配信3:田村さんはヤンデレ

「そう落ち込むなって、田村さん」

「あ……あぁ……」


 この世の終わりみたいな顔で田村さんは、声を振り絞っていた。そんな絶望しなくても。むしろ、これはチャンスだと思ってもらいたい。


「元気だして」

「猪狩くん……」


 のそっと立ち上がる田村さんは、スカートのポケットに手を突っ込んでなにかを取り出した。……む? あれはなんだ?


 ――って、まさか!!


「ちょ、田村さん……その手に持っているの……裁縫用の縫い針だよね!?」


 普通のより太くて鋭利な針だ。

 そんな物騒なものを俺に向けてくる田村さん。息が乱れ、目もどこか虚ろ。な、なんかヤバイ人になってるぞ……!

 これは止めないと俺が刺されそうだ。


「こうなったら猪狩くんをこの針で刺して……息の根を止めるしか……ないよね!!」

「うわああああ! 首元に刺そうとすんな! あぶねぇだろうが!」

「だって、だって! わたしの人生めちゃくちゃにしちゃってさ! どうしてくれるのよぉぉ!!」


 縫い針が迫ってきて、俺は命の危険を感じた。回避してなんとか事なきを得たが、次は分からない。止めねば!!


「すとーっぷ! 落ち着け! 田村さん、君は魅力的なんだから、むしろ有名人になるべきだよ。配信で有名になれば投げ銭とかで稼げるよ?」

「……そ、それはそうかもしれないけど。……ウン、そうだね。言われてみれば、わたしにはお金が必要だし」

「なにか事情が?」

「パパの病気を治してあげたいの。治療費が欲しくて」

「へえ、偉いな。なら、尚のこと配信でがんばらなきゃ」

「そうかな……」

「そうだよ。ほら、胡桃のSNSアカウントも特定されて、フォロワー爆増中だぜ」

「マジじゃん!」


 そこはなぜか目を輝かせる田村さん。それはいいのかよ。

 しかし、どんどんファンが増えているな。これ、ひょっとしたら伝説を残すかもしれないな。


 少しして昼休みが終わった。


 教室へ戻るとクラスメイトたちが騒然となっていた。田村さんをジロジロ見て、コソコソと話をしていた。あー…これは知られてしまったか。



「やっべ」

「い、猪狩くん!!」



 赤面涙目の田村さんは、俺の胸倉を掴んだ。気持ちは分かるけど、もうどうすることも出来ない。彼女にはこのまま有名人になってもらうしかない。



「田村さん、インフルエンサーのゴリラに取り上げられていたぞ……」

「あのエロメイドって、やっぱり田村さん!?」

「胡桃ってまさかな」

「俺、なんだか興奮してきた」

「あんな美少女がエロ配信とかな!」



 なるほど、すでに疑念は確信に変わりつつあるわけだ。納得していると田村さんは針を取り出して俺に向けた。アカン!



「やめいッ!!」

「……くぅ。猪狩くんのせいだよ!」

「すまん。こうなるとは思わなかった。でも、いいじゃないか、配信見て貰えるぞ」

「学校にバレたくなかったのに。でも、まだ完全に気づかれたわけじゃなさそうだけど……うーん、時間の問題かな」


 溜息を吐きつつも田村さんは着席。俺も同じように席へ。

 午後の授業がはじまった。


 俺はこっそりとスマホを覗いて世間の反応を高めた。


 ほうほう。『いいね』が5500もついている。『リツイート』が1500と。配信の再生数もあれからかなり増え、五万再生は増加した。


 変化を楽しみ、授業を受け続ける俺。


 気づけば放課後になっていた。

 空はすっかり茜色に染まり、教室内も散り散りになっていた。


「さて、帰るか」

「ちょっと待ちなさい、猪狩くん」

「なんだい、田村さん」

「あ、あのね……わたしの面倒を見なさいよ!」

「へ?」

「こんなことになっちゃったんだから、わたしを助けるのが筋でしょう」


 ぐいっとスマホの画面を見せつけてくる田村さん。

 そこにはネットニュースが。



【謎の美少女・胡桃がえっちなメイド姿を披露。インフルエンサーに見つかり、大拡散。時の人となり、トレンド一位を獲得。今後の配信に期待だ】



 へえ、こんなことに……なにィ!?

 大手ネットニュースサイト『YABEEヤベー』に取り上げられ取る。あ~あ、こんなところまでデビューしちゃって。

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