4話、勉強に勤しみ過ぎた結果

「ハァ、ハァ……。わ、私、メリー、さん……。今、走っているの……」


『来るのが遅いから、今日は来ないんだとばかり思ってたけど。なんで走ってんの?』


「こ、こっちにも! 色々と事情がっ……、あるのよ!」


 料理について興味が湧いたから、本屋にある料理本を片っ端に読み漁っている内に、気が付いたら十時間以上も経っていただなんて、口が裂けても言える訳がない。

 でもこれで、料理の種類をかなり覚えられた。もう、知識の無さを露呈させる真似はしない。現在進行形で、大遅刻という辱しめを晒しているけども。

 今は、夜の八時前。ゲームを始める時刻は、夕方の六時頃。まさか、初日から大遅刻をしてしまうとは……。なんて言い訳をしようかしら。


『それで、今どこに居るの?』


「私、め、メリーさん……。今、商店街を走って、いるのぉ……」


『商店街か。なら、もう少しで着くね』


 駅前の本屋を慌てて飛び出し、走り始めてから二十分以上が経っている。生まれて初めて走ったけど、すごく疲れるわね。


『今どこー?』


「わたひ、メリーしゃん……。今、商店街を、抜けて……」


 っていうか私、なんで実況しているの? 本来であれば、居場所を教えてから電話を切り、少しずつ近づいて行っているというのに。


「あ、見えた!」


『こっちからも、メリーさんが見えたよー』


 視界が激しく上下左右に揺れている中。角を右に曲がった先に、春茜はるあかねが住んでいるマンションが遠目に見えてきた。

 あいつが住んでいる部屋は、五階の角部屋。そこに注目してみると、部屋の明かりの逆光を浴び、人影と化した春茜が手を振っている。

 距離にして、約三百m前後。まだ、そんなに走らないといけないの? 明日からは、時間を気にして料理本を読まないと……。


「わ、わた……、メリー……。今、マンション、前ぇ……」


『あのー、休憩してもいいんだよ?』


「あんたの、部屋で、する……」


 実況を続けながらも、なんとかマンションの入口まで来れた。

 けど、これから階段で五階まで上がらなければならない。無理、絶対に無理。階段を上る体力なんて、残っている訳がない。


「ふぅ、ふぅ……、ふぅ〜っ。私、メリーさん。今、エレベーターに乗ろうとしているの」


『エレベーター? 故障してるから使えないよ』


「えっ、嘘でしょ!? 本当に言ってるの、それ!?」


『うん。なんだか、二日前から調子が悪くてさ。明日か明後日、修理業者が来る予定なんだ』


 絶望に近い春茜の言葉が、私の膝と足の感覚を奪っていった。確かに、電気が通っていないのか。エレベーター内は真っ暗だし、ボタンに光が点いていない。


「……私、メリーさん……。今、階段を上がろうとしているの……」


『声色が哀愁に満ちてるけど、大丈夫?』


「人間に心配されるほど、私はやわじゃないわ……」


 一旦立ち止まったせいで、両足がやたらと重く感じる。そういえば、なんで春茜の部屋に向かおうとしているんだっけ? ああ、そうだ。おいしい料理を食べる為だ。


「……今、二階」


『ねえ、ちゃんと決め台詞を言ってよ。なんだか、違うベクトルの恐怖を感じるんだけど』


「……三階」


『ちょっと、聞いてる? 今の方がちゃんと怖いよ?』


 ようやく四階が見えてきたけど、いつもより空気が薄い。四階って、標高何mあるのかしら……。

 再び足の感覚が無くなってきた頃、五階という名の頂上に着き、すぐ近くにある扉をすり抜けていけば。ずっと地面に向けていた視界の中に、春茜の両足らしき物が映り込んだ。


「……私、メリーさん。今、あなたの家に着いた、の……」


 そこで両足の力がふっと抜けて、膝から崩れ落ちて床に倒れる私。もう無理、一生起きられる気がしない……。


「お、お疲れ。水飲む?」


「いっぱいちょうだい……」


 寝っ転がれたお陰で、息は整ってきたけど、両足に酷い倦怠感が生まれてきた。これも、初めての感覚だわ。


「メリーさん、持ってきたよー」


「ん……」


 起こしたくない体を起こしてみると、水が並々と入った透明のコップが目の前に現れたので、両手で受け取った。

 持ってみると、両手の平がじんわりと冷えてきた。冷たくて気持ちがいい。ただの水が、すごく美味しそうに見える。我慢出来ない、一気に飲んでしまおう。

 コップのふちに口を付け、息をするのも忘れて飲み込んでいく。いきなり大量に飲んだせいか、火照った体の内側が、みるみる冷えていくのが手に取るように分かる。

 無色透明で無味無臭だけど、心地よい清涼感のある喉越しが最高に気持ちいい。


「ぷはぁっ! はあ~、おいしい」


「やったー。それじゃあ今日は、私の勝ちっていう事で」


「そう。あんたが早死にしたいっていうのが、よく分かったわ」


「冗談だよ、じょーだん」


 右手をパタパタとさせ、緩い苦笑いを浮かべる春茜。水は火で煮立ててお湯にし、味を付けて初めて料理になる。なので、ただの水は料理じゃない。

 ふふん。料理本を大量に読破して、知識を蓄えた甲斐があったものだわ。そして、お味噌汁にもお湯を使用している。今日も沢山飲もっと。


「さてとだ、どのくらい休憩してから食べる?」


「そうね。十分ぐらい経ってからにしようかしら」


「十分か。なら、もう温め直した方がいいかな。んじゃ、昨日唐揚げを食べた部屋で待っててね」


「それと、水のおかわりもちょうだい」


「了解」


 空いたコップを春茜に渡すと、あいつはゆっくり奥へ歩いていった。ちょっとしたアクシデントはあったけれども、待ちに待った時間が来た。

 今日は、どんな料理が出てくるんだろう。からあげだったらいいな。けど、温め直すと言っていたし、煮物系かもしれない。

 こんな予想が立てられるのも、全ては料理本のお陰ね。昨日は、からあげを石だと言ってしまったけど……。今日は料理名をズバリ当てて、汚名を返上しなければ。

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