第32話:母親の嫉妬

「これは凄い、これなら誰が来ても安心だよ」


「オリビア、これなら大丈夫だよ、何も心配する事ないよ」


 お父さんを含めて戦い役の人たちが口々に大丈夫だと言って、お母さんはなかなか納得してくれなかった。


「もっと人数を増やしてやらないと本当の事は分からないわ!

 行商人と牛を村中の人間で追いかけるの。

 それで誰も村の衆に触られなかったら、今度こそ認めてあげるわ!」


 またお母さんがとんでもない事を言いだした!

 村の衆全員に手伝ってもらうだけでも大変なのに、行商人全員に手伝ってもらうなんて、いくらなんでも無理だと思った。


「オリビア、そこまでやったら、もうどうしようもないぞ。

 村の衆に迷惑かけるだけでも大変な事なのに、行商人全員に迷惑をかけるのだ、ケーンが成功したら快く送り出してやるしかないのだぞ?」


「分かっているわよ、それくらいの覚悟がないと、こんな事は言わないわよ。

 でも、村の衆はともかく、行商人は手伝ってくれないわ」


 お母さんは行商人が手伝わないと思っていたようだ。

 僕には行商人たちが手伝ってくれるのか手伝ってくれないのかは分からなかった。


 ただ、行商人は利益のために働いているとお父さんもフィンリー神官も言っていたから、利益になるなら手伝ってくれると思った。


 この話は、お父さんがフィンリー神官と行商隊代表に話してくれた。

 行商隊に利益が有るのか、50人が50頭の牛を連れて参加してくれた。

 ウィロウも参加していたから、つい、ついやり過ぎてしまった。


 お母さんがウィロウを追いかけだしたのに驚いて、つい鋭いとげのあるサルトリイバラの混じった蔦壁を造ってしまった。

 

 急に蔦壁ができて、お母さんは止まれなかった。

 蔦壁に突っ込んで……身体に傷ができて……血が……


「ウゲェエエエエエ」


「オリビア、ケーン、ああ、もう、いいかげん諦めろ!

 オリビア、お前を傷つけて、ケーンが吐いてしまっているぞ!

 このままじゃケーンがまた寝込んでしまうぞ!」


「ケーン、ケーン、私の可愛いケーン、ごねんね、ごめんね、ごめんね」


 泣き叫ぶお母さんが僕を抱きしめてくれたけれど、お母さんを傷つけてしまい、血まで流させてしまった。


 抱きしめてくれるお母さん顔が傷ついているのを見て、僕は気を失ってしまったようで、気がついたら次の日の朝だった。


「ごめんね、全部お母さんが悪かったわ。

 ケーンが行商人になるのは認めるから、1人で世界中を旅するのだけはやめて。

 それと、できれば毎月帰ってきて」


 気がついたらベッドの脇にお母さんがいた。

 僕が目を覚ますと直ぐに泣きながら謝ってくれた。


 最初はお母さんが何を言っているのか全然わからなかった。

 でも、途中から行商人になるのを認めてくれたのだと分かった。


「僕こそごめんね、お母さんを傷つけちゃった、血が出ていたけど、傷は大丈夫?」


「これくらいの傷、ケガのうちに入らないから大丈夫?

 それよりケーンは大丈夫、吐いてご飯も食べずに気を失ってしまって!

 何か食べる、スモモを持ってこようか、それともワインの方が良い?」


「少しお腹が減っているし、喉も乾いているから、スイカとスモモが欲しい」


「直ぐに持ってくるから待っていて」


 僕はお母さんが持って来てくれたスイカとスモモを食べた。

 食べ終えて直ぐにベッドから出ようとしたけれど、お母さんが許してくれなくて、そのまま寝かされてしまった。


 お母さんが子守唄を歌ってくれるのを聞いていたら、ドアの外にエヴィーたちがいるのに気がついた。

 僕は、また妹たちからお母さんを奪ってしまった!


「僕はもう大丈夫だから!」


 止めるお母さんを押しのけて部屋からでた。


「僕よりもエヴィーたちに優しくしてあげて!

 お兄ちゃんの僕が、妹よりも甘える訳にはいかないよ!

 お母さんなら妹たちの方を優しくしてあげて!」


 僕がそう言うと、お母さんがびっくりしたような顔をした。

 そして寂しそうな、羨ましそうな顔をしたエヴィーたちを見て、急に泣き出してしまった!


「エヴィー、ロージー、クロエ、ごめんね、ごめんね、お母さんが悪かったわ!」


「「「おかあさん」」」」


 お母さんが泣きながら3人の妹たちを抱きしめている。

 普段忙しいお母さんには、3人も甘えないようにしていた。

 その3人が泣きながら抱き着いている。


 僕はもう神与のスキルをもらった1人前の男だ!

 お母さんに甘えるような歳じゃない!

 お父さんとお母さんが何を言っても、自分の仕事は自分で決める!


 それに昨日、お母さんが無茶を言って始めた試験に合格した。

 お母さんも行商人になって良いと言っていた。

 だから、今日から僕は開拓村の農民じゃなくて行商人だ!


 だけど、僕はずっと村で暮らしていたから、行商人の仕事が分からない。

 1から行商人の仕事を覚えないといけない。


 行商隊の代表は、僕が行商人になる事に利益があると思ったから、お母さんが言いだした昨日の無茶なお願いを聞いてくれたんだ。

 だったら、僕を1人前の行商人にしてくれるはずだ!


「ジョセフさん、僕を行商人にしてください!」

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