6話、肝を冷やした人間の宣戦布告

「ふぃ~っ。……ああ~、気持ちいぃ~」


 温かい風呂のお湯が、私の疲れをじんわり溶かしてくれて、そのまま排水溝へ流れてゆく。

 無事に初勝利をもぎ取れた事だし、浮かれてちょっと高い入浴剤を使ってしまった。


「やっぱり、和風カレーにして正解だったか」


 作っている最中に、いきなり辛い物を出すのは危険かなと思い、急遽和風出汁を入れて、お蕎麦屋さんに出てくるようなカレーにしてみたけど。

 メリーさんのスプーンは止まらず、綺麗に完食してくれた。


「しっかし、カレーを知ってたのは予想外だったな」


 昨日初めて見たであろう唐揚げを、『石』とか言っていたし。カレーにも、奇想天外な例えをするとばかり思っていたのに。

 具材を全て言い当てるどころか、福神漬けやらっきょまで催促される始末。唐揚げのくだりをジョークだとか言っていたけど、嘘なのか本当なのか判断がつかない。

 カレーは知っていた。しかし、水の代わりに出した麦茶は知らなかった。はて、この違いはなんだろう? 本人に聞いても答えてくれないだろうし、今ここで深く考えても無意味かな?


「まあ、そのお陰でリクエストを聞けたから、よしとしよう」


 細かな料理の指定までは、してくれなかったものの。肉をふんだんに使った料理という、リクエストを貰えただけでも、すごく大きな成果だ。心の持ちようが、まるで違ってくる。

 メリーさんがまだ食べていない肉の種類は、牛肉、羊肉、馬肉。羊肉と馬肉は、使用頻度があまりにも少ないので除外。なので、あとは牛肉のみだ。


「牛肉をふんだんに使った料理、ねえ」


 ハンバーグ、ステーキ、焼肉、すき焼き、牛丼、ビーフシチュー。パッと思い付いたのは、これぐらいか。牛肉に焦点を合わせてしまうと、案外思い付かないや。


「ハンバーグと焼肉は、好きな料理ランキングの上位だったっけ」


 午前中、スマホを齧るように調べていた、『子供が好きな料理ランキング』。その中でもハンバーグは、どのサイトのランキングでも上位に載っていた。

 ハンバーグの具材は主に、牛と豚の合挽き肉。玉ねぎ、パン粉、卵、ナツメグ。お好みで、つなぎの補助も兼ねた牛乳。

 新しい食材の中に卵があるけど、今回は味付けやつなぎとしての役目があるから、メインの食材にはならないか。


「卵をスープにして出してみたいけど、先に味噌汁を出さないと……。っと。そういえばメリーさん、味噌汁を楽しみにしてたんだなぁ」


 味噌汁を出さなかったせいで、穏やかなまま終わりそうだった夕食の空気が一変。

 あの鬼気迫る怒り具合には、呑気な私でも流石に肝を冷やした。まさか、このまま殺されるんじゃないか、とね。

 けど、結果は可愛いもんだった。怒髪天を衝く勢いで怒っていたのに、くすぐりの刑だけで済んだんだもの。こっちも嫌だけど、殺されるよりかは遥かにマシだ。


「味噌汁の材料を、切らさないようにしとかないと」


 豆腐、長ネギ、白味噌。一番出汁を取る為の、昆布とかつお節。味噌汁は、私が初めて作った料理であり。お母さん達にも好評で、飲む度にほがらかな笑顔で『美味しい』と言ってくれていた。

 あの時は、本当に嬉しかったなぁ。だからお母さん達を喜ばせたくて、毎日のように作っていたっけ。なので味噌汁だけには、絶対の自信がある。

 そしてメリーさんも、お母さん達と同じ笑顔で『おいしい』と言ってくれた。家族以外に、私が作った味噌汁を飲ませたのは、あれで初めてだったけど───。


「ちょっと嬉しかったな」


 相手は人間じゃなくて、大層有名な都市伝説様なのだけれども。

 私が作った料理を食べて、美味しいと言ってくれるのであれば、人間じゃなくても関係無い。嬉しいという気持ちは一緒だ。


 私は子供から大人になるまで、おじいちゃんとおばあちゃんの農作業。お父さんとお母さんが牧場で育てている、家畜の世話。そして兄貴と大海原に出て、漁の手伝いをしながら、ただなんとなく生きてきた。

 大学を卒業した後も、家族みんなの手伝いをして生きていこうと思っていたのだが……。そんな楽天家な私にも、とある夢が出来てしまった。

 それは、家族みんなが丹精込めて作った食材、獲った魚を使い、料理を作って振る舞う定食屋を営んでみたいと。

 なので料理の腕を磨くべく、上京して調理学校に通い出したまではよかったんだけど。運悪く、メリーさんの標的になってしまった訳だ。


「夢半ばで殺されるか。メリーさんに『おいしい』と言わせ続けて、夢を叶えられるのが先か。どっちだろうねぇ」


 こんな私にも、叶えたい夢が出来たっていうのに。神様っていうのは、相当意地が悪いんだろうな。応援してくれるどころか、潰そうとしてくるんだからね。


「あ~あ。お母さん達の喜ぶ顔、もっと見てみたいのになぁ~」


 両手を大きく上に伸ばし、雑に湯船へ落とす。ちょっと溜まった不満ごと湯船に叩きつけると、破裂音に似た甲高い音が、湯けむりが漂う浴室内に反響した。


「神様ー、聞いてるー? 私は何がなんでも生き残って、絶対に定食屋を開いてやるからねー。神様の思い通りには、させないよ?」


 宣戦布告が湯けむりに混ざり、換気扇に吸い込まれていく。頼むよ、湯けむりさん。そのまま神様が居る空まで、頑張って運んでいってちょうだいな。

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