第7話 ??? ~こんにちは、***~

 気が付けば、モノトーンの映画を見ていた。


 随分と長い映画だ。

 登場人物は若い外国人の男女二人だけ。位置が固定されたカメラに向かって、男女がおどけたり笑いかけたり。

 字幕は無いし役者の声は不明瞭で何を言っているのか分からないうえ、BGMも聞こえない。よほど古いか、音響に金を掛けられなかった低予算映画なのだろうか。


 ピントもやたら強調されていて、かなりカメラに寄らないとボケて見えている。

 男女が画面に出ていないときは、ただただピンボケした背景が映るのみ。幕間くらい用意しろと思う。

 たまに、女の役者の乳房がアップで映される。不思議と、興奮はしなかった。むしろ、安心し満たされた気分になる。


 かなりの時間見続けているが、終わりそうにない。

 段々と、男女の役者に親近感が湧いてきた。

 何せ二人はカメラに向かって好意しか示さない。それも、到底演技には見えず心底からの気持ちを感じるのだからしょうがない。

 人は自分を好いてくる者に、好意を抱くものだろうから。


 カメラのアングルが変更できるようになった。

 『できるように』というのは、なぜか自分が見たいと思った向きにカメラが向くからだ。観客の心理を読み切った、巧みなカメラワークと言えるだろう。

 モノクロだった画面も赤系だけ色が付いたので、いつの間にかカメラが交換されたのかもしれない。そういえば画質も向上しているようだ。


 画面の両端に、小さな手が見え隠れするようになった。初めのころから、何か動いているなとは思っていたが、画面の端のほうがクリアになったことで手と認識できるようになった。

 赤子の手だ。

 ……流石にここまで見れば、赤子を育てる親を赤子目線で撮った映画だということは気付く。


 むしろなぜ気が付かなかったのだろう?

 そう認識した瞬間、バチンッと大きな音と衝撃を感じた。叩かれたというよりも、合わない部品どうしを無理やり合わせようとして力技で嵌めた時のような…。


 次に感じたのは、五感に訴える圧倒的な情報量。

 モニタやスクリーンに映し出された映像ではない、自分の眼で見る生の風景。

 鼻の奥をむずむずとさせる、乾燥してすえた臭いのする空気。

 むき出しの顔にはやや冷たい室温と、それに抗うかのような血流によるほてり。

 全身を包むおくるみの、ごわごわとした肌触り。

 両の手を包む、二人の手のぬくもり。右手に、女。左手には、男。

 慈しみに満ちた目で俺を覗き込む二人の顔は、映画の役者としてここしばらく見続けてきた顔だ。そして、そこに浮かぶのは随分と昔――子供の時分に、見た覚えのある表情。親が子に向ける、愛に満ちた顔だった。



 今まで他人事のように見ていたこの映画は、映画じゃなかった。


 映像と思っていたのは、俺自身の網膜に映った現実の光景。

 俺は目の前の二人の子として生まれ変わったのだと、なぜかすんなりと理解した。

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