第4話 はじまりの決断
お姫様、マリーショア王女たちと共にティナムの町へとたどり着いた私は、お姫様から話し合いがしたいという申し出を受けた。話し合いのために訪れた、町を守る騎士団の駐屯地で、私は彼女から現在ティナムの町が魔物の脅威にさらされている事。騎士の人たちも限界が近い事。そのために私の力を貸してほしいという話をもらった。 でも、ついさっきまで普通のJKだった私には、すぐに決断なんて出来なかった。お姫様が部屋を用意しくれたけど、そんな中で私は、今後どうするべきか迷うのだった。
「ここだ。入れ」
「お、お邪魔しま~~す」
私にあてがわれた部屋にたどりつくなり、騎士のお姉さんは言いながらドアを開いた。若干、萎縮しながら中へと入る。
部屋の中には、ベッドにテーブルとイス、机と燭台にクローゼットなど、思ったより家具が揃っていた。しかも内装が案外凝ってる。カーペットとかも敷いてあるし、壁際には絵が飾ってあった。
「お~~~。思ってたのと良い意味で違うっ!」
「ここは本来、王国から派遣されてきた大臣クラスが泊まる際に使用される部屋だ。空いていたので、お前用にと姫様が手配した」
「へ~~。……って、えぇっ!?」
ちょっと待ってっ!?今、大臣クラスとか言ったっ!?
「そ、そんな部屋を平民の私が借りちゃって良いんですかっ!?」
「気にするな。どうせ現状ではこんな最前線に大臣クラスの人間が来る事はない」
驚く私に騎士のお姉さんはため息交じりに説明してくれた。……でも、大臣クラスの人間が来る事はないって。じゃあもっと上の、あのお姫様は?
「あの、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「あの王女様、マリーショア王女が危険を承知でここに、士気を挙げるために来られたのは聞きました。でも、なんでそんな危険な場所に来られたんですか?この国のお姫様なんですよね?周りは、止めなかったんですか?」
「………」
騎士のお姉さんは私の問いかけを聞くと、どこか悔しそうに目を伏せた。聞いちゃ、不味かったかな?と思い始めた時、お姉さんは徐に口を開いた。
「……確かに、大半の者は止めた。国王陛下や長く姫様に仕えた執事や侍女たち、大臣たちに、護衛の私たちもな。それでも姫様は行くと仰られた。『今ティナムの町には、人々の希望となる存在が必要なのです』、と言ってな」
「希望?」
「そうだ。……知っての通り、今この町は魔物の脅威に晒されている」
騎士のお姉さんは窓の方へと歩み寄り、悔しそうな表情で窓から見える外の景色を見つめていた。
「だが先ほど話した通り、わが国の騎士団は愚か、他国からの協力もままならない状況だ。このままではティナムの町は、魔物によって蹂躙され遠からず地図から消えるであろう。それを姫様はよしとしなかった。『自分に出来る事を少しでもしよう』。姫様からは常々そんな雰囲気を、私は感じていた」
「理由は、分かりました。でも、何がそこまであの人を動かすのか、分かりますか?」
「あぁ。分かる」
お姉さんは頷き、私の方に振り返る。
「それは、姫様が持つ愛国心。祖国であるこの国への『愛』だ」
「愛?」
「そうだ。姫様は、生まれ育ったこのリルクート王国を、そこに生きる人々を愛しておられる。だからこそ、この危機的な状況下で、ご自身の危険も顧みずに動いておられるのだ」
「故郷と、そこに生きる人々への、愛、だけで」
正直、話を聞いていても信じられなかった。もちろん大切な誰かのために命がけで頑張れるって思いは分かるし、すごいと思う。でも、それが国家とか、赤の他人のために出来るか?と問われたら……。きっと私はすぐに首を縦に振ることは出来ない。
「すごいお人、なんですね」
「あぁ。素晴らしきお方だ。マリーショア王女は」
私の月並みな言葉に、騎士のお姉さんはどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。まるで、自分の事のように。 本当に、この人はあのお姫様を慕ってるんだなぁってのは、この表情を見ていれば分かる。
「っと、いかんいかん。とにかく、この部屋は自由に使っていいからな」
しかしすぐさまお姉さんは首を振って気持ちを切り替え、さっきまでと同じ鋭い表情へと戻ってしまう。
「食事は先ほど説明した食堂で取れ。トイレなどは、さっき場所を教えたな。それと体を綺麗にしたいのなら水とタオルを貸し出す。欲しい場合は誰か適当な兵士に聞け」
「は、はいっ」
「それと、姫様へお話がある場合はまず私を探せ。例の答えを出せた時などにな」
「わ、分かりました」
「よし。では私はこれで」
そう言って出ていこうとするお姉さん。……って、あれ?そういえば名前……。そうだよっ!騎士のお姉さんの名前聞いてないっ!これじゃ探すの面倒になるってっ!
「あっ!?ち、ちょっと待ってくださいっ!」
「ん?なんだ?」
出ていこうとする騎士のお姉さんを慌てて呼び止めるっ!
「な、名前っ!まだ聞いてなかったのでっ!」
「ん?……あぁ、そうだったな」
数秒、首を傾げたお姉さんはやがて思い出したように頷いた。
「んんっ!では、改めて名乗らせてもらおう」
お姉さんは肩越しに振り返っていた姿勢から、きちんと私へと向き直り咳払いをすると姿勢を正し、被っていたヘルメットを取った。
その下から現れたのは、燃えるように赤い髪のポニーテールと、眼鏡。その眼鏡の奥から覗くキリッとした目元と整った顔立ちだった。もし、この人がスーツでも来てたら、それこそ出来る女上司って感じだったろうなぁ、なんて想像をしてしまう。 って、今はそんなこと考えてる場合じゃないやっ。ちゃんと話を聞かないと。
「私の名は『リオン・バートレット』。リルクート王国、近衛騎士団に所属する騎士の一人だ。名を呼ぶ時は、そうだな。騎士リオンとか、騎士バートレットとか、そういった風に呼んでくれれば良い」
「じゃあ、騎士リオンさん、で良いですか?」
「ふむ。まぁ良かろう」
とりあえず、無難な呼び方で大丈夫か聞いてみるとOKだったし、騎士リオンさん呼びで大丈夫そうだね。は~~、こういう人って、まぁ漫画とかのイメージだけど、お堅い感じで馴れ馴れしいのに不快感持ったりしそうだからなぁ。 まぁ、殆ど私の偏見だけどさ。
「ではな。今はとにかく姫様への答えを考えておいてくれ。早ければ明日の朝にでも答えを聞きたい。残念ながら、客人を何日も泊めておくほどこの駐屯地には余裕がない。良いな?」
「わ、分かりました」
私の返事を聞くと、リオンさんは部屋を後にした。 そしてポツンと部屋に一人残された私。
「はぁ」
しばらくして、私はため息をつくと近くの椅子に座りこんだ。……これから、どうすれば良いんだろう。 そりゃ、私だって、誰かの助けになりたいって思っている。でも、戦いを知らないJKの私に、いきなり、そんな……。
「大多数の誰かの命を背負うのなんて、いきなりはキツイよぉ」
私は、プレッシャーの重さから一人、気弱な言葉を呟くのだった。
その後、私はずっと部屋で一人、悶々と悩み続けていた。でも、人間誰しもお腹は空く。だから教えられた通り、食堂で夕食を、って思ったんだけど……。
結論っ!みんな私を見てるんだよねぇっ!駐屯地、というだけあって食堂には無数の兵士らしい男の人たちがいて、み~~んな私の方をチラチラと見てるんだよねぇっ!まぁ服も学生服のままだし、あっちは皆着てるのは同じベージュ色の制服だしっ。うぅ、悪目立ちしてるせいか、周りが気になって食事に集中できないよぉ。
結局、緊張で味なんか殆ど分からないまま夕食を取り終えた私は、さっきリオンさんに教えられた通り食器を返して、私はそそくさと逃げるように食堂を後にしたのだった。
数時間後。夜。私は制服の上着を脱いで、ベッドの上で横になってたんだけど……。
「ね、眠れないっ!」
結局、考えても仕方ないから寝ようって思ったんだけど、色々あって疲れてるのに、ベッドの上で横になっても全然眠れなかった。あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ。初めての天井、初めての枕、初めてのベッド。何もかもが初めて、という現状のせいか、ホントにマジで疲れて休みたいのに目と頭だけは冴えわたっていた。うぅ、どうしよう。
こういう時はホットミルクでも飲むべき?って、そんなのないよなぁ。でも喉は乾いてるし。
「水、貰ってこよ」
まぁ、何か飲めば違うかなって思って、私は水を貰いに食堂の方に向かった。薄暗い中、窓から差し込む月明かりを頼りに食堂にたどり着いた私は、瓶の中にあった水をコップで掬って一気に飲み干した。
「ふぅ。これで少しは眠れると良いけど」
コップを片付け、部屋に戻ろうと歩いていた時だった。
「姫様の様子はどうだ?」
「ん?」
部屋に向かう途中にあるT字路の辺りを歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。こっち、かな? 少し気になった私は、好奇心に駆られ、声のする方へと向かった。
前方、一つの部屋のドアの隙間から明かりが漏れている。
「あぁ。今日は色々あってお疲れの様子だったし、今はぐっすりお休みになっておられる」
この声って、騎士リオンさん?じゃあ、相手は護衛の男性騎士さんかな。
「王都を出て、ワイバーンによる襲撃。こちらにたどり着いてすぐ、あの少女と話をした後は慰問という事で傷ついた兵士たちへ声をかけ、更には今後の対応という事で兵たちと軍議を何時間も行っておられた。無理もない」
「本当に、姫様は大の大人ですらキツイであろう激務を、よくこなされている」
男性騎士さん達の声色には、どこかお姫様を心配する様子と尊敬する様子が聞き取れた。
「……情けない話だ。本当に」
そこに聞こえてきたのは、焦燥感を漂わせるリオンさんの声だった。
「我々に、もっと力があったならばっ。姫様にこのような苦労を掛ける事など、無かったかもしれないというのにっ!」
「それを言うなリオン。今ここでそんな話をしても、仕方ないだろう」
リオンさんを宥める声。でも、その声にもどこか、悔しさの色が混じっているように私には感じられた。
「それでも、騎士リオンの言いたい事、自分は分かります。だって、今の姫様と同い年の子って、何してますか?貴族のご令嬢ならそれこそ優雅にお茶会とか、そんなですよ?それが公務で、危険も承知であちこち飛び回って。寝る間も惜しんで仕事をしたり。ホント、姫様には頭が下がる思いですが、同時に、やっぱり情けなく思いますよ。いくら王族だからって、自分より年下の女の子である姫様にこんな危険な真似をさせなきゃいけないなんてっ!」
漏れ聞こえてくる言葉は、悔しさをにじませていた。そして誰もそれに反論しない。みんな、悔しいんだ。そうだよね。自分より年下の子が、命張ってるんだもん。情けないって思っても、仕方ないよね。
「せめて、私にあの少女っ、ミコトのような力があればっ!」
「っ」
そこに聞こえてきた叫びに、私はビクッとなって息をのんだ。い、一瞬バレたかな?って思ったけど違う、のかな?
「彼女は、戦ってくれるだろうか?姫様のために、この国のために」
「ッ」
続けて聞こえてきた言葉に、私は再び息をのんだ。
「どうだろうな。彼女は、名前やあの黒髪からして異邦人だろう。となればわが国への思いなど」
「それでも、戦ってもらわなければ。確かに、命を助けてもらった恩人ではあるが、今は、あの少女の力が必要なんだっ!」
叫びと共に聞こえてきた、何かを思いきり叩いた音。それが聞こえてきて、私は一瞬体を震わせた。……悔しさと、怒り。それが声色からも分かる。
状況は悪くて、それを打開するには、私の力が必要な事は分かる。分かるけど、どうしても一歩が、覚悟の一歩が私には踏み出せなかった。
誰かのために戦う、という事はその『誰かの命を背負う』って事。そんなのっ、数時間前にはただのJKだった私には、あまりにも重くて、その重さのせいで、覚悟の一歩が踏み出せなかった。
重苦しいイメージに、私は表情を曇らせ、その場を後にして部屋に戻ろうとした。でも……。
「リオン、気持ちは分かるが。無理強いは出来ない。姫様はそのような事は望まない。分かっているだろう?」
「ッ。それは、そうだが……」
聞こえてきた話し声は、あのお姫様の事だった。そして、話を聞いていて私はハッとなった。
そうだよ。あのお姫様は、私に何かを強要してない。なんで?この状況なら、私の力は絶対に欲しいはず。もし仮に私とお姫様の立場が逆だったとしたら?危機的状況でこれだけの力を持ってる人が居たら、是が非でも協力してほしいはず。 頭がいいのなら、私の力が強力な事は分かり切ってるはず。なのにお姫様は、無理強いはしてない。私の意思を尊重してくれている。
『どうして?』という疑問が浮かんだ。そんな疑問を覚えながら、私は部屋へと戻った。ベッドの上でも続くその疑問で悶々とした時間を過ごしていたけど。流石に疲れてたのもあるし、しばらくすると寝落ちしていて、目覚めた時にはすっかり朝になってしまっていた。『あれっ!?私寝落ちしてたっ!?ってかもう朝っ!?』と言わんばかりに驚き、私は慌てて身支度を整え、とりあえず食堂で朝食を貰い、一度部屋に戻ってきた。けど……。
「答え、出てないんだよなぁ。ハァ」
私はベッドの淵に座りながら深々とため息をついた。 結局昨日の夜だって考え事したまま寝落ちしちゃったし。今だって……。そう思っていた時。
『コンコンッ』とドアをノックする音が聞こえた。
「あっ、はいっ!」
「私だ。騎士リオンだ」
「あ、え、えとっ、ど、どうぞっ!」
ドアの向こうにいるのはリオンさんだった。例の答えの件かな?と思った時には、体が反射的に入室を促していた。
「失礼するぞ」
入ってきたリオンさんは、昨日と同じ鎧姿で、剣も携えていた。ヘルメットだけは取ってあるみたいだけど。でも今はそんなことどうでも良くて……。
「あ、あの、何か?」
「単刀直入に言うが、姫様が貴様と話がしたいそうだ」
「え?わ、私とですか?それって、もしかして例の?」
「そうだ。可能であれば、『お前の答えを聞きたい』と仰っている。……それとも、まだ答えは出ていないか?」
「っ」
リオンさんの図星な言葉に私の体はビクリッと震えた。 でもその通りだ。私はまだ、答えを出せていなかった。覚悟が出来ていなかった。あのお姫様みたいにはっ。
「あっ」
そう思った時、昨夜の私の疑問が脳裏をよぎった。なぜ、危険を承知で王族のお姫様がこんな所に居るのか。私と大して歳も変わらないのに、なんでそんな覚悟が持てるんだろうという疑問が。
「どうやら、無理そうだな。ならばこのことを姫様に」
「あっ!ま、待ってくださいっ!」
リオンさんは私の覚悟がまだ定まっていない事を悟ったのか、ため息交じりに踵を返して部屋を出ていこうとした。そんなリオンさんを、私はとっさに呼び止めた。
「なんだ?何かあるのか?」
「あ、え、えっと。そ、そのっ、わ、私も、王女様に、マリーショア王女にお話しっ、っていうか聞きたい事があるんですっ!だ、だから会わせてくださいっ!姫様にっ!」
「……」
テンパった様子の私をリオンさんは、まるで心の中を覗こうとするような鋭い視線でじっと見つめてくる。
「……まぁ良いだろう。ならばついてこい」
でも、数秒して頷くとリオンさんは歩き出し、私は慌ててそれに続いた。
「失礼しますっ!リオンですっ!ミコトをお連れしましたっ」
「ご苦労様リオン。どうぞ入って」
「はっ!」
たどり着いた部屋の、ドアの前のやり取りをするとリオンさんはドアを開け、私を中へ促した。
「し、失礼しますっ」
恐る恐ると言った様子、それこそ震える小鹿みたいに緊張で小さく震えながら私は部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中にいたのは、お姫様と護衛らしき男性の騎士さんが一人。部屋の中央にあるソファに腰かけているお姫様と、そのソファの後ろに直立不動で立っている騎士さん。
「お待ちしておりました、ミコトさん。さぁ、そちらへ」
「は、はいっ。失礼しますっ!」
お姫様に促されるまま、私はイソイソとお姫様の向かいにあるソファへと腰を下ろした。その間にリオンさんもお姫様の後ろへ行き、直立不動の姿勢になる。うぅ、なんか、緊張するぅ。
「本日は、よくおいでくださいました。さっそくで申し訳ありませんが、昨日の提案の答えをお聞きしても?」
「っ、あ、え、えっと。そ、それについて話す前に、私からマリーショア王女に、ひ、一つだけ聞いても、よろしいですか?」
「え?私に、ですか?」
「は、はいっ」
一瞬、キョトンした表情を浮かべるお姫様に私は頷き、首を縦に何度も、音がするんじゃないかってくらい強く振る。
「分かりました。私に答えられる事であれば、お答えしましょう」
「あ、ありがとうございます」
お姫様は嫌な顔はせずに静かに頷いてくれた。な、なら……。
「じ、じゃあ聞きたいんですけど、なんで、マリーショア王女はこんな危険な最前線にいらっしゃるんですか?」
「……」
私の言葉にお姫様は何も言わず、まるで続きを促しているようだった。な、なら、もっと聞こう。そう思って私は更に口を開いた。
「私は、王族なんかじゃないから王族の使命とか、そういうの全然分かりません。でも、だからって私とそう歳も変わらないように見えるマリーショア王女が、どうしてこんな最前線にいるのか。危険を承知で、実際、ワイバーンに襲われたりして、どうして、そこまで出来るのかなって、聞きたかったんです」
「……分かりました」
お姫様は静かに頷くと、一度視線を私から外へと向け、再び私へと戻した。
「私は、生まれも育ちもこの国、リルクート王国です。両親も、忠臣たちも、皆私に良くしてくれています。優しく、温かい者たちに囲まれて。私は恵まれた生を得ました」
その言葉を語るお姫様の表情は、とても暖かく、優しい物だった。 あぁ、うん。分かるよ。その表情を見れば、誰だって分かる。この人は、いろんな人に温かく見守られて育ってきたんだ。そして、だからこそ……。
「でも、今祖国は危機に瀕している。魔物の脅威に皆が怯えている。このままでは、国の存亡に関わります」
笑みから一転して、マリーショア王女は真っすぐな、覚悟の表情で私を見据えている。
「国とは、民が居て初めて成り立つ物。ならば国の象徴である王族もまた、民が居て成り立つという物。いわば私は、家族に、多くの者たちに、民たちに支えられていたからこそ、ここまで来る事が出来たと言っても過言ではないと思っています。だからこそ、民の危機であると言うのならば、王族である私が立つべきだと判断したのです。私の存在で、民たちを励ます事が出来るのなら。この矮小な小娘一人で、少しでも皆の力になれるのなら」
お姫様は、一度息を付き再び真っすぐ私を見据えている。その真っすぐな瞳に、私は吸い込まれそうだった。 これが、王族なんだって思った。いや、王族だからって訳じゃないかもしれないけど、この人は凄い人なんだって、心の底から思えたんだ。こういう人の事を、きっと『名君』とかって言うんじゃないかな。それとも、『カリスマ』って奴かも。
だって、私はこの人を見ていたら……。
「人々が私をここまで育ててくれたように。今度は、私が民たちのために動く時だ。そう、判断したから私はここにいるのです。最も……」
お姫様は次の瞬間、どこか諦観したかのような自虐的な笑みを浮かべている。
「私のような小娘一人来たところで、戦況が変わるかどうかは分かりませんが……」
「ッ」
お姫様の言葉に息を飲んだのはリオンさんだった。悔しそうな表情でリオンさんが口を開こうとしていた、けど……。
「それは違いますよ」
「え?」
私の方が、早かった。お姫様は私の言葉に驚いた様子で疑問符を浮かべ、リオンさんも私に先を越されたからか少し戸惑った様子で私とお姫様の事を交互に見ている。
それでも、私は優しい声色で言葉をつづけた。
「正直、誰かのためにって、それだけでこんな危ない事が出来るなんて、すごい事だと思います。私なんか、誰かの命を背負うかもって考えただけで、一歩が踏み出せないんです」
「ミコトさん」
今度は私が自虐的な笑みを浮かべた。 ホント、同い年くらいなのに、この人は凄い。『誰かのために』。それだけでこんな事が出来るなんて、それはなんていうか、『ヒーロー』のような心意気だと思った。
「王女様のそれは、立派な『心の強さ』だと私は思いますよ。だから、そんな事言わないでください。王女様はきっと、とても強いお人だと思います」
「ッ」
私の言葉に、お姫様は一瞬頬を赤く染め、少しだけそっぽを向いて咳払いをしてる。恥ずかしいのかな?なんて私は考えていた。でも、今は良い。
私は言葉をつづけた。
「正直、王女様の覚悟を今こうして目の前にして、自分と比べて。私はまだまだだって思いました」
そうだ。この人と比べたら、私には覚悟なんてまだない。 お姫様たちは、私が戦う事を断ろうとしてるんじゃないか?って思ってるのか、少し残念そうな表情を浮かべていた。
「でも……」
だから、かな?私の続く言葉に、お姫様は俯きかけていた顔を上げ、リオンさんたちもわずかに反応している。
「覚悟なんか、まだないけど。お姫様の姿がとても眩しくて。『この人の力になりたい』って、本気で思えたんです」
「ッ!?で、ではっ!」
期待に満ちた表情のお姫様。あ~~でも……。
「あっ、い、一応言っておきますけど、正直覚悟とかはまだ全然です。血を見るのとかもまだ苦手だと思うし、政治とか良く分かんないし、何が出来るかも分からないですけど。でも……」
まだまだ色々不足している自覚はある。覚悟もまだ未完成で、何をすればいいのかも分からない。軍略の知識とかも無い。あるのは≪チェンジングスーツ≫というチート能力だけ。でも、それでも、私は本気でこの人の力になりたいって思えたんだ。
誰かのために、一生懸命になれる凛々しいこの人の力になりたいって。
「こんな私でもよければ、あなたに協力させてください。マリーショア王女様」
「ッ。えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします」
私の言葉に、王女様は本当に安堵したような表情を浮かべながら静かに頷いた。
そして、王女様は席を立ち、私に向かって右手を差し出した。
「あっ」
数秒、呆けて私はそれが握手だと気づき、恥ずかしさで顔を赤くしながらも慌てて立ち上がった。
「これから、よろしくお願いします、ミコトさん」
「こっ、こちらこそっ!不束者ですが、よっ、よろしくお願いしますっ」
ふんわりとした優しい笑みを浮かべるお姫様になぜかドキッとしながら、『なんか変な事を口走ったかな?』と思いつつ私はマリーショア王女の手を取って握手を交わした。
こうして、転生二日目。私は異世界の王女様のために戦う事にしたのでした。
第4話 END
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