1話、始まりの料理

「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


「気配を感じてたし、声も聞こえてるから知ってるよー」


 昨日と同じ反応だ。怯え知らずで覇気のない声。この私を適当にあしらう、ぶっきらぼうで素っ気ない態度。そして、また台所に立って何かを作っている。

 ジュワジュワパチパチと音が鳴っているけど、今日は何を作っているんだろう。料理についての知識は皆無だから、いくら考えても分からないわね。


「なら、振り向いてちょうだい」


「油を使ってるから無理」


 昨日は『料理を作ってるから』、今日は『油を使ってるから』。この人間が台所に立っていると、顔が一生拝めそうにない。

 そして、昨日出てきたのが、温かくておいしいお味噌汁。ここまでのシチュエーションと流れは似ている。ならきっと、今日も何か料理を出してくれるかもしれない。


「よーし、完成。うんうん、我ながら良い出来だ。そんじゃ、メリーさんに味見をしてもらおうかな」


「きたっ」


「ん? 何か言った?」


「いえ、何も?」


 危ない、つい嬉しくなって声を出しちゃった。どれだけ待ち望んでいたのよ、私は。一応、人間の前ではそれらしい態度を保っておかないと。

 もっと人間が恐れるように妖々しく。無慈悲な言葉攻めで、人間の弱い心をへし折り。問答無用であの世に突き落とす。それが本来の私、最強の怪異であるメリーさんなのだから。

 決意を握った拳に集め、自分を鼓舞していると、目の前に突然、白い小皿が現れた。その小皿の上には、ゴツゴツとした茶色の物体と、楊枝が一本だけ添えられている。


「……何これ? 石?」


「なるほど? メリーさんには石に見えちゃうんだね。それは『唐揚げ』っていう料理だよ」


「からあげ……?」


「そうそう。揚げたてで熱いから、冷まして食べてね」


 しまった。余計な事を言ったせいで、知識の無さを露呈させてしまった。悔しいけど、これについては私が悪い。それだけは認めざるを得ないわ。

 小皿を両手で受け取り、『からあげ』をマジマジと観察してみる。遠目で見ても、やはり石にしか見えない。

 楊枝で刺してみると、パリッと音を立てて先端がスッと入っていった。見た目に反して、ものすごく柔らかい。

 匂いは、初めて嗅いだ匂いだから、何かに例える事すら出来ないけれども。お腹の中が空っぽになっていくような感覚がして、口の中に涎が湧き出してきた。


 ……早く、このからあげを食べてみたい。


 楊枝ごと持ち上げてみると、思っていた以上に重い。ズッシリとしている。冷ますには、息を吹きかければいいんだっけ?


「ふーっ、ふーっ、ふうーーーっ」


 これで冷めた、わよね? 一度小皿に置いて指で突っついてみると、固い箇所とプニプニと柔らかな箇所があるけど、共にほんのりと温かい。これぐらいの温度なら、食べても平気でしょう。たぶん。

 っと、その前に。こいつの前では、メリーさんとしての威厳を保っておかないと。何も言わずに食べてしまったら、ここへ来た本当の目的がバレてしまうからね。


「ちょっと、そこのあんた。私は食べるだなんて一言も言ってないわよ?」


「またまたぁ、そんな心にも無い事を言ってー。早く食べてみたいって顔してるよ?」


 こいつ、こっそりと私を観察していたわね!? しかも、顔に出ていただなんて……。迂闊だった。


「もたもたしてると中まで冷めちゃうよ。安心しな、味だけは保証する。昨日飲んだ、味噌汁より美味しいよ」


「お味噌汁、よりも……?」


 この私をたった一杯で魅了した、お味噌汁よりもおいしい? 馬鹿ね、こいつ。私に殺されたくないからって、自ら尻尾を出して嘘をつくだなんて。


「本当に言ってるの、それ?」


「ほんともほんと、大マジさ」


 ありえない、断言してやる。お味噌汁よりおいしい物なんて、この世には無いと。まあ、私の心は空よりも広い。命惜しさに嘘をついた代償は、お味噌汁三杯で許してあげましょう。


「もし、まずかったらどうするの? その時は、あんたを即座に殺すつもりでいるけど」


「その時は、味噌汁を出すから許してよ」


「……そう。なら、いいわ」


 やった! また、あのお味噌汁が飲める! ならば、私がこの『からあげ』を口にして、言う事はただ一つ。

 『とんでもなく不味い』。さあ、震えながらお味噌汁を用意するがいいわ。絶対に言ってやるんだから。


「それじゃあ、早速。……んっ!」


 楊枝で刺したり、指で突っついた時は、とにかく柔らかいだろうと思っていたのに。力を入れないで噛もうとしたら、しなやかな弾力で歯が押し戻されそうになってしまった。

 再度力を込めて、噛み切ってみれば。中からどんどん溢れ出してくる、ジューシーでサラサラとした水みたいな物。

 ちょっと濃いけど。ほのかに感じる香ばしさと、口の中に広がるガツンとした刺激にも似た強い風味が、もっと食べたいという気持ちを高めていく。

 更に何よりも、外はパリッとしているのに対し、中身はプリプリなのが堪らない。噛めば噛むほど、おいしさが濃くなっていく! これが、からあげ!


「おいしい~っ! ……はっ!?」


「うん、いい反応だ。その様子だと、味噌汁より美味しかったんじゃない?」


 ……どうする? 私は、高らかに『おいしい』と口走ってしまった。もう弁解の余地は無い。それに、こいつ。私がお味噌汁を好きになった事に、気付いている?


「さあ、なんの事かしら。言ってる意味が分からないわ」


「それでしらを切れるなんて、流石は都市伝説様だ。大した胆力の持ち主だね。それじゃあ」


 癪に障る挑発を続ける人間が、ゆっくりと振り向いてきた。そして、私に初めて見せた顔が、緩くて腑抜けた笑みを浮かべた。


「話がしたいから、一緒に夕飯を食べようよ」

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