19 ディアノベルクの奇跡

 「おぉ、アルダー様……!」


 「何と凛々しいお姿……」


 「あぁ、あのような殿方を婿に迎えられる者は間違いなく王国一の幸せ者だろうな」




 一応は厳かな雰囲気で開かれた祝祷とは違い、あちらこちらから絶え間なくヨイショヨイショが聞こえてくる。 まぁあれはあれできっと本心なのだろうけど、童貞歴四十五年の自分にとってみれば、自身がそれほどにチヤホヤされる存在なのかと未だ疑念は払拭できていない。


 だって周りはあーだこーだ言いつつ、結局僕は未だに童貞のままだ。


 本当にいつでも捨てられたと思う。捨てられないのは僕の意気地なさとか、周囲のガードの固さとか、しがらみとか色々あるが、にしてもやはり機会というかチャンスは山ほどあったと思う。それでも僕は童貞のまま、心の齢は四十五なのだ。


 だからだろうか。魔法使いどころか王国でも数えるほどしかいない、大魔法を個人で安定して使える者に贈られる「大魔法師」の称号まで授かっている。




 「本日は皆様にお集まりいただき、不肖私めの成人をお祝いいただけること、幸甚の至りに存じます。 辺境たるディアノベルクまではるばるお越しくださった皆様におかれては長途でお疲れのことでしょう。 ささやかながら余興も兼ね、皆様に癒しをお届けしましょう」




 両手を天にかざし、魔力を練る。お、衣装に組み込まれた補助機構のおかげで燃費と作用効率がかなりいい具合だな。

 今度から巡業にこの衣装持って行きたいな……と思ったけど年間税収をホイホイ持ち歩くのもな……まぁこの一点物を盗もうなんて馬鹿はいないだろうけど。 防御性能も凄まじいし、着ていれば護衛を節約できる。 セキュリティ的にも割とアリかもしれないな。



 しんとなった広間の天井全体に行き届くような大きな魔法陣が描かれるのを見て会場の皆が息を飲む。



 「【万物癒す恵みの雨ハウメア・セラクライズ】」


 

 天井で覆われた会場内であろうと関係なく――会場を中心に領都一帯に広がるように、雲一つない空からぽつぽつと雨が降っていく。雨粒は触れた人々を濡らすことなく染み込むように魔力となって身体に溶け込んでいく。


 治癒系統広域魔法。恐らく世界中で二柱の神から加護を授かった僕ただ一人が使える大魔法の一つ。

 普段はもっぱら農作物の発育促進のために無駄遣いしているようなものだが、魔力のある限り届く範囲の人々の傷病をも癒せるそれは、扱いによっては戦略級にも相当する代物である。



 「これがアルダー卿の……」



 領民にとっては農作業の関係で実はそれなりに馴染みのある魔法――それでもその莫大かつ神聖なる効能から「奇跡」と呼ばれることもあるそれを、領外からやってきた来賓の多くは初めて目の当たりにした。

 

 持病が、疲れが嘘のように抜けるばかりか、身体に活力が漲るような高揚感。王家の面々ですらその凄まじい干渉力に目を見張る。



 「虹が……」



 鮮やかな夕焼けの空に降った雨は夕日を反射し虹を映し出した。


 窓の外には虹が彩り、射す夕日がステンドグラスを通してアルダーを鮮やかに照らす。

 領の年間税収相当額がつぎ込まれた、王国において現存する最も高貴な衣装に身を包んだアルダーが神の如き御業を振るう姿に中てられ、その場にいた全ての女性が静かに股を濡らした。


 あぁ、これが奇跡。 あぁ、これが稀代の大魔法師。

 何らの疑いはなく、誰もがそれを自然と受け入れるくらいには大仰なそれは――



 (余興としてはこんなものかな)



 本人としては、農業で散々使い倒しているが存外パフォーマンスとして生きるものだなぁと自画自賛するくらいゆるく考えていて、



 (やはり何としても彼を……)



 しかしそれは見るからに人智を超えた所業であり、いよいよ彼を我が物にしようとする者たちによって引き起こされる激動の静かなる幕開けとなる。





 なお、虹の出来に内心ご満悦で来賓の焼け焦げるような熱のこもった視線に気付いていないアルダー本人はというと、



 (今年こそ童貞捨てたいな……)



 と、期待に股間を少し膨らませているのだった。

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