ゴリラ

霊山電鉄の会議からおよそ1月後。にゅうめんをこよなく愛する正義の味方にゅうめんマンは、大手私鉄の万休ばんきゅう電鉄に招かれ、大阪市にある本社を訪ねた。何でも、折り入って、にゅうめんマンに頼みたい事があるという。


ちなみに、にゅうめんマンは他人に正体を明かしてはならない正義の味方なので、外へ出るときはいつも、黒い覆面をかぶっている。さらに、スピードスケートの選手のようなピチピチの黒い服を着ている。この服には、金色の文字で大きく「にゅうめん」と書いてあって、1000人に1人くらいの割合でかっこいいと思う人がいる。


「お飲み物は何がよろしいですか。コーヒー、紅茶、お茶、お酒もあります」


赤いカーペットを敷いた大きな応接室で、にゅうめんマンの応対をする重役の秘書が、にゅうめんマンの服装について何も見ていないふりをしながら、たずねた。


「喉が渇いたので、お茶をいただけますか」

「かしこまりました」


お茶を淹れるために秘書が行ってしまって2人きりになると、テーブルをはさんでにゅうめんマンの向かいに座る万休電鉄の重役が、話を切り出した。


「本日はお忙しいところをご足労いただきありがとうございます」

「いいえ。今日の予定は夕飯ににゅうめんを食べることだけですから、夕方までに家に帰られれば問題ありません」

「大丈夫です。そんなにお時間はいただきません」

「分かりました。それで、僕に依頼したい事があるというのは、何ですか」

「それがですね――」

 重役は、にわかに難しい顔になった。


「万休電鉄は京都市にも路線を持っているんですが、そこで、数週間前から、うちの従業員や乗客が怪人に襲われる事件が立て続けに起こっているんです」

「そのニュースは僕も聞きました」


「この忌々しい怪人のせいで、万休電鉄の業務に支障が出ています。ですが、今のところ我々にはどうにもできなくて」

「なぜです」

「その怪人は人間離れした身のこなしをして、腕っぷしも強いらしく、うちの若い社員がいくらがんばっても、捕まえることもやっつけることもできないんです。それから、格闘家や剣術士や要人警護の専門家などにもお願いしたのですが、誰の手にも負えませんでした」


「それは厄介ですね」

「そうなんです。そこで、どうしようかと考えあぐねていたところ、私の部下から『にゅうめんマン』という強くてかっこいい正義のヒーローがいるという話を聞きまして、早速お招きした次第です」

「なるほど。きっと魅力的な女子社員がそのように話していたんでしょうね」

「いいえ。ゴリラのような男がそのように話しておりました」

「そうですか……」

「何か問題でも」

「いえ……」

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