第2話

 そんなこんなで翌日。

 少し寝坊して整っていない頭で、目の下に少し隈を造りながら教室のドアを開ける。

 数学の宿題は思ったより多く、処理に手こずってしまった。前からやっておけばよかった、いやいや聖剣が出てくるなんてトラブルがなければもう少し集中できた、とあれやこれや頭で考えながら席に向かって移動していると、嫌に教室のメンツがこちらを見ていることに気がついた。


「……美紀?」


 周りに聞こえるように呟いて、その名前をアイコンタクトしつつ呼んだ。髪の毛をポニーテールで結んだ小柄な少女が、ばつが悪そうに口角を上げながら歩いてくる。

 聖奈はスクールバッグを机の上に置いて自分の席ーー中央列の一番後ろに着席。”美紀”と呼ばれた少女はその前の席に座った。まだ前の席の生徒は来ていなかった。

 聖奈は、後ろを向いて自分と目を合わせてくる彼女に対して言う。


「……バラした? もしかして」

「……ごめん!」

「ふざけんな」


 返答は軽く笑いながらで、まるで”面白そうだから言っちゃった!”とでも言いたげな顔だった。思いっきり言い訳を捲し立ててくる。


「だってさあ! 聖剣だよ!!! 友達が聖剣貰ったらそりゃあSNSで拡散するよ!!!」

「プライバシーって知ってる?」

「逆に高校のクラスにプライバシーなんてあると思う?」

「なきゃ困るでしょ」


 軽口を叩きあう。こんな調子で来られると、なんやかんや許せるようになってきてしまうのが、彼女の良いところであり悪いところだった。

 ーー彼女が高島美紀。一応、聖奈にとっての親友だった。少し口は軽いが、軽快で情報通で面白いし、何より口が上手いほうじゃない自分に話しかけて友達になってくれた娘である。


「まあまあ過ぎてしまったことは仕方ないと思いませんか七海聖奈さんや。ここは一つチョコレート一粒とかで手を打ちませんか」

「一箱」

「それは酷じゃあないですか聖奈さん!!! ここはせめて半分で手打ちを……」

「……許そう」

「流石聖奈さん! 心が広い!」


 口が回る回る。自分で打った小芝居に自分で笑っている美紀からチョコレートを貰う。なかなかに甘ったるいが、昨晩の数学で疲れた頭が冴える感じでとても良い。

 何個か食べていると聖奈の周りに新たな人影。


「……ん? どうかした?」


 男子。名前もあまり覚えていないが、確か結構クラスでもはしゃぐタイプの、刈り上げた髪をした男子。告白のようなテンションで彼が言う。


「聖剣の画像、見せてくれない!? 俺、ちょっとそういうののファンで……」

「……別にいいけど」


 ほらこういうことになるから面倒なんだよ、という視線を美紀に向けつつ、懐からスマートフォンを出す。尚目線を向けられた彼女は知らん顔をして菓子を貪っている。


「……ほら」

「えーっ! やっぱマジなんだ! すげーっ!!!」


 感嘆の声を上げる。男の子ってやっぱりこういうの好きなんだなあ、と魔法少女に傾倒していた事実を棚に上げて思う。


「異世界産?」

「異世界産。規模A級異世界のやつで、製造から二百年ぐらい? って聞いた」

「マジ!? ヤッバ!!!」


 聖奈にとってスペックはどうでも良かったのだが、ここまで興奮されるとなんだかむず痒い気分になってきて頬を掻く。とはいえこれは聖奈自身の功績でもなんでもなく、ただ祖父がとんでもない奴であったというだけなのだが。

 そして何故か他の男子までわらわらと席の方にやってくる。「異世界の聖剣ってマジ?」「出力どんぐらいなん?」「そもどういう経緯で手に入れたん?」「かっけえな!!!」

 面倒になってきたな。そう感じていると、男子の一人が質問してくる。


「な、なあなあ……相続した、ってことは……七海さん使えんの? 聖剣」

「……使えないことは、無いかな。使うのに必要な資格は昔取ってた」


 うおおおお、と男子が揃ってどよめきを上げる。なんなんだ、変なことなのか?

 ーー繰り出される言葉の数や、興味の目線に、少し気圧されていると眼の前の親友が笑って立ち上がる。


「……ほらほら! 聖奈困ってるからし、そろそろ解散しよっ!!! 授業だしさ!」

「お、おお」


 すまんな、といって自身の席に戻っていく男子たち。助かった。

 ほっとすると同時に、美紀の存在に感謝する。目線を向けると、親指を立ててきた。

 ……確かに良い対応ではあったが、元々はあんたのせいじゃないか? という文句は心の中だけに留めておいた。


「……はあ」


 聖剣を持つ、というのはこういうことか。まあ、魔法というものがインフラに組み込まれている現代でも、聖剣は珍しい。というか魔法戦闘をする人、というのは多くないしそういうものか、と独り言つ。

 とはいえ、やっと落ち着けるーー最初の授業は昨日準備した数学だし、当てられても対応できるように教科書を読んでおこうと思って鞄から物を取り出していると、一つ興味の目線がこっちに向かっているのに気がつけた。


(……クラス委員長、足利さんか)


 目線の主は、クラスで一番真面目な少女。容姿端麗で、長い黒髪で、成績も優秀。品行方正で……とあらゆる部分で間違いがない、頼れる人、とみんなは言っている。

 みんなは言っている、が。聖奈には”あんまり余裕がない人”、という印象が強かった。

 ……聖剣なんて浮かれたもの手にしちゃったし、目をつけられてしまったか。まあ、いいや。


 ※


 全然良くなかった。違和感というものは違和感のままにしないほうがいいんだなあ、と聖奈は今現在思う。


「……あー、どうかした?」

「えっと……」


 現在時刻午後四時、放課後。確認できたのは教室に時計があってちらっと見たから。今現在教室に二人っきりで、そこまで会話したことの無い、なんならちょっと面倒くさそうだなあ、と思っていた人物と机を挟んで対面している。そう、相手は件の委員長である。

 聖奈自身も寡黙、喋らない方で。普段流暢な委員長も本題を言いづらそうで時間を食っている。”誰でもいいから助けてくれ!”っていうのが本心だった。

 まあ、でも、慎重に聞いて内容をすり合わせるしかない。そう思ったときーー。


「聖奈ー、かえろー! って、委員長もいるじゃん」

「美紀……」


 救世主……!

 この場に必要な明るさを持つ親友が教室にやってきた。ここまで友の存在がありがたくなることも珍しかった。

 手招きして呼び寄せて、事情を説明する。


「……なんか、あったらしいんだけど、あたしもこうだから話が進まない」

「あー、なるほど!? 君ら限界コミュ障染みたところあるもんねえ! いいよいいよ、私が仲介してしんぜよう!!!」

「助かる……」


 元気なのが一人いると場が和むし、安心する。ただ力を借りなければ話が進まないというコミュニケーション能力の無さへの情けなさを聖奈は感じた。


「へいへい、大丈夫大丈夫、別にここでは完璧でなくたっていいからねー」

「うう……高嶋さん、ありがとう」

「美紀って呼んでもいい、ってゆーってたやろー」


 美紀が委員長の背中をさすりながら言葉を促す。やっぱり余裕がない人だったようで。

 というかこの親友は誰とでも仲が良いのか……? と軽く大事な親友を奪われた気分になったが、それはそれとして、


「……改めて聞いていい?」

「……うん、大丈夫」


 委員長は口に出す。それは、ある意味当然だが不意をつかれた言葉だった。


「ーーわたしの部屋に怨霊が出てるの。聖剣の力で……除霊してくれないかな」

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