016 タイムオーバー

 救助が来ない展開は想定していた。

 それでも、実際にそうなった時のショックは相当だった。

 俺も伊織もお通夜モードとなる。


『もしかしたら明日には来るかもしれない』


 思ってもいない言葉がこぼれそうになる。

 それをグッとこらえ、俺は別のセリフを口にした。


「島の脱出に向けて動き出すのは明日からにしよう。今日はもう遅い。暗くなる前に残りの作業を済ませて寝よう」


「そうだね」


 そう呟く伊織の表情は、真夜中の如き暗さだった。


 ◇


 着ていた制服を洗い、手ぬぐいで体を拭く。

 昨日と違って拭き合うことはなく、互いに黙々と済ませた。

 それらが終わったら就寝タイム。


「おやすみ、雅人君」


「おう、おやすみ」


 この日も伊織は、左腕に抱きついてきた。

 俺の左手を太ももで挟んでいる。

 昨日よりも力が強いのは不安の表れだろう。


 それでも、伊織は数分で眠りに就いた。

 抱きついているとよほど落ち着くようだ。


(俺も今日は眠れそうだな)


 これまでと違って心中が穏やかだ。

 さすがに今日は妄想をする気力がなかった。

 すると、確かな疲労感だけが強調される。


 その結果、俺の意識もあっさり飛んだ。


 ◇


「やばい、死ぬ。死ぬ死ぬ!」


 四日目の始まりは騒がしかった。

 俺は起きるなり這いずるようにして家の外へ。

 直ちに手押しポンプのハンドルを動かして水を出す。

 出てきたばかりの井戸水に顔から突っ込んで水分を補給した。


「危なかったぜ……」


 起きたのは体が危険信号をガンガン発していたからだ。

 熱中症で死ぬかと思った。


 それにしても今日は暑い。

 この島に漂着してから一番の猛暑日だ。

 まだ朝のはずだが、それなのに汗が溢れてくる。

 間違いなく現在の気温は30度以上、下手すりゃ35度はあるだろう。


「ハッ、そうだ! 伊織!」


 伊織の状態が気になった。

 俺がこのザマなのだから、彼女も危険なはずだ。

 もしかしたら熱中症でくたばっているかもしれない。


「私がどうかしたの?」


 背後から声がする。

 振り返ると、貫頭衣姿の伊織が立っていた。

 果物の詰まった土器を持っている。


「おはよ! 雅人君! 今日もよく眠っていたね!」


 伊織はピンピンしていた。

 それに昨夜と違って表情も明るい。


「生きていたか!」


「もちろん! こんなところで死んでたまるかってぃ!」


「なんだかいつもとテンションが違うくないか?」


 まさか暑さで脳にダメージを受けてしまったのだろうか。

 そんなことを思う俺に対し、伊織は「いやぁ」と笑った。


「ハイテンションじゃないとやってられないじゃん!」


「空元気ってやつだな」


「そうとも言う!」


 伊織はそこで言葉を句切り、真顔で「でも」と続けた。


「クヨクヨするのはもういいでしょ?」


「そうだな」


 俺も真顔で頷いた。

 嘆いたところでこの状況は変わらない。


「それでは雅人君! 今日も張り切っていこう!」


「おう!」


 俺は立ち上がり、大きく息を吸った。

 そして、腹の底から叫ぶ。


「うおっしゃあああああああああああ!」


 突然の大声に驚いた鳥たちが森から飛び立つ。


「それはさすがに張り切りすぎだって!」


 伊織は笑っていた。


 ◇


 リンゴとバナナ主体の果物と焼きトマトで空腹を満たす。


「米が恋しいぜ! あー、米が食いてぇ!」


「私もお米と味噌汁が食べたーい!」


 そんなことを言いつつ、朝の作業が始まった。


 まずは昨日持ち帰ったは原木の加工だ。

 ノコギリで適当な大きさに切り分け、それを斧で割って薪にしていく。


「うりゃー! えいやー! とぉー!」


 薄く切った原木に斧を叩きつける伊織。

 スコンと気持ちいい音がなるものの簡単には割れない。

 何発かぶち込んでもヒビが入る程度だった。


「思ったより硬いんだな」


「そうみたい! だからこそ燃えるってものよ! せい!」


 ギャーギャー喚きながら斧を叩きつける伊織。

 スライス担当の俺と違い、彼女の作業はとても楽しそうだ。


(ストレス発散になってちょうどよさそうだな)


 一心不乱に斧を振るっている限り、余計なことを考えずに済む。

 俺は静かに笑い、原木のカットを続けた。


 ◇


「この辺で終わろう」


 調達した原木の半分を薪にしたところで作業を終えた。


「疲れた? 交代する?」


 伊織が心配そうな顔を向けてくる。


「多少は疲れたが問題ない」


「ならどうしたの? まだ半分も残っているよ」


「残りの原木は別の物に使いたいと思ってな」


「別の物? なんだろ……」


「武器だよ」


「武器!?」


 伊織は目をギョッとさせる。

 だが、すぐに「痛い痛い」と目を瞑った。

 滴る汗が目に入ったようだ。


「もう! 暑くてたまらないよ! どうにかして雅人君!」


 伊織は井戸水で顔を洗いながら言う。


「それができたら遥か昔に気温を26度まで落としているさ」


 今の時刻は11時30分~13時00分だと思う。

 つまり暑さがピークを迎える時間帯だ。


「それにしてもマジで暑いな」


 息をするのもはばかられる暑さだ。

 7月中旬でこの様子だと8月は絶望的だろう。

 そんなことを思いながら、俺は水筒の水を飲み干した。


「で、なんで武器を作るの? 工具や鉈があるのに」


「もう少しリーチの長い物がほしいと思ってな」


 獣との戦闘において、既存の物ではリーチが心許ない。

 先日の川におけるオオカミとの戦いがそうだ。

 鉈だと一方的に攻撃できないため、片腕を捨てる覚悟だった。


 だが、もっと長いもの……例えば槍があれば事情は異なる。

 突っ込んでくるオオカミに安全圏から一突きできたはずだ。

 そう考えた時、新たな武器が必要という結論に至った。


「そういうことなら槍を作らないとね! 大工道具なら揃っているし、2時間くらいで作れそう!」


「同感だ。早めの昼メシを済ませたら武器を作ろう」


「了解! で、武器ができたら北の森でライオン退治だね!」


 伊織は冗談のつもりで言ったのだろう。


「そうだな、武器を作ったらライオンを倒しに行こう」


「え?」


 驚きのあまり固まる伊織。


「雅人君、本気?」


 真顔で尋ねられたので、真顔で「もちろん」と頷いた。


「武器を作ったら北の森に行く。ライオンが襲ってきたら返り討ちだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る