第3話 洞窟の広間は不思議空間

 ピチョン、と静かな空間に露の落ちて土に染み込む音がやけに響く。

安心しきった顔で口端から少し涎を垂らしていた幼児は身体や顔に刺激を与える冷え切った水の欠片に起こされ、土の上に身を横たえた儘ぶるりと身体を震わせる。

「さ…むっ…」

 身に巻いている薄い布にすっぽりと全身を包み、手足を縮めて丸くなる。二度寝の態勢に入ったはいいが、天井からの冷え切った露からこれでもかという攻撃を受け、渋々といった体で上半身を起こす。

「…ふわ、良く寝た…」

 両手を天へと伸ばし、左右に腰を回す。そして目に入る不思議な現象に首を傾げる。

「あれ?…昨日食べ切ったはずなのに」

 まだ摘まれて間もないのだろう夜露に濡れた葉っぱの籠に果物が沢山積まれて自分の近くに置いてある。無くなったものが勝手に補充されているこの状況は明らかにおかしい。おかしいを通り越して不思議ですらある。しかしここは異世界、自分の常識は通じないのだ、と考え、はて、とある事に気づく。

 恐る恐る手を口元に翳し、はっ、として湖面をのぞける場所に走ると大きく口を開けて…

「ヒィ…ッ、歯が…!」

 全然意識してなかったので気づく事なく…大きくあけた口には歯がズラリ、と並んでいる。しかも尖ったギザギザのサメのような歯が…

 昨夜魚を食べたときにもそういえば違和感がなかった。

 なぜ、小骨までバリバリ食べられたのか。二歳児(相当)が、だ。そういえば果物だって皮を剝くこともなくバリバリ食べてた。そしてショックを受けているのに腹は自己主張激しく脳内に働きかける。手を動かして果物に手を伸ばせ、と。

「と、取り敢えず、腹を満たそう…」

僕はアボリとクラッハの実を鷲掴みしモシャモシャと咀嚼し朝餉とした。


 腹が満ちて一息つくと再び眠気が襲ってくる。食べて直ぐ寝るのはどうかと思ったがよく考えれば今の自分の身は幼児。さもありなん。

「…異世界転生って、もっとイージーモードだと思っていたよ…神様頼むよ…」

 ごろりと横になって思い出す転生時の記憶。



 真っ暗なビルの墓場内にポツリと輝く白くて大きくて無機質な建物。沢山の窓には煌々と灯りがともり、そこだけ手入れされた緑が生い茂る。ひっきりなしにやってくるサイレンをけたたましく鳴らす車が到着しては、慌ただしい人々が車に駆け寄ってくる。

 地域の生活する上で中核と為す重要施設、市立中央病院には昼も夜もなく患者で溢れかえっていた。そんな煩雑な建物の中で閑なく常にほぼ駆け足状態で働く人々の中に僕は居た。

「はい、髪乾かしましたよー」

「いつもすみません。すごく気分がいいよ」

「あはは、それが一番の誉め言葉ですよ~」

 僕は入院している患者さんと相対し、感謝の言葉を、時に罵倒の言葉を受けながら本日の自らに課せられた仕事を淡々とこなす。今日は洗髪介助だ。まだあと予約が13名も残っている。夕飯が運ばれる前に終わらせなくてはいけない。

 カチャカチャ、と洗髪用具を整え、僕は駆け足で次の病室へと向かう。

 僕はこの中核病院で病棟付きの介護福祉士として働いていた。

 どうしても男手の足りない業種にもかかわらず結構な体力勝負な仕事の数々。男性介護士でないと難しい案件も多い。しかし男手は僕ともう一人、少し年配の先輩の二人しかおらず、夜勤もほぼ三日に一回という…今思うと結構なブラックな職場だったと思う。まぁ倒れたら職場ならばすぐに手当ては受けられそうだけれど、と苦笑が漏れる。

「じゃあ、お先に失礼します」

「お疲れ様~~」

 夜勤の看護師さんへの引継ぎのミーティングが終わったのは夜6時過ぎ。僕はちらりと腕時計の盤面を見、口元を緩めた。

 明日は休みである。久々の全休。予定を前々から決めて楽しみにしていた。

 ふふ…明日は新規獣舎が完成したばかりの動物園に行き、ふれあい動物園で動物と戯れそれから保護猫カフェ、うさぎカフェをハシゴし、ラストにペットショップ見学

…よし、完璧だ。癒されたい、癒されたいんだ僕はもふもふに!

 僕、こと 竹内雅(タケチミヤビ)は超弩級の動物好きだ。もふもふは至高と断言できる。幼い頃から田舎に分類されるのどかな一軒家の実家で沢山の動物を飼っていた。ペットから家畜まで。

 飼い犬や野良猫、うさぎ、小鳥、山羊、特に鶏の世話は僕が一任されていた。鶏と山羊は家畜として肥育していたのでペット枠には入らないがそれでも潰すまでは愛情を注いで飼っていた。庭に居ついた野良猫が暖かい縁側で寝転ぶ傍で同じように寝転んでの日向ぼっこは至高の時間だった。

 しかし、医療系専門学校の通学の為に都市に出て一人暮らし、そのまま病院に就職する流れになったのだが、専門学校時代から学費の捻出のため、バイトに明け暮れる毎日ではペットを飼う事はとてもできなかった。

 しかし都市部には「動物カフェや動物園」が数多数あり、空いた時間を見つけては足繫く通っていた。そしてその習慣は就職しても変わらず、彼女も作らず(作れず)動物カフェの魅力を休憩時間に語りまくっては同僚に白い目で見られる毎日を送っていた。

 ガトゴトと揺れるバスの中、携帯に収めた先程撮ったばっかりの写真を眺めてニヤニヤしている僕の周りに座る人はおらず、バスの最後尾座席列の周りは清々しい位空いていた。僕にとっても人付き合いは得意な方ではないので好都合だったのだけれど。そして…

「?!!!!!!!!!!!!!!?!」

 突然の轟音と衝撃が僕を襲い、持っていた携帯は吹っ飛び、自分の体も吹っ飛んだ。前の座席をも飛び越えるほどの衝撃は更なる衝撃を呼び、ゴキ、と嫌な音と共に意識が薄れはじめた。

「トラックが突っ込んできたぞ!大変だ、人が…!」

「ああ…これは…無理だ…」

「って…痛てて…オカマを掘られたのか?うわぁ!」

「大丈夫か?!すぐ救急車を呼ぶからしっかりしろ!」

 聞こえていた沢山の人の声が徐々に薄れていく。

 どうやらバスが事故に巻き込まれたのかな…僕は…こんなアッサリと人って死ぬんだな…あっけない…もっと動物とモフモフしたかった…と諦観した所で僕の意識は消失した。




 


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