも分かります。私だって確証はありません。でも、私のやるべき事は決まってます。ただ全力で、あいつに向かって行ってぶっ飛ばす事ですからっ!」
例え不利だろうと、無謀だろうと、私には退けない理由がある。
もう、誰も何かを失って悲しむ姿を見たくないから。だから戦う。
「出会ってまだ一か月程度ですけど。それでもどうか、私を信じてくれませんか?」
「ッ」
息を飲み、しばし迷うような表情を浮かべる王女様。数秒俯いた後、王女様は私を見つめる。
「ミコトさん。あなたは、私の理想に、付き合ってくれるのですか?」
「はい。私も、皆を守りたい。何かを失って悲しむ姿を見たくない。大切な人も、街も、居場所もっ!私はっ、私の全力を振り絞って戦って、守りますっ!王女様の事もっ!街の事もっ!皆もっ!あなたの理想もっ!」
「ッ」
王女様は驚いたように目を見開き、頬を赤く染める。
「……ならば、分かりました」
少し間を置き、彼女は私の手に左手を重ねると、静かに話し始めた。
「どうか、この街を、そこに生きる人々の生活を、平和を。その全てを守るためにあなたの力を貸してください、ミコトさん。その力で、どうか私たちを守ってください。ドラゴンを、倒してください」
「はいっ、必ず守り抜いて見せますっ!」
王女様の言葉に私は力強く頷いた。 不安や恐れはある。でも、戦わなきゃいけない理由がある。だからこそ今は作ろう。『対ドラゴン用パワードスーツ』を。
必ず守り抜くという想いを胸に、私は頭の片隅で新たなパワードスーツを想像し始めるのだった。
第17話 END
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