第2話 *紫紺の洞窟 序 2*




 アリスの首はスケルトンの群れの中にゴロゴロと転がり落ちた。


 首のないアリスの胴体は、よたよたと首を拾おうと近づくがスケルトンの群れに阻まれている状態だ。


 首がなくては正確にメイスを振ることもできやしない。


 ブンブンと不正確にメイスを振り回してスケルトンを威嚇するので精一杯だった。


「あああああああ、踏まれちゃうよぉ」


『サッカーボールやんwwww』


『神配信ありがとうございますwwww』


【みっちゃんさんが1000ルクス課金しました】


【サチコ♡さんが1500ルクス課金しました】


【†闇夜の翼†さんが700ルクス課金しました】


【金木犀さんが1700ルクス課金しました】


【しかさんが900ルクス課金しました】


【モチさんが500ルクス課金しました】


 阿鼻叫喚と絶許しているアリスを尻目に、課金が続々と入っていく。


「み、みん、な! ありがとう、ね!」


 マーチが読み上げる課金額はかろうじて耳に届いているらしい。


 アリスの首はスケルトンの足に蹴られているがしっかりとお礼をしている。


『ここからどうするの〜! ありすちゃん』


『頑張れ♪ 頑張れ♪』


『早く首拾えや』


「がんばるよ!」


 アリスの胴体はとにかくメイスをふるってスケルトンへの道を切り開く。


 スケルトンは、この紫紺の洞窟の中では弱いモンスターである。しかし、骨を的確に砕かないと行動を止めることも難しいモンスターだった。


「とにかく、スケルトンを退かせるよ!」


 アリスはとにかく首を回収することを目的に大ぶりにメイスを振るうとスケルトンたちを立ち弾かせて胴体が首を回収できるように道を作る。


「これで首を回収しまーす! みんな! 心配かけてごめんね!」


『やっとかよ』


『ぽろりちゃんがんばってwww』


『スケルトン相手に苦戦してるのウケるwwwww』


 胴体が首を回収しようとしたときだ。


 胴体の背後から叫び声が聞こえる。


『なんの叫び声?』


『嫌な予感wwwww』


「ごめんなさい! 手伝います!」


 叫びながら、アリスの首を蹴り上げた初期設定の女アバターが戻ってきた。


『新人か!?』


『マナーだれか教えてやれよ』


『ウケるwwwwwww』


 女アバターは、これまた初期装備のダガーをスケルトン相手に振るっている。


 肋骨部分を狙っているのはまだいいが、ダガーは肋骨の隙間に入り込んでダメージを与えられていなかった。


「えっ!」


 女アバターは驚きの声を上げる。そして、ダガーを深く突き出しすぎたのだろうそのままスケルトンごと倒れ込んだ。アリスの首の上に。


「いやだぁ、もう! ああああああ」


『wwwwwwww』


『さいこう!』


『アリスちゃんドンマイ!』


【サチコ♡さんが900ルクス課金しました】


【オーシャンさんが2000ルクス課金しました】


【٩( ᐛ )وさんがポーションを差し入れしました】


【一番星さんが1700ルクス課金しました】


【おもちさんが1200ルクス課金しました】


 目の前で起きている混乱に課金額もどんどん上がっている。


「みんなぁ、ありがとうね! うぐ」


「いやぁぁ、くびがぁぁぁぁ」


 アリスの生首を眼前で見ることになった女アバターは金切り声のような悲鳴をあげていた。






***






 アリスは最後のスケルトンの頭部を破壊するとくるりと一回転してマーチに向かってポーズを決めた。


「きょうも配信を見てくれてありがとう! また、明日も20時にここ紫紺の洞窟徘徊配信しまーす。みんな見てね!」


 ばいばい! とマーチに向かって手を振って視聴者に終わりの挨拶をする。


『おつー』


『おつかれー』


『今日は神配信でしたwwww』


『明日もぽろりしてね〜』


 マーチから次々に視聴者から挨拶が返ってくる。


 アリスは可能な限り、コメントを拾うと返信を返していた。


「それじゃ、またね!」


 もう一度、手を振って終わりの挨拶にかえるとマーチに合図をして配信を切断する。


 真顔に戻ったアリスはくるりと振り返る。アリスの足元に座り込んでいる女アバターに向かって冷たい視線を投げかけた。


「それで言い訳はあるわけ? 他人の配信に入り込んじゃダメでしょ」


「ご、ごめんなさい」


「ごめんなさいで済んだら自警団はいらないの」


 アリスの凍えるような詰問に女アバターは肩を振るわせる。耳をすませると鼻をすする音が聞こえてくるので、どうやら泣いているようだった。


「はぁ」


 アリスはわざとらしくため息をつく。


「とりあえず、顔を上げてくれる? 話しずらいじゃない」


「はい……」


 アリスを見上げる顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「あの、ほんとうにごめんなざい……」


「それはもう、いいから。あなた初心者でしょ? いい? コラボならともかく他人の配信に入り込まない。これは最低限のマナーだからね?」


「はい、すみま、いや、わかりました……」


 そんな女アバターを赤い魚がじーっと見つめている。


「この魚があなたのマスコット? あ、きちんと配信切ってあるでしょうね」


「はい、切ってあります。あの、本当にすみませんでした」


 女アバターはぺこりと頭を下げる。


「まぁ、いいや。僕はこれで帰るから。あなたも配信するなら、顔を拭いてからの方がいいよ。じゃ」





***   ***



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