さきさきと干した魚

「ねーねー、足はつまさきで手はゆびさきなのなんで?」


 るるの少しくたびれてきた服は、裾が片側だけレロンとダレている。普段引っ張らないように気をつけている側の裾を、小枝をしゅばしゅば振る子が引っ張っていた。


 るるーんっ。すっそ伸っびるーん。あ、もう伸びてるんだった。じゃあいっか。いや、いいのんかなぁ?うん、あんまり気にならないからいいるん。


 るるは芋を食べる手を止め、小首を傾げた。

 知らない人の家の前の路地でも何処でも良いので、貰った焼き芋が冷えぬ内に、と食べていた時だったのだ。

 ちょいと喉がもさもさし出したし、芋はまだまだ温かだし、一休みしようと、小枝の子と目を合わせる。

 うーむ。見たことあるようなないような子るん。こんにちは?久しぶり?はたまた、はじめまして?うーむ。分からんるん。小枝はどんぐりの木の枝かな。小枝の話題から行くるん?いやいや、繊細な部分だったらどうするん。うん、ここはさっぱりアンドあっさりで行くるんな。


「爪先と指先るん?るるは、どっちも手足に使うと思ってるん」


「そうなの?でも、足は爪先で指は指先って、先生教えてるもん」


「え、そうなのるん?」


「うん、そうなの」


 顔を見合せて首を捻る。

 うーん、気にしたことないるんねぇ。爪先でも指先でも手足の先端だと伝われば良いるん。でも、るるより幼い子の疑問に、適当に答える訳にはいかないるん。

 るる、がんばるん。るるはいま、お勉強の先生るん!

 気合いを入れたものの、正答は少し考えただけでは浮かばなかった。


 ま、そんなもんるん。


 ではもっと頭を捻れば何か生まれて来ないかと、二人で「「ふぅーん」」と唸っていると、凭れていた壁に開いていた窓から「そりゃあれだ」と身を乗り出した人がいた。

 唐突に現れたことにびっくりしたが、驚きは一瞬で消えた。

 見たことあるようなないようなどこぞの人は、干した魚の欠片を咥えていたのだ。


 ぴくぴく、ぴくぴく。


 口の動きに合わせて動く干物。気になる。

 干物の人はるるの視線の先を細かに気にしておらず、滔々と話を進めていく。


「そりゃあれだ、手と足は同じ体の家族だろ。いろーんなことを協力して生きてんだ。家族っていうか、あれだ、あれ。相棒みてぇなもんだな。だがよ、たまにゃあ、ムカつく時もそりゃあるさ」


 干物の人は両手を広げで空にゆっくり伸ばして行く。目は閉じられ、干物は止まった。


「ああ、一つ屋根の下の家族、平々たる日々を過ごす仲間」


 え?うたうるん?突然に?まさかるるも?


 るるは、歌い始めた干物の人から目を離せないままどんぐりの小枝の子に聞いた。


「うたってるん?」


「分かんないけど、いつも見ると一人であれしてる」


 一人で。それは良かった。さあ!一緒に歌おうではないか!とか言われたら、どうしようかと思ったるん。


「そうるん。じゃあ、このままでだいじょうぶんるんね」


「たぶん」

 あら?くぐもった声るんねぇ?


 見れば、どんぐりの小枝の子は、小枝に絡まった髪の毛を外していた。


 あら、たいへん。いつの間に絡まったるん?


 見掛けよりは外せそうであったが、小枝の子はあまりほどけないでいる。


「るる、髪外す、手伝うるんよ」


「ほんと?お願い。切りたくないの」


 るるは芋を小枝の子に預ける。


「ふむ。るる、きをつっけるーん。るーん、きれーな髪るんねー」


「ほんと?うれしー」


 二人が髪をほどいている間、干物の人は空を仰いで歌っていた。


 ほどき終えた頃、歌は止み、手足の話が再び始まった。


「で、手は怒って指で差すのさ。てやんでぃ足のヤロォってな。だけど足は遠慮して詰まって転ぶんだ。何に遠慮すっかって?そりゃあれだ、足を挙げるこったによ。足を高く挙げりゃあ手に届くわな。でも体はどうだ?均等が崩れて転んじまうかも分からん。足はな、いっつも地面に足をつけてるから、安定感がなきゃ落ち着かねんだよ。だもんで、手は指から先に出すからゆびさきに、足は先に詰まるからつまさき、ってこったな」


 ぼさぼさしてしまった髪を手櫛で整えた時、話が終わった。


「ありがと」


「どういたしましてるん」


 るると小枝の子はにこっと笑って頷き合った。

 干物の人を見ると「いやぁー、おれってすっげぇなー」と腕を組み、満足そうに頷いている。

 るるは半分……ではなく控え目に言っても七割は聞いていなかったが、あんまりにも得意気などこぞの干物の人を悲しませたくなくて、「なぁるほど~」と頷いた。視線は干物に行ってしまうが。

 小枝の子も「なぁるほどー」と枝をしゅばしゅば振っているが、視線は干物に釘付けだ。


「ふへへ、おれぁあったまいーなー」


 鼻高々に天を向く干物の人の顔は誇らしげな色に満ち満ち、ゆっくりと後ろを向くと片手を挙げ、「あばよ」と部屋の中へ消えて行った。


 小枝の子は小枝を下ろし、るるに芋を返した。

 るるは芋を受け取り、ほぅっ、と溜め息をついた。


「「あの魚なんの魚かなぁ」」


「るるん?」


「あれ?」


 二人は顔を見合せてくすくす笑った。


「ねぇ、いっしょに魚干す?つまさきゆびさきの干物の先生に習ってるんだ」


「うん、るるも干するん。あ、干物の先生に言われたるんね」


「そうだよ。じゃ、行こ」


「うん」


 るると小枝の子は自然と手を繋ぐと、干物の姿を各々思い浮かべながら、歩いていった。




 その後、魚の干し場で会った干物の先生に爪先と指先を訊ねると「爪先は魚の足の尾びれで指先は魚の手の腹びれ」だった。

 なるほど、魚の話だったるんねぇ。とるるは先生と魚の距離感に関心を持ったが、小枝の子は「なーんだー」と呆れていた。

 更に「爪先は尾びれで指先は胸びれ」と先生の同僚が言い始めたことで、なかなかピリピリした空気になったが、るるのお腹が鳴ったので干物をごちそうになった。冷めた芋は、先生が温め直してくれた。


 塩っ気おいしいるーん。


「ねぇねぇ、また来る?」


 またしても伸びた裾部分を引っ張る小枝の子。


 ふむ、引っ張りたくなる魅力がある服なんだるんねぇ。


「来たいなぁ、るん」


「来たら?干物あるし。遊んであげてもいいよ」


 なにそれかわいいるん。


「うん、来るん」


「そう」


 返事は素っ気ないが口元が笑っているのが嬉しくて、るるは「るっるーん」と笑う。


 透き通った青空に、鱗雲がずーっと流れていた。


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