七月七日・夜

 二人はゆっくりとかささぎの橋を渡ります。

 そして、ついに対面です。

「こんにちは……」

「あ、えっとこんにちは……」

 二人とも緊張しているようですね。そりゃあそうです。宝姫様は自分の父親のお嫁さんと二人きりで会うわけですし、織姫様はせっかく彦星様と二人きりだと思っていたら、知らない女性が現れたわけですもの。その証拠に、声が少し震えています。

「あの、失礼ですがお名前は……?」

 織姫様が訊ねました。

「宝姫です……」

「宝姫さんですか……あの、失礼ですが彦星という方を知りま……!!」

 大きくて二重の目に一瞬、驚きの表情が走りました。

「もしかして、あなた、彦星様の……」

 おや? もしかして、織姫様は気づいたのでしょうか。彼女が彦星様の娘だという事実に。

「……実は、彦星は半年くらい前に、あの、つまり……」

「……あなたは?」

 必死に、事実を喉から絞り出そうとする宝姫様に、織姫様が声を震わせながら問いかけます。

「私は……私は、私は……」

「怒らないから、真実を言ってください。お願いします……」

「……私は、あの、彦星の、娘なんです……あの、すみません。なんか、ホントに……」

「いや、別に怒ってないから……やっぱりか」

「えっ。やっぱりって……?」

「目の形と鼻の形が似てたから。なんか、どことなく彼に似た雰囲気があったの」

 織姫様が今日初めて、ニヤッと笑いました。しかし、その眼はうるんでいます。

「あ、何か言おうとしてたよね。続けて」

「あ、その、彦星は半年くらい前に、あの……言いにくいんですけど……牧場にさそりが出ちゃって、それで刺されて……」

「……そっか」

 短く言いました。

「うっ……あ、ありがとう。伝えてくれて……そうか、彦星様……」

 何とか泣くまいという顔をしていましたが、やはり、こらえられませんでしたね。織姫様は地面に倒れ伏しました。

「うっ、うっ、彦星様……今年も会えると思ってたのに、贈り物持ってきてるのに……なんで、なんで……うっ、グズズズズ、ひっく……」

 宝姫様は見るだけでもう何もできません。

「ひっく……」


 やがて、織姫様はもう声が出なくなりました。ただ静かに涙を流し続けて……。

「あの、彦星は……ずっと私を愛してくれていました。無理やり結婚させられてできた子供なのに、ずっと愛してくれて……」

 あれ? それ、ちょっと言って大丈夫ですか?

「ずっと、織姫様のことを話していました。宝姫が僕と織姫の子供だったらなぁ、ってずっと言ってて……本当に、織姫様は彦星に愛されたんだなぁって……」

「……本当に……? っ、彦星様ぁ……っ!」

 あらららら、また泣かせちゃいました。でも、良い感じですね。

「本当に、良い人だったんですよ。本当に……っ!」

 しかも、宝姫様まで泣きだしちゃいましたね。

「あらら、可愛いね、なんか」

 織姫様が言いました。

「人の泣き顔、可愛いですか?」

「うん、宝姫ちゃん、いつでも可愛いわ」

「ほ、本当ですか……?」

 さらに泣き出しちゃいましたね。

「織姫様も、すごいお綺麗ですよ……お肌が潤ってるし、おしゃれな服着てるし……すごいです。彦星が一目惚れしたのも分かります」

 ちょっと涙は止んできましたが、それでも顔を赤くして宝姫様も言います。

「……そうだ、ちょうどね、彦星様用に贈り物持ってきてたんだけど……あげるわ、しっかり供えておいてあげて」

 そっと、漢服から包みを出して、宝姫様に渡しました。

「ありがとうございます……うわ、すごい。嬉しいです」

「それは良かった。彦星様用だったけど、使えると思う」

「……あ、あの!」

 また、お顔を真っ赤に染めて宝姫様が言います。

「織姫様のこと、色々聞かせてくれませんか……?」

「え……? 私のこと? 私のことで良いなら……」

 織姫様は優しく、はにかんだ笑顔で応えました。


「本当に、彦星様みたいな性格の人が大好き。やっぱり恋愛は性格だよね」

「……なるほど。例えばどういう?」

「例えば? そうだなぁ……うーん、まあ宝姫ちゃんみたいな良い人かな。可愛くて、でもカッコよくて、すごい人を思いやれる人。顔が良かったらいいなぁ。ホントに、だから宝姫ちゃんこれに全部当てはまってる」

「え、本当ですか!!」

 ひときわ顔を赤めて、宝姫様が言いました。

 色々と、彦星様との思い出やお互いのことを、かささぎの翼に座って一時間半ほど話し続けています。

 というか、これはまさか宝姫様、ずっと顔が赤いですけど……?

「本当。宝姫ちゃんすごいいい人だわ。好きになっちゃう」

 織姫様、足をバタバタさせながら言いました。

「え、え、えへへ……でも、私、女ですよ?」

「フフフフフ」

 いたずらっ子のような笑みを織姫様は浮かべます。

「……まあ、良い子だからさ」

 また、ニヤッと笑ったと思うと、急に宝姫様の顔をわしゃわしゃとかき乱し始めました。

「や、止めてください……」

「いやぁ、良い髪の毛だねぇ。本当に、彦星様の子供なんだわ。良かったぁ、その無理やり結婚させられたって言う芸人の遺伝子が混じってなくて。そっちの遺伝子が混じってたらこんな綺麗な顔にならない」

「で、でも私お母さんの子供なんですけど……しかも、お母さんも顔綺麗でした」

「こら。ここは空気を読みなさい」

 宝姫様、まだ幼いですし、少し天然なんですよね。

 この、どこか体をもじもじさせてしまう展開に、私も、私の仲間もみんな微笑んでいます。

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