第24話

 バレーボールの試合、あたしのチームは殆どが接戦続き。勝ち星の数は微妙だけど、あたしは充分楽しめた。


 負けず嫌いなお嬢様に、負けた試合について愚痴を聞かされているけど。


「あとちょっと身長が低ければ指は絶対掠らなかったもの!」

「……そうね。空奈の言う通りだと思うよ」

「というか掠ってないし! 爪くらい触れただけで掠った判定おかしい!」


 無茶を言うお嬢様。

 我儘なところは高校生になっても変わらない。

 甘やかされているからな。


「お嬢様が本気だったのは皆さんに伝わったと思いますよ」

「じゃあなんで審判は――」

「その勢いに呑まれて、触れたように思われたんじゃありませんか? 審判の人も戸惑っていましたし……きっとそうですよ」


 花音が上手く落ち着かせようとしているけど、今日のお嬢様は本当に本気だ。


「というか、掠ったとしてもまず私の指を心配すべきじゃないのかしら」

「え、怪我していたの?」

「してないわよ。でも乙女の爪が剥がれそうになったらどうしてくれるのよ! 突き指の危険性あったんじゃない? その辺イエローカードだったりしないの?」


 ネイルでもやっていたら、真っ当な反論だったかもしれないけど、言い訳の余地がなかった。お嬢様に自覚がないのかもしれないけど、しっかりボールの軌道がかわっていたから。


 まあ指摘したらしたで、また別の事で愚痴るだろうからそっと聞き流すと、花音があやす。


「……午後にあるドッジボールできっとリベンジできますよ」


 そんな時、秀吏の姿が視界に入る。そこには秀吏と同じチームにいる石倉莉桜。

 距離が近い。どうして二人きり? なんで親し気? 心のモヤモヤが膨れる。


 わかっている……これは嫉妬なんだ。

 あたしは花音に嫉妬したことがない。それは、花音に可愛さで勝てっこないから。


 石倉莉桜はダメだと心が訴えていた。所謂ギャル。花音とは違う魅力のある女子だから。


 あたしは秀吏の班員だって工作できる体育委員だから、男子とだけ組ませれば良かった。


 心が揺す振られる。そんな時、身体まで揺す振られている現実に気が付いた。


「那由多ちゃん……?」

「……ん? あっ、ごめん考え事してた。あれ、お嬢様は?」。


 いつの間にかお嬢様の姿がない。けど、それ以上に秀吏の方を見ていたことがバレていないか気になって動揺している気がする。


 花音には日頃から顔に出やすいって言われているし、念入りにグッと気を引き締めた。


「先に行ってしまいましたよ。きっと言いたい事言ってスッキリしたんだと思います。私たちも急ぎましょう」

「うん、そうね」


 ふてくされていたお嬢様はやっと心を切り替えてくれたらしい。


 午後に向けて腹ごしらえしないといけない……あたしも割と頑張ったしお腹がペコペコ。


 安心と共に重い腰を上げて、花音の後ろを付いていこうと振り返る。

 その時、無意識に再び秀吏の方向を見てしまい。


(…………え?)


 言葉を失っていた。

 秀吏が自分の水筒を石倉莉桜に渡して、彼女は口を付けて飲んでいる……間接キスの瞬間。


 お互いあまり気にしていない様子。自然な動作で他の人は気付いていない。


 きっと、何かの勘違い……秀吏に直接訊けばすぐにわかる。

 でも、もし……もしも勘違いじゃなかったら、なんて懸念が囁いてくる。


(そんな可能性は……いらない、いらない、知りたくない)


 心はモヤに覆いつくされ、逃避するように思考を放棄した。あたしは何も見ていない。




 ***




 最後の種目はボールを二つ使う形で行われるドッチボール。

 運動大会もあと一種目であることを考えれば早いもんだ。


 チームの方針としてはバレーの時と同様に不知火へとボールを集める事になる筈だったのだが、ここで意外にも不知火と仲のいい大橋が異論を唱え出す。


「みんなで楽しんだ方が良くなぁい? もう不知火くんも十分楽しんだでしょ。僕、グッドアイデアだよぉ」

「は? 十分とかねーだろ。何言っているんだ、お前。勝たなくてどうすんだよ」

「みんな不知火くんみたいにガチ勢じゃないよぉ。エンジョイ勢の方がマジョリティ~」


 不知火がうんざりした顔で気迫ある言葉を吐くも、大橋は一切動じず無垢な笑顔で反論した。

 もしかして、こいつら実は仲悪い? 大橋に目を向けられた石倉もまた肯定の意を示す。


「私も大橋と同意見かな……癪だけど」

「関係ねぇよ。全員に気を回して負けちまったら楽しむも何もないだろ」


 なるほど、不知火の中ではそういう楽しみ方だと考えた上で自分のやり方が正しいと思い込んでいるらしい。


 確かに勝てていれば……俺達は自己中心的な態度も見過ごして付いていったかもしれない。


 でも、俺達はバレーボールで大敗を経ている。民意は揺らぐ。


「それは違うんじゃないか? 不知火は結果しか見えていない」

「笹江、バレーで戦犯だった癖に生意気な口叩いているんじゃねーよ!」


 不知火が顔を近づけて、罵声を浴びせると共に俺を睨んできた。


 その言葉が正しくても、今はチーム全体にフラストレーションが溜まっている。


 もうみんな不知火のやり方は正しくないって、心の何処かで思っているはずだ。


「そういやてめぇ、今思い出したけどよ……以前にも俺の邪魔した事なかったか?」


 急に話題を逸らすが、心当たりがある。きっとお嬢様へ近づく不知火を邪魔した時の話。


「何の話だ?」

「ケッ、しらばっくれるのかよ」

「さっきから独りよがりに話を進めようとしているけどさ、俺達はチームなんだ」

「あん? だからなんだよ」


 気怠そうな返答。

 チーム連携をしないと、勝てるものも勝てないと思うのだが、中々伝わらない。


「実際に多数決を取ってみればいいんじゃないか? それではっきりするだろ」

「おー、ナイスアイデア! いいね、笹江くんのそれ!」


 俺が実質上の多数決を提案すると、大橋が勢いよく乗っかってくれた。


 しかしこの大橋って奴、よく不知火が怖くないな……俺、怖いんだけど。


「私も大橋に同意。そうしようよ」

「はい、エンジョイ勢は挙手!」


 結果的には、不知火以外のチームメンバー全員が挙手した。


 数人いた女子までも。日頃、不知火を肯定してくれているのは大半が女子だから、驚く。


 決め手は恐らく石倉……本当に不知火と不仲だったのかよ。

 これが同調圧力なのかわからないけど、不知火は孤立した。


「……チッ。どうせ要らない恥かくだけだろうがよ……」

「不知火はこれでもまだ反論あるのか?」

「好きにしろよ。だが俺が拾ったボールは俺が投げる。そこは文句言わせねぇ」


 ここまでアウェイだとは思わなかったのだろう。不知火は苦々しい顔で提案を飲んだ。

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