サードグレードの失踪

 心霊探偵などという分不相応な呼び名を与えられてはいるが、民俗学研究部は別にミステリ同好会を兼ねているわけではない。たとえば僕にしたって、あの有名なシャーロック・ホームズさえ『まだらの紐』くらいしか読んだことがないのだ。よって捜査のノウハウを心得た熟練の探偵像などを読者諸賢に期待されると、非常に困るのである。


 普通に考えれば、容疑者は須羽さんと三神さん、それに田中先輩の三人。このうち最も強い犯行動機があるのは須羽さんだ。だが、電気をつけるように誘導したのは、三神さんと田中先輩の二人である。三人ともグルということなのだろうか?

 いずれにせよ、傍証を揃えなくてはならない。いくら非営利の素人探偵といえど、探偵は探偵だ。確たる根拠もなしに「犯人はお前だ!」などとやってしまったら、僕らは心霊探偵の看板を下ろさなくてはならない──いや、別に下ろしてしまってもちっとも構わないのだけど。


 さて、そんな素人探偵たる僕に思いつくできることと言えば、せいぜい聞き込みくらいのものであった。


 もちろん正面切って「事件当日までのアリバイを証明しろ」なんて問い詰めるような真似をするわけにもいかない。そんなことをすれば顰蹙を買って、やはり探偵の看板を下ろさなくてはならなくなる。僕はとりあえず、いかにも民俗学研らしい質問──たとえばミドウサマの儀式のやり方を誰から聞いたのか──から始めていくつもりであった。よって最初の質問相手は、儀式の実質的な仕切り役だった田中先輩と決めていた。


 ところが僕の思惑は、初っ端から暗礁に乗り上げることになる。そもそも田中先輩が何組所属なのか、それさえわからなかったのである。

 三年生の教室がある二階の廊下を何度も往復しながら、僕は途方に暮れた。

 下の名前をあらかじめ聞いておくべきだったのだ──己の不手際を呪いつつ、仕方なく僕は各クラスを順繰りにめぐっていくことにした。ただ廊下をウロウロしても、得られるものといえば先輩方の怪訝そうな眼差しくらいだ。


 一組の田中なずな先輩は、よく日焼けした、ベリーショートの髪の、見るからに体育会系の人だった。三組の田中百花もかさんは何やら目の周りをきらきらさせた、僕の苦手なタイプの人だったし、六組の田中葵氏にいたっては男子だった。皆おしなべて、僕がどんな用で女子の先輩に会いに来たのかを知りたがった。「部活動に関する話し合い」と正直に説明したのだけれど、果たして信じてもらえたかどうか。


 そして、なんたることか。二組と五組、それに七組に属する田中さんは、いずれも今日は欠席だった。三学年の田中姓の人はそれで全てだった。眼鏡をかけて髪を簡単に結っただけの、無口で地味な印象の田中先輩に、僕はとうとう会えずじまいだった。


 いったいなぜ、こんなにも休みが多いのか。

 答えを与えてくれたのは、聞き込みに協力してくれたある男子の先輩だった。

「学校推薦型選抜が近いからねぇ。だいたいの大学は十一月の上旬に実施されるけど、早いところだともう終わっちまってる。……え、俺? あ、それ訊いちゃう? 人畜無害そうな顔して残酷な奴だな君、そうだよ一般入試組だよ。うわーやべぇよもう半年もないよー。君、俺からの遺言だ。耳の穴かっぽじってよく聞いとけ、今からちゃんと学業に励むんだ。遊んでばっかいると、俺みたいに『あぁ、あの時もっと真面目にやっときゃよかった』なんて後悔するんだぞう」


 ともかくそういうわけで、僕はものの見事に出鼻を挫かれた。


 それにしても、あの田中先輩という人は、ああ見えてかなり豪胆な人らしい。人生を左右する重要な局面に差し掛かっていながら、後輩たちと一緒になってミドウサマなんぞにかかずりあい、あまつさえ職員室で鍵まですり替えてみせたのだから。それとも受験でストレスを感じているからこそ、蛮勇をふるって発散しているのだろうか?

 そこまで考えたところで、僕はふと、もっと前に感じて然るべきだった疑問を抱いた──そもそも田中先輩は、須羽さんたちとはどういう関係の人なのだろうか?

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