第42話 姫との約束


 カゼマルとその部下たちが撤退したあと、俺は台の上で横たわるレイナックが目覚めるのを待った。


 眠ったままの彼女を放置するのが心配なだけで、特に何かしらを伝えるつもりも話をするつもりもない。

 無事に目が覚めるのを確認したら、黙って退散するつもりだ。

 城へ送り届けるのは、勇者ファルコとシャインに任せよう。


 それにしても、とても穏やかな顔で眠っている様子だ。

 ヤツの言うとおり、魔法の効果が切れているようだな。


 俺はホッと胸をなでおろした。


 こうして寝顔を見ていると、幼いころを思い出す。

 あのときはレイナックに対して感じた気持ちの正体が分からず、困惑したな。

 親父を見て育ったから、暴虐の限りを尽くすのが正しい魔族のあり方だと思っていた。

 だから闘争心や邪心が薄れていくのが、怖くなったのを覚えている。


 俺は台に座り、レイナックの頭を撫でた。


「ん……」


 触れられて起こしてしまったか、彼女がゆっくりと目を開いた。

 俺は立ち上がってその場を去ろうとしたが、後ろを向いた俺の服の裾をレイナックが掴んだ。


「待って……ください」


 弱々しく握られた手を振りほどくのも気が引けて、俺はその場から動けなくなった。


「もう少し……もう少しだけ、お話させてください」


 そう言われたら、もう拒否することができない。

 なぜなら、俺自身がレイナックと話をしたいと思っていたからだ。


 ずっと……ずっと、話をしていたいくらいだ。


 俺は無言のまま再び台の上に腰かけ、了承の意を示した。

 とはいえ敵も去った今、もうすぐここに勇者ファルコとシャインが戻ってくるだろう。

 その前に退散せねば。


「ありがとうございます」

「少しだけだ。話があるなら急げ」


 本当は笑って語り合いたいんだけどな。

 魔王の姿だと、どうしても冷たい態度を取ってしまう。


 一応は魔族組織のトップとして、威厳を保つような口調を心がけていたというのもあるが、それだけじゃない。

 魔族の俺と距離が近くなりすぎると、人間のレイナックとしての立場が悪くなる。

 そんな気がしたんだ。


 例えばベスケットや王女ミミは、アンダーグラウンド的な世界に足を突っ込んでいることを自覚していた。

 魔族は結局、闇に生きる種族なのだ。


 純真無垢で太陽のような暖かさがあるレイナックは、闇の世界に関わることなく人間らしい幸せをつかんでほしい。


 やはり人間の姿だろうが、会いに行ってはいけなかったのだろうか。

 守りたいだけだったのに、俺のせいで彼女を危険にさらしてしまった。

 カゼマルを倒すことはできたが、もしそれが果たせていなかったらと思うと胸が苦しくなる。


「なぜあなたは、いつも私を守ってくださるのですか?」

「いや……。俺は守ってなんか……」

「いいえ、守ってくれました。私、夢うつつですけど覚えています。あなたは今日だけじゃなくて、以前も私を助けてくれました」


 背中に彼女の手が触れているのを感じる。


「俺は魔王だ。人間なんかを助けるわけなかろう」

「お父さんの後を継いで、魔王さんになったのですね! 小さかったころに出会った魔族の男の子が、こんなに出世していたなんて。まだ若いのにすごいです」


 いや、なんか思ってたのと反応が違うな。

 確かに出世といえばそうなのか。

 それはそうと、やはり俺が幼いときに助けられた魔族の子だってことは、もう完全に確証を得ている感じだな。


「私……あなたと出会うまでは、魔族が怖かったんです。あちこちでお城や町を襲ってるって聞いてたし、中には人間を食べちゃう魔族もいるらしいって」

「間違いはない」


 俺の言葉に、レイナックがクスっと笑った。


「でもあなたと出会ってから、考えが変わったんです。魔族だって人間と同じ心を持っていて、分かり合うことができるんだって。そんな風に思うことができたんです」

「無理だな。魔王ゆえに多くの魔族と関わるからこそ分かる。人間を支配するか食い物にするか、野心のために利用するか。それ以外の関係を魔族は望んでいない。人間のほうも同じだ。魔族は敵であり恐怖の対象でしかない」


 しばらく沈黙が続く。

 しかしそのあと、気まずい場の雰囲気をぶち壊すような、とても明るい声でレイナックが言った。


「じゃあ、魔王さんにお願いです。魔族と人間が仲良くする世界を作ってください。そのために私ができることがあれば、何でもしますから!」

「無理だ。そんなこと、できるわけなかろう」

「魔王さんならできますよ。だって魔王さんって、魔族で一番偉い人なんですよね。一番偉い人がガツンと言ってあげたら、みなさん分かってくださいます!」


 そんな簡単な話じゃないのだが。

 まず前提として俺は確かに魔王だが、すべての魔族組織のトップというわけでもない。

 しかも自分の組織ですら、親の七光りとか陰口叩いて軽く見てくるやつがたくさんいるし。


 そもそも俺が人間との共存を望んでいる前提で話を進めているが、正直レイナック以外の人間なんてどうでもいいんだけど。

 さて、どうしたものか。


「あの、すいません。急にわがまま言ってしまいました。でも、あなたなら出来てしまいそうな気がしたので」


 慌てたような声で、彼女が謝罪した。


「お話を変えましょう! あ、あの。お名前……。お名前を教えてくれませんか?」


 そういえばずっと名乗ってなかったな。

 でも名乗れば、兵士として側にいる俺の正体に気づかれるかもしれない。


 魔王としての家名であるナパムデスのみを名乗ってごまかしたとしても、そこからタロウ・ナパムデスのフルネームにたどり着く可能性もある。

 まさか魔王の姿でレイナックと再会するなんて思っていなかったから、人間の姿で兵士になったときに深く考えずタロウと名乗ったのがそもそも失敗だった。


 あれこれ考えながらしばらく黙っていると、レイナックが寂し気な声で言った。


「やっぱり、教えられない事情があるんですよね。あのときも、名前だけは絶対に教えてくれませんでした」


 子供のころは、レイナックに対して生まれた好意の感情を受け入れられず、名前を名乗らないことで彼女を拒否していた。

 要するに、つまらない意地だったんだ。

 今は自分のミスで、名乗れない理由が出来てしまったわけだが。


 でもよくよく考えれば偽名を使えばいいだけなんだし、レイナックが寂しそうにしているのに何も答えないのも心が痛む。

 あまり距離を縮めるわけにもいかないが、偽名を名乗るくらいなら。

 というかここまで話し込んでおいて距離うんぬんとか、今さら感あるけど。


「サ、サブロウ」


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