倀鬼の玉座
木古おうみ
上
帝、離宮に使者を送らしめ、巫蠱の獄を治めしむ。使者、宮を掘って云う、木人を得ること
帝、詔して三輔の兵を発す。
兄・
***
そこにいるか。
閨は暗い。燭台に火があろうと、
寝台に入らずともよい。その椅子に……。
お前を後宮に召し上げたのは愛妃としてではない。周りはそう思っているようだが。
さりとて、己は今まで賢臣のみを重用して政を行い、貧しき民の飢えと病を慰め、国を良く収めた。
皆己を名君だと言う。
最期に一度、孫ほどの女官を愛妃にしようと咎める者もいないだろう。
己がお前を側に置くのは、目が弟に似ていたからだ。馬桶洗いの仕事をするお前を見て、そう思った。
弟も奴婢のような仕事を自ずから行ったものだ。
己が弟の話をするのは意外だったか。
そうだろうな、後宮で噂は耳にしているだろう。
お前も訝しんだか。己は一体誰なのだろうと。
確かに俺はこの国の天子だ。それを疑う者はない。
何故そう言われるのか、若いお前は知るまい。
話してやろう。そのためにお前を呼んだのだ。息子にも妻にも話せなかった。
己が誰なのか、最期に聞いてくれ。このままでは己は亡霊だ。
我が世は初めから呪われていた。
己と
古来より双子は凶兆だ。
遠き異朝では、双子が生まれたときは弟をすぐ殺し、厠の土に埋めることもあるらしい。
だが、我が国は違う。いや、厠の土の方が幾分かましか。
お前も
五月五日に百種の虫を集め、壷中に置き、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものをもってひとを殺す。
四百年続く我が国はそうして、奸賊や逆徒を殺し、保たれてきたのだ。
皇子が双子で生まれたときは、兄を皇太子として、弟をこれから起こる禍の身代わりとして、呪術を収める巫者として育てるのだ。
それ故、兄の昴龍は幼い頃から馬術に武術、詩歌から文に至るまで、絢爛たる宮で数多の師をつけ、王に至る道を整えられた。
弟の文虎の友は蟇に蛇、虱のみだった。
かつて刑場とされた最果ての離宮に留め置かれ、呪術のみを教えられた。
だが、その性は正反対だった。
兄の昴龍は心根が冷たく、決して笑わず、些細な咎を犯した奴婢を決して許さなかった。
対して、弟の文虎は光射さぬ離宮に住みながら、常に太陽の如き笑みを浮かべる聖人だった。
宮廷の皆は、兄と弟が逆ならどれほどよかったかと囁いた。
あるとき、ひとりの侍女がさる貴妃に毒を盛ろうとしたとして、酷吏に囚われた。
侍女は給仕の際に杯を取り違えただけだと泣きながら弁解した。
昴龍は「疑わしきは罰せよ」と告げたのみだった。
侍女の首が斬られる寸前、離宮から文虎が駆けてきた。
彼は地に額づき、侍女に代わって懇願した。
「兄上、どうかご容赦を。咎なき者を罰することは王道に背きます。兄上の道を血で穢してはなりません」と。
曲がりなりにも第二皇子が、髪を振り乱して裸足で懇願したのだ。聞き入れぬ訳にはいかん。
昴龍が剣を収めると、文虎は何度も額を地につけて礼を言った。
その夜、昴龍は弟を呼びつけ、「何故女官を救ったのか」と聞いた。文虎は月のない夜に太陽の如き笑みを見せて答えた。
「私の生は常に暗く冷たい死と共にあります。それ故に、私は明るく温かい善なるものを信じたいのです」と。
だが、その二月後、さる貴妃は毒殺された。
下手人はあの女官だった。
貴妃を殺した女官はその日に逃げ、行方は知れなかった。
昴龍はまた文虎を呼び寄せた。
「お前のせいで貴妃は死んだ。お前は暗く冷たき死を呼び寄せただけではないか」
文虎は震えながら落涙した。
「どう責を負えばいいか……」
兄は跪く弟に歩み寄り、肩に手を置いた。初めて兄弟の触れ合いだった。
「お前の巫蠱であの毒婦を殺すのだ」
文虎の顔はいっそう青ざめた。
三日後、女官の死体が湖に上がった。
水中にありながら、亡骸は黒く焦げつき、火に焼かれたようだった。
昴龍は弟の呪術の腕を恐れたが、それ以上に、己の指先でそれを使える愉悦を感じた。
文虎に褒美を取らせたのもそのためだ。
「此度は大義であった。お前の望みを何でもひとつ叶えよう」
自ら救った女を殺した男の顔を見ようと、昴龍は弟ににじり寄った。かえったのはいつもの笑みだった。
「祭りを、見とうございます」
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