第34話 だましあい

 大阪城は、昔のままというわけではなくて、中はコンクリートだ。それでも天守閣からの景色は雄大で、亮の住む生駒の連山から京都との境の山、六甲、堺から和歌山方面も見渡すことがことができた。

「うちの家はあっち、春奈さんの家は」

「百舌だから」

 春奈は白い指を伸ばし南を差した。難波から南海の路線が伸びていく先になる。


 景色が見えるだけだけれど、天守閣からというのは気分を開放的にするらしい。春奈の手を握ると、彼女もまた力を込めて握り返してきた。

 

 さてこの後どうするか、亮は少しばかり頭を悩ませていた。

 ほかの相手ならラブホテルもありだけれど、高校生の春奈とはちょっとばかり無理がありそうだ。


 二人してラブホ外をうろついていて、警察の補導や柄の悪い連中に目を付けられても困る。まあ、後者の場合は春奈を与えて逃げるという方法もあるだろうけれど、さすがに亮はそこまで悪党ではない。


 家は母親がいるはず。さらには、こうこを刺激する。無理に波風を立てる必要はない。


「うちの学校には、作法室っていう部屋があるんです。茶道部とかも使うんですけど、今日は私が練習をしますって、申請しておきました」


 亮の頭の中を見抜いたかのように、春奈が、さらっと切り出してきた。

「でも、俺はまずいでしょ、関係者じゃないし」

 既に自分がそこに行くことが前提になっていることに亮は気がついていない。

「大丈夫ですよ、住谷先生の息子さんて言ってあるから。誰もとやかく言いません。おまけに恵美さんも、一緒に練習するってことにしてありますから」


 用意の周到さに亮は舌を巻いた、すでに亮の母親すら自分のバックだと宣言している。亮を落とすことに絶対的な自信を持っているのだろう。

 恵美はどんな気持ちでこの話に乗ったのか、そこで亮たちがやることは決まっている。亮が春奈に取り込まれることはない、そう考えているのだろうか。買い被りのような気もするけれど。


 作法室は高等部の校舎の一番奥にあった。

 作法室というだけあって、畳敷きの部屋になっている。

 部活に来ている生徒も多いらしく、グラウンドや体育館からは生徒の声、吹奏楽の音も聞こえた。

 ちょっと不安があるけれど、逆に意外と盲点なのかもしれない。


 扉に鍵をかけると、春奈は亮の抱きつき顎をあげると瞳を閉じた。

 亮は当然誘いに乗る、春奈は歯を磨いたか、ガムを噛んだのだろう、ミント系の香りがした。亮は普段と異なり、フレンチ・キスにとどめる。ここはまだ本性を現さない方が利口と判断したのだ。


「亮君、女の子とこんなことをしたのは」

「ない、ない、もてないもの」

 どぎまぎした風を、遠い昔の感覚を思い出すことで亮は演じている。それでうまく春奈を騙せるかはもちろんわからない。


「春奈さんは」

「決まってる」

 消え入りそうな声で、春奈は言う。

「え」

「ずっと女子校だもの」


 上手い言い方だ、決して何も嘘は言っていない。たいていの男はこれで彼女が処女だと思い込むに違いない。

「優しくしてね」

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