第5話 *街 2*




「なら、ますます頑張らないと。実力もお金もないのに帰るなんて無理だよ」


 大通りの真ん中で立ち止まって喋っている二人を他の通行人たちが迷惑そうに避けて通っていた。


 睨みつけていくるものもいる。


「ここって、どこ、なんですか?」


「どこって、場所を聞いているの? ここは街の中心に向かう大通りだよ。治安のいい場所だから安心して」


「そうじゃなくて、その、ここは日本、なんですか?」


「あー」


 あずみの質問にアリスは上を見上げて考え込んだ。頭上には空がない。代わりに天井のような部分が淡く発光していた。アリスはなんて答えようかと思案した。


「ここはね、地球じゃないの。たぶん」


「えっ! ど、どういうことですか!」


「ちょっと落ち着いて」


 あずみはアリスに詰め寄ってくる。アリスは落ち着くようにジェスチャーをする。


 一瞬、周囲の視線があずみに集中して、また、喧騒に戻っていった。


 顔を真っ赤にしたあずみは怒っているよなびっくりしているような表情をして、立っている。


「たぶん、だからね。そこのところ勘違いしないで」


「たぶんて、どういうことなんですか」


「だって、よくわからないんだもん。みんな、気がついたらこの世界のダンジョ

ンのLv1にいた。そこから、簡単な説明を聞いたらあとはご勝手に。あずみちゃんもそうだったでしょ?」


 あずみは渋々といった感じに頷いた。


「この世界にはさ、いろいろな配信者がいるわけ。そのなかには「この世界の秘密に迫る!」みたいなテーマで配信しているのもいるんだよ。そういう配信者の成果の一つが「ここは地球ではない」ってことなの」


「それは本当なんですか」


 あずみは受け入れがたいと表情で訴えていた。気持ちはわかる。


「たぶんね」


「さっきからたぶんばっかりじゃないですか」


「だって、答えを教えてくれる存在がいないんだもん。すべては「たぶん」「だろう」以上のものにはならないんだよ」


「私はてっきり、なにかのゲームなのかと……」


「それは違うよ。僕たち配信者は、この世界を説明するためにゲームの用語を使って説明したりする。それはその方が説明しやすいっていうだけ。実際にゲームなわけじゃないんだよね。第一、もしも地球に存在するゲームだとしてこんな、肉体を伴ってゲーム内に没入するゲームはないって」


「……」


「それじゃ、ここはなんなんですか」


 あずみは俯いていた。なんだか泣きそうな声をしていた。


「僕たちはここを異世界と呼んでいる。異世界のダンションに潜って配信をしてお金を稼ぐ。僕たちは異世界ダンジョン配信者だよ」


 あずみはうつむいて、震えていた。


「私、約束があるんです。おばあちゃんと」


「そう」


「大学に行くって。いい大学に行って、いい会社に就職して、おばあちゃんを楽にさせてあげるって。約束したんです」


「いい約束じゃない。おばあちゃん子なんだね」


「はい……」


 あずみは肩を震わせて、静かに泣いていた。






 無言のままアリスとあずみは大通りを歩く。


「そろそろさ、話をしてもいい?」


 沈黙に耐えられなくなったアリスが話しかけた。あずみは黙って頷くと、拳で涙を拭いて顔をあげる。目の周りが赤くなっていた。


「あずみちゃんがどう考えようとかまわないけど、ここで生きていくためには配信は必須。そのためには最低限のマナーがある。それはいい?」


「はい」


「基本的なマナーは3つかな。モンスタートレインをしない。他者の配信に映り込まない。PvPは基本的に禁止」


 あずみは真面目な顔で聞きながら、小声で繰り返していた。


「モンスタートレインっているのはね。ダンジョンを攻略している最中に、モンスターを溜め込んで移動する行為を言うんだよ。モンスターって近くにいる配信者を狙って移動する習性があるから。これで、移動しちゃうと途中で他の配信者に出会ったりするとモンスターをなすりつけちゃうんだよね。突然、大量のモンスターに襲われると危険だからさ」


「は、はい」


 あずみは自分の今日の行動を思い出しているのだろう。顔色を青くさせていた。


「次は、他人の配信に映り込まない。コラボしているならいいんだけどね。基本的には挨拶して後から来た方が移動するって言うのがマナーかな」


「は、はい」


「で、PvPの禁止。これは要は、対人戦闘を禁止しているんだよ。配信者狩りの禁止っていうか。特に、街のなか。Lv1からLv7までの階層は絶対に禁止。守らない奴はガチでヤバい配信者だからね。吊し上げられても文句はいえないよ。逆に、Lv8から上の階層は合意があればPvPできるんだけどね。それでも、アバターコアは狙うのは禁止。壊れたら死んじゃうからね」


「は、はい」


「基本的なマナーはこんなところかな〜」


 アリスはあずみの顔を見ないで一気に捲し立てた。


 それをあずみは律儀に聞いている。


 そしてアリスは足を止めてあずみの顔を見た。


「基本の説明はこんな感じ。どうする? ここで終わりにしてお別れをする? それとも、もっと説明やアドバイスが欲しい?」


「……。ご迷惑でなければ、その、教えてほしいです」


「それじゃ、アドバイス料かな」


 といって、アリスは手を差し出した。






***   ***





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