第6話 狙撃と決意
改めてマリーショア王女に協力することにした私は、彼女から今後何をするべきかを教わった。そして森について、遠目からでも確認できるようにと、私は彼女や護衛のリオンさん達と共に、森が見える北の城壁へとやってきた。しかしそれもつかの間。森で間引きをしていた人たちをのせた馬車を追って魔物が町へと迫っていた。私はそれを狙撃するため、狙撃用に仕立てたパワードスーツを身にまとった。
展開されたバイポッドを城壁の上に置き、右手はグリップを握り、左手は銃身を支えている。静かに呼吸をしながら、銃口をブラッディベアへと向ける。
今、私の頭部を覆っているヘルメットは、見た目こそCSA―01とそんなに違わないけど、デュアルアイセンサーは狙撃用に調整された物。 そのアイセンサーそのものがスコープとしての機能を有していた。
だから、ライフル自体にスコープが無くても問題なかった。センサーの望遠レンズが捉えた追走劇の様子と、レドームによって収集された周囲の状況、AIの状況予測がヘルメット内部であちこちに表示されてる。
AIの予測だと、あと1分程度で馬車の1台にブラッディベアが追い付くっ!その前に仕留めるっ!
クロスヘアが展開され、その手に握ったライフルの狙いを定める。
「な、何だあれはっ!?姫様っ!この少女はいったいっ!?」
「静かにしていろっ!ミコトがここからブラッディベアを狙撃するっ!彼女の集中を乱すなっ!」
戸惑うラリーさん。しかしそれをリオンさんが注意してくれて、ラリーさんは口を閉じた。よしっ、これで狙撃に集中できるっ。
「ありがとうございますっ、リオンさん」
「礼はいいっ。それより、頼むぞっ」
「了解……っ!!」
クロスヘア、照準をブラッディベアに重ねる。ビーム兵器の弾速は実弾兵器の弾速とは比べ物にならないくらい早い。でも、だからと言って発射から着弾までタイムラグが0な訳じゃない。
『目標は移動中の上、周囲に友軍の存在を確認。まずは初弾を当て、目標の動きを止める事を推奨します』
そういうことならっ。 私はAIの指示と、AIが割り出してくれたコンマ数秒先の、ブラッディベアの移動予測に合わせるように狙いを定める。
「すぅ、はぁ……」
引き金に指をかけ、深呼吸を繰り返す。その間にジリジリと、馬車とブラッディベアの距離が縮まっていく。
「追い付かれるぞっ!」
誰かが叫んだ。
『グォォォォォォォッ!!』
直後、ついにブラッディベアが馬車のすぐそばまで近づき、その大きな片腕を振り上げた。でもっ!自分からそれだけ姿を晒してくれればっ!
「当たれぇぇぇぇぇっ!」
当たれと、願いを込めて叫びながら私は引き金を引いた。直後、銃口から桃色のエネルギーが放たれた。エネルギーは真っすぐブラッディベアへと向かっていき、その大きな片腕の根本、肩を貫いた。
『グガァァァァッ!?!?!?』
ブラッディベアは悲鳴のような咆哮を上げながらそのまま後ろにのけ反った。攻撃の瞬間に、予想外の攻撃を食らってバランスを崩した、って所かなっ!だけどっ!
「あ、当たったっ!?」
「やったのかっ!」
「いえっ!」
驚くケリーさんとリオンさんだけど、私はリオンさんの言葉を否定する。
「肩を撃ちぬいただけですっ!まだ生きてますっ!」
私の言葉を証明するように、盛大にのけ反ったブラッディベアだったけどヨロヨロと起き上がった。
「まだ生きてるぞっ!」
「もう一発っ!」
再び狙いを定め、引き金を引いた。放たれたビームは、狙い通りブラッディベアの胴体を捉え貫いた。
『グ、ゥゥッ!!!!』
収音マイクが拾ったのは、苦しそうなブラッディベアのうめき声。そうだ。私は今、魔物とは言え、生物を殺そうとしている。 そう思った瞬間、トリガーにかけた指先が震える。でも……。
「あと1発で仕留められるぞっ!ミコトッ!」
「ッ!うっ、くっ!くあぁぁぁぁぁぁっ!」
聞こえてくるリオンさんの声に、私は迷いを振り払うように声を上げ、引き金を引いた。
三度放たれたビームは、ブラッディベアの左胸を貫いた。そして、胸を貫かれたブラッディベアはそのまま事切れて、音を立てながら地に付した。
「や、やった、のか?」
驚愕するケリーさんや周囲の兵士さん達。そんな中で私はAIにブラッディベアをスキャンさせるけど……。
『対象の生体反応、停止。目標完全に沈黙しました』
「ふぅ」
ポップアップからの報告を見て、私は息をつくとトリガーから指を離して立ち上がった。
「目標のブラッディベアの、死亡を確認しました。戦闘終了です」
「ご苦労様です、ミコトさん。素晴らしい戦果でした」
私はお姫様とリオンさんの方へと振り返り報告を行う。お姫様はそんな私に、にこやかに微笑みかけている。リオンさんの方も、安堵した様子で小さく息をついている。そして……。
「「「「………」」」」
ラリーさんや他の兵士の人たちは、私を見つめながらずっと驚きの表情のまま固まっていた。が……。
「はっ!お、おいっ!急いで馬車の受け入れ用意だっ!それと負傷者が居た場合に備えて手当の用意をっ!」
「りょ、了解っ!」
ラリーさんが一番に我に返って矢継ぎ早に指示を飛ばしている。私は視線を、ラリーさんからこちらに向かってくる馬車の方へと向けるけど、そうすると、嫌でも視線に入るのが、ブラッディベアの骸。……そう、私は今まさに、『他者の命を奪った』。相手は魔物。放置するのは危険だって分かるけど……。
言いようのない気持ちの悪さが、不快感が、体を震わせる。
「……≪スーツリターン≫」
そんな不快感に私は表情を歪めながらも、スーツの装着を解除した。
「はぁ」
人を助けた、はずなのに。喜びや達成感なんて沸いてこなかった。というか、それすらも押しつぶす程の気持ちの悪さを覚えるばかりだった。
「ミコトさん」
「ッ、はいっ」
その時、いきなりお姫様に呼ばれ、私は反射的に返事をしながら彼女の方へと視線を向ける。
「あれを、ご覧下さい。あれが今、私たちを脅かす脅威の巣窟になり果てた、北の森です」
お姫様は、遠くに見える森を真っすぐ見据えながら、スッと人差し指で森を指さす。その指先を追うように、私も視線を森へと向ける。
「これまでお話してきたように、あそこには今、無数の魔物が巣食っています。改めて、ミコトさんにはあの森に巣食う魔物の討伐と、可能であれば魔物増加の調査をお願いしたく思います」
「……はい」
魔物の討伐と、調査。それが、今の私のやるべき事。私は改めて、それを再確認した。と、その時。ガラガラと音を立てて大きな木製の門が開く音がした。直後、下の方から聞こえてくるいろんな人たちの怒号。
「姫様、間引きに出ていた兵たちが戻ったようです」
リオンさんがお姫様の傍に駆け寄り報告をする。
「分かりました。ならば、私たちも彼らの元へ。少しでも彼らに出来る事があるはずです」
「はっ!」
「ミコトさんも」
「あっ、はいっ」
お姫様の言葉もあり、私たちは城壁の上から下へと降りて行った。けれど……。
「ッ!!!」
そこで私の五感を刺激したのは、血とアルコールの臭い。傷に呻く兵士たちの姿と声、それらを治癒しようと声を張り上げる兵士たちの怒号が聞こえる。包帯などを持った兵士たちが慌ただしく動き回っている。
そして、それが私の中にあった気持ちの悪さを刺激した。特に、血の臭いが。
「うっ!?」
途端に吐き気がこみあげてきて、咄嗟に口を手で覆う。ここじゃ不味いっ、周囲に人だっているっ!私はすぐに周囲に目を向け、見つけたっ。誰もいない路地に続く、建物同士の間を走る細い道っ!私はそっちに向かって駆け出したっ。
「ミコトさん……っ!?」
「あっ!?おいどこへっ!」
すぐに後ろから、お姫様とリオンさんの声が聞こえてくるけど、答えてる余裕なんかないっ!私は細い道へと入り、入ってすぐのところに置かれていた木箱の陰に入る。
「うっ!!う、ぇぇぇぇぇっ!」
そこで、我慢の限界を迎えた。お腹の中がひっくり返る思いで、胃液を吐き出す。口の中を満たす胃液の酸っぱさと気持ち悪いのが、更なる吐き気を催し、私はそれを路地に吐きだした。
「ミコトさんっ!大丈夫ですかっ!?」
足音と共に近づいてきたお姫様の声。直後、背中に感じる誰かの手。振り返ると、すぐそばにお姫様が居て、背中に当てられた手が、彼女の物だと理解する。
「王女、様、ごめん、なさい。こんな、うっ!げほっ、けほっ!」
謝ろうとした。けれど、再びぶり返す吐き気に、私は二人の方から顔を背け胃液を道端に吐き出した。
でもその直後、背中にあったお姫様の手が私の背中を優しくさすってくれているのを服越しに感じた。
「無理もありません。ミコトさんは殆ど実戦経験が無いとの事でしたし。どうかお気になさらず。リオン、ミコトさんのために水を」
「はいっ」
リオンさんは指示を受け、どこかへと駆けていく音が聞こえる。
「さぁミコトさん。こちらへ」
「あ、ありがとう、ございます」
私の方は、お姫様に促されるまま、近くにあった木箱の上に腰を下ろした。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。その、吐いちゃいましたけど、少しは楽になりました」
「そうですか」
お姫様は私の言葉に頷くが、私を見るその表情はどこか薄暗い。それは決して、この薄暗い路地のせいじゃない。
「……ごめんなさい。私のせい、ですよね」
お姫様はそう小さく謝ると申し訳なさそうに目を伏せる。
「私がこんなお願いをしたばかりに、こんな」
いつもとは違う、どこか弱々しい、年相応のような脆さとも、弱さとも付かない表情をお姫様は覗かせていた。 どうやら私が吐いたのを自分のせいだって思ってるんだろうけど。それは、違う。
「いいえ。そんなこと、無いですし。そもそも私は王女様のせいだなんて、思ってません」
「え?」
少しばかり呆けた声を出すお姫様を前にしながら、私は手で口元を拭う。
「確かに、実戦経験なんて無いし。何なら生き物を殺した経験なんて殆ど無いですけど。でも、私は自分でこうしたいって思ったから王女に協力して、ここにいるんです。覚悟はまだ、未完成ですけど。でもこうなるって予想は出来てましたから。だから、そんな顔しないでください。お姫様に悲しそうな顔は似合いません。笑顔の方が、その百倍は似合いますから」
「ッ!あ、ああ、ありがとうございますっ!そ、そう言っていただけると、こちらとしても嬉しい限りですっ!」
お姫様を安心させようと思って私がほほ笑むと、お姫様は急に顔を赤くしてしまった。……また私、なんか余計な事言ったかな?
「待たせたなっ」
などと考えていると水を持ったリオンさんが戻ってきた。
「あっ、ありがとうございます」
その後、水で口を漱ぎ、口内に残っていた気持ちの悪さも洗い流す。けど……。
「ふぃ~~。ありがとうございますリオンさん。さっぱりしました」
「それは何よりだ。あぁ、だが……」
リオンさんは視線を私の服の一部に向けた。見ると、吐き出した時に跳ねた胃液が当たったのか、服に小さなシミが少し出来ていた。
「うわっ!?シミになってるっ!?」
「あぁ。悪い事は言わない。すぐに洗濯するなりしてもらうなりして貰った方が賢明だぞ?」
「そうですよね。……って、そういえば私服はこれしか持ち合わせがないんだったっ!?」
そ、そうだよっ!?私転生したばっかりだから着替えなんて持ってないよっ!?
「ど、どうしようっ!?着替えはないけど早く制服は洗濯したいしっ!かといって手持ちの服はないしっ!?か、買いに行くっ!?って服屋さんの場所知らないじゃん私っ!?」
どうしようっ!?と考え右往左往していると……。
「あの、ミコトさん?」
「えっ?はいっ」
「もし良ければこちらで衣服をご用意しましょうか?」
「えっ!?良いんですかっ!?」
思わぬ提案に私は驚いて声を上げた。
「えぇ。先ほど騎士団の者たちを守ってもらった事ですし。これくらいであれば造作もありませんから。如何ですか?」
「そ、それはもちろんありがたいです。これ以外、着替えられる服が無いので」
「では決まりですね」
そう言って微笑を浮かべるお姫様。
その後、私は一度町中にある服を扱っているお店に向かい、そこでとりあえず私のサイズに合いそうな服を数着、お姫様が持っていたお金で購入し駐屯地へと戻った。
そして私は宛がわれていた部屋に戻り買ってもらった服に着替えた。
「う~ん」
着替えた、のは良いんだけど。なんか私が知ってる現代の服とは違うから少し慣れないなぁ~。 見た目は北欧の民族衣装って感じ。
『コンコンッ』
「ミコトさん?マリーショアです。入ってもよろしいですか?」
と、その時ドアをノックするお姫様の声が。
「あっ!どうぞっ!」
まさかお姫様が来るとは思ってなかったから、反射的に返事をしてしまう私。
「失礼します」
ドアが開き、入ってきたのはリオンさんを連れたお姫様。
「お着換えは、終わっているようですね。とてもよくお似合いですよ、ミコトさん」
「ッ!あ、ありがとうございますっ」
笑みを浮かべながらの誉め言葉に、私の心臓は一瞬高鳴った。が、すぐにそれを気の迷いだと思って振り払い、私はありきたりな感謝の言葉を返す。
「いいえ。お礼を言うのはこちらの方です」
「え?」
不意に切り出された、お姫様の言葉に私は首を傾げた。
「先ほど帰還した兵たちの状況が細かく分かってきましたので、念のためにミコトさんにもご報告を、と思いまして」
「そうだったんですか。それで、兵士の人たちは?」
「……残念ながら、皆等しく傷を負っていました。幸い死傷になる程の大けがではないのですが、皆大なり小なり傷を負っているのが現状です。彼らの大半は、しばらく療養をしなければならないでしょう」
「そう、ですか」
お姫様の少しくらい表情につられるように、私の表情も自然と陰ってしまう。 皆が皆、程度の違いはあれど怪我をしているという現実。それほどまでに、あの森は危険だって事だよね。
「ですが」
けれど、お姫様はそう言って言葉をつづけた。
「例え皆が傷だらけであったとしても、ミコトさんの活躍が無ければ彼ら全員がこの町に戻る事すら、できなかったでしょう」
「ッ」
そうだ。私があの時、ブラッディベアを狙撃してなかったら、きっと数台あった馬車の内の1台は追い付かれていた。 そう思えば、私は一つの命を殺した事で無数の命を助けた、って事になるのかな?
「改めて、王国を代表してお礼を申し上げます、ミコトさん。そしてどうか、あなたの力を私たちに貸してください。この町に生きる人々を守るために」
「………」
その言葉を聞き、私は無言で視線を自分の右手に向けた。
あの時、私は自分の意思で引き金を引いて、ブラッディベアを狙撃した。その引き金の感触を、指は覚えている。 ワイバーンの時は初陣で無我夢中だったけど、これからは多分そうじゃない。 魔物だとか、町が危険だからとか言う理由はどうあれ私はこれから、命を奪う戦いに身を投じる事になる。 まだ、相も変わらず覚悟は未完成だけど、でも、私は私の意思で、ここにいるからっ。
その決意を形にするように、私はギュッと右手を握り締める。
「……多分、戦った経験とか殆どないから、私泣いたり情けない姿を見せたりするかもしれませんけど」
私の弱音とも取れる言葉を、しかしお姫様とリオンさんは静かに、真剣な表情で聞いてくれている。
「でも、戦います私っ。だって、今の私はそのためにここにいるんだからっ」
「ありがとうございます、ミコトさん」
覚悟も未完成。後悔だってするかもしれない。今日だって、慣れない事をして盛大に吐いてしまうという醜態をさらした。 でも、私には戦える力があって戦う理由もあるから。
だから私は戦うと決めた。 異世界に転移して僅か数日。とりあえず、今やるべき事は決まった。 それはこの町を守るために戦う、という事だった。
第6話 END
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