第六話 流石は義平公

 な、何人だ⁉


 一体、賊は何人おるのだ⁉


「ひぃ……ひぃ!」


 前方から近づいてくる不埒者ふらちもの達を見据えていると動悸が激しくなってきおった。


 とりあえずそれがし義平よししらの背に隠れた。


「ど、どうすれば」


「押すな押すな!」


 思わず義平の背中を両の手で押していた。


「やめぬか! そちをさっきに斬ってやろうか!」


「ひぇ!」


 義平がその場で反転し、刀の切っ先を向けてきたので身がすくんでしまった。


 そうこうしている間に敵が五間ごけん(約九メートル)先まで近づいてきた。


「あ? お前ら坊さんじゃねぇな」


「おい、あれみなもと義平よしひらではないか?」


 賊達はそんなことを言う。


 すると義平は再び反転し、元の方向を向く。


「いかにも、我が義平。そち達が狙っているのはこの首であろう?」


 挑発しているのか持っている抜き身の刀を自身の首筋に当てていた。


「こりゃあいい! 義平に賭けられた賞金はとどめを刺したやつが多目に貰うことにするぞ!」


「「「おおおお!」」」


 賊の一人が賞金の分配についてあることを提案すると、他の連中も盛り上がっていた。


「じゃあ某はこれで……義平公よしひらこうも無理をせずに逃げてください」


 義平は強い。


 危うくなったときの判断は分かっているに違いない……ということで彼の背後からおいとまを告げて、そろりそろりと後退していった。


「ところでもう一人のやつにも賞金をかけられているのか?」


「⁉⁉」


 賊の一人が某を指さしてきたので思わず狼狽うろたえてしまった。


「知らん。でもどう見ても坊さんじゃないし源氏げんじにゆかりある者だろう」


「ならあいつにも痛い目みてもおうか! 平家へいけから追加で賞金貰えるかもしれないからな!」


 なっ、なんですとおおお!


 ついこの前まで農民だった某の顔を平家が知るわけがない。だがそんなことを賊に言っても聞く耳を持たないに決まっておる。


「すまぬが相手の人数が多い、ゆえにそちの方にも何人か向かうであろう」


 義平が背中越しになんか言っておる。


「お、お腹痛い! くっ! これでは力が発揮できない!」


 一方、某は顔をしかめ、中腰になって腹を痛めたふりをした。


「だが騎乗できるくらいだ元農民とはいえ狩りや自衛のために武芸をたしなんでおるだろう」


 刀を両の手で構える義平は背中で語ってくる!


 それがしの話背中を全然聞いておらん!


「討ち取ってやらああああああ!」


「ひゃっはー!」


「俺は弱そうな方行くぜ!」


 嬉々として賊達は走ってきた。


 向かってくる人数はニ〇人程度だろうか、彼らの得物えものは直刀の太刀たちという前時代的なものを持っている。


 平治の乱では武士が直刀の太刀を持っているのを見たことがなく騎乗での斬撃を考慮して彎刀わんとうの太刀(柄が外側に反っている刀)を所持していた。


 おそらく、賊は古い武器をかき集めて使っているのだろう。


「もらったぁぁ!」


 義平の前方に一人の男が迫り、太刀を頭上に構えて振り下ろすが――、


「うおっ……!」


 義平が横に払った刀とかち合うと太刀を持っていた男は仰け反りたたらを踏んでいた。義平の圧倒的に膂力りょりょくに負けていたのだ。


 男は体勢で整えようとするがその暇もなく喉を切られて鮮血を散らして倒れていた。


「いい気になるなよ!」


「おのれ!」


 それから間髪かんぱつ入れずに義平の左右から賊が迫っていた。二人は同時に義平を突き刺そうとする。


 義平はくるりと身をひるがえして左にいる賊が突き出していた腕を掴み、

 

「ふんっ」


 鼻を鳴らして右側に放り投げた。


「ぐぇ……!」


「なっ⁉」


 右にいる男の刀に放り投げられた賊が突き刺さっていた。


「くそっ……うっ!?」


 賊は仲間に刺さった刀を引き抜くが気付いたときには義平の刀が腹部を貫いていた。


 流石に強い!


 力といい、速さといい源氏げんじ棟梁とうりょうなだけはある。とはいえ、義平の言う通りあの人数では何人か討ち漏らしてこちらに来るやつがいるはずだ。


「へへっ」


 早速、義平の横を抜けてこっちに向かって来おるやつがいた。しかも顔が綻んでいる。さっき某のことを弱そうな方と言った人物だ。癪に触るがここは背中を見せて逃げる!

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