第26話 自由落下

「う、うわああああ!?」


 体が宙に浮いて、そのまま――――真っ暗だった視界が一気に明るくなって青い空が見える。


 ダンジョンから外に吐き出されたというよりは、ダンジョンそのものが消えた・・・・・・・・


「お兄ちゃん! 上空三十メートルから落ちてるよ!」


「ええええ!? ど、ど、どうすればいい!?」


「すぐにレナお姉ちゃんと相談してみるっ!」


 まさか上空三十メートルから降りることになるとは思いもしなかった。


 ダンジョンがあったと思われる。


 破壊された都心部と黒い煙が見える。


 このまま自由落下し続けるしかできない……?


 ――――その時、ふと何かの気配を感じて視線を向けると、何かが一緒に落下し続けていた。


「っ!? リ、リサ! あれはなに!?」


 俺が指差した場所にリサのドローンが飛んでいく。


「お兄ちゃん! 女の子が一緒に落ちてるよ!」


「ええええ!? な、何とかしないと!」


 彼女が何者でどうしてここにいるのかは後回しだ。


 どうしたら彼女を助けられるのか……俺自身は最悪【金剛支配者】で何とかならないかなとぼんやり考えていた。


 何か方法が……ロープのようなものがあれば…………。


 そ、そうか! 黒衣を使えば!


 黒衣のベルトを全力で伸ばす。ベルトは体の一部みたいになって空中を突っ切っていく。


 何とかギリギリ女の子に届いて、彼女を手繰り寄せる。


 気絶しているのか力なくグダっとしている彼女を抱きしめる。


「お兄ちゃん! そのまま真っすぐ落ちて大丈夫!」


「わ、分かった!」


 女の子を抱きしめて俺の背中を地面に向ける。


 どこまでも深く青い空が見える。


 いつか見た青い海のように、どこまでも広がっている。


 父さん……母さん……理乃…………みんなで初めて行った海が懐かしい。


 あれから妹が入院して海に行ったことはない。


 学校やダンジョンがあったからでもあるけど、俺自身にそこまでの余裕がなかった気がする。


 もっと……妹を海に連れて行ったらよかったな。


「お兄ちゃん! 後方から衝撃波が来るから構えてね!」


「分かった!」


 数秒後、後ろから凄まじい衝撃波が俺の体に直撃する。


 どこか優しい心が伝わる。レナの斬撃だね。


 落下していた体が一瞬宙にふわっと浮かんだ。


「ユウマくん!」


 声がどんどん近づいてきて、俺の体を包む温もりが伝わった。


 青かった視界に美しい金色の波が見え、すぐにレナの顔が現れた。


「レナ。助けてくれてありがとう」


「ううん! 一人にさせてしまって本当にごめんなさい」


「そんなことないよ」


 大きな涙を浮かべたレナと、咲と冬ちゃんの顔も見えた。


「みんな――――ただいま」


「「「おかえりなさい!」」」


「リサもありがとうな」


「うん!」


 続いてベルトにぐるぐる巻きにしていた女の子を解いた。


 紫色のウェーブ掛かった髪と小さな体、大人しそうな可愛らしい顔。そして――――頭に小さな二本の角。


「やっぱりこの子って…………」


「ひとまず保護しましょう」


「そうだな。リサ。急いでグランドマスターに連絡をしてくれ。この子を――――」


 突然現れて、突然消えたイレギュラーダンジョン。


 市街に大きな被害だけをもたらしたこの一件は、世界に大きな変革をもたらすのだが――――それはまた先の話だ。



 ◆



「グランドマスター。ありがとうございます」


「いやいや、こちらこそ感謝するばかりです。ユウマくんのおかげでまた多くの人々が救われたのですから。それとイレギュラーダンジョンでドロップした素材は全て回収しておきましたので」


「確か、探索者ギルドで買取したいと聞いていますが?」


「ええ。お金には困っていないと思いますが、必要がないならぜひうちに卸してもらえると、研究や装備開発に役に立つと思います」


「分かりました。メンバーと相談させてください」


「ぜひ」


 グランドマスターと握手を交わす。


 彼のおかげで難しいしがらみに囚われずに済んでいる。


 政治的な話からマスコミ、他の冒険者達の全てから守ってくれるのだ。


 ただ、配信中に突撃してくる可能性はあるという。


 そこは護衛でもある冬様に頼る形になると思うが、それくらい冬様の実力が高いのは知っている。


 アジトに戻ると、みんなテーブルを囲っており、鍋の蓋から美味しそうな匂いがする湯気が放たれていた。


「みんなお待たせ~食べようか」


「「「「うん!」」」」


「!? %$!&」


「ふふっ。では――――いただきます!」


「「「「いただきます!」」」」


「!? %$&&#%」


「い・た・だ・き・ま・す」


 俺の唇をじっと見ていた女の子が真似て喋る。


「いたたましゅ?」


 首を傾げる女の子の頭を優しく撫でて上げると気持ちよさそうに満面の笑みを浮かべた。


 レナがよそってくれたスープにごっくんと唾を飲み込む。


 俺が食べるところを見せると、同じく真似で、スプーンですくったスープをふーふーと冷まして口に入れた。


「ン!? %$#%%$&#!」


「美味しそうでよかった。どんどん食べて」


 俺達も美味しい鍋を食べ始めた。


 彼女は身体検査の結果、人間ではないことが分かった。言葉からしてもあの悪魔と同じ羅列の言葉だ。


 あの悪魔と彼女を【魔族まぞく】と名付けることになった。これは古代から伝わる悪魔達の種族の一つらしい。


 実は今回の一件の報酬全てを、彼女の身請け人になるにしてもらった。


 政府は彼女を研究するべきだという声が当然のように出て、それを全てグランドマスターが説得してくれたのだ。


 人類のために彼女を研究した方がいいのかもしれない。でもこんな小さな子供を研究の対象にするなんて、とてもさせたくない。


 ふと下の妹――――理乃りのを思い出したから。


 まだ言葉は通じないけど、新しい家族がもう一人増えた。

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