第2話 美学なんてクソ喰らえ



「あ!そういえば今日生け花するって言ってたよねこはくちゃん」


『え、あ、うん』


さっきまでの冷たい表情から一変、湊くんはいつもの明るい表情に戻っていた。


「恵子さん、今日の生け花教室って11時からあるんですよね?もうすぐ11時ですよ」



恵子さんの視線は私たちから棚に置いてあるアンティーク時計へと移る


時計の針は時針じしんが10を分針ふんしんが11の数字を指していた。11時まであと5分────



「あらやだ、ほんとだわ。早く行かないと」


「こはくちゃん俺が片付けておくから…」


「こはくさん自分で片付けなさい」


湊くんの言葉をさえぎるようにして恵子さんは言った。



「貴方が割ったんでしょう、自分で片付けなさい。いつまで湊さんに甘えてるの」

「片付けてから生け花教室に来なさい。遅れることは許しません」


『わかりました…』


恵子さんは生け花教室がある部屋の方向へと歩いて行った。



『私は割ってない!』声を大にして主張したいけれど、どうせ信じてもらえないし。

主張する度に周りの反応で自分がどれだけ信用されていないか、周りから私はどう見られているのか分かってしまって……


何も言わずただ黙って受け入れるのが、いちばん楽で傷つかない方法だと気づいてしまった。



黙って受け入れるのが、いちばんらく────

分かっているが、受け入れられない。



そんなことを考えながら、割れて飛び散った破片を片付ける。



「よし!全部集め終わったー」

「集めたやつ俺が捨てとくよ、早く行きな」

『いや、私が捨てるよ。さすがに申し訳ない』


「こはくちゃんはそんな事言ってる余裕本当にあるのかな~」


ニヤニヤしながら湊くんが言ってきた。



「今10時58分だよ。遅れたらまた何か言われるんじゃない?」


私はそう言われてアンティーク時計を見る。


『あ!ほんとだ』


10時58分。生け花教室が始まるまであと2分。遅れたら何を言われるかたまったもんじゃない


『じゃあ、湊くんお願いします!ありがとう!』

「うん、頑張って(笑)」



私はそこから全速力で廊下ろうかを走った。「廊下は走っちゃいけません」小さい頃からみんなよく聞かされた言葉だろう。


今回だけは許してほしい、この屋敷広くて移動するのに時間がかかるんだ歩いてたら間に合わない。


生け花教室がある部屋の目の前まで来た私は勢いよくふすまを開け、部屋に転がりこんだ。



その後の生け花教室は本当に地獄じごくだった。

恵子さんは私以外の親戚しんせき従姉妹いとこの作品を褒めちぎり私の作品を見ては、


「いいですか、生け花とは引き算の美学びがくです。貴方のはただ花を針山にたくさん刺しただけでバランスが悪い!」


とか


「彩りが悪い!」


とか、色々難癖なんくせをつけられて何度もやり直した。



「何度言えばわかるの?生け花は引き算の美学!貴方は花を生け過ぎなのよ!」



────「やり直し!」



嗚呼ああ、まただ。これで何回目だろう

従姉妹たちがあわれみの目で私を見てくる。


引き算の美学ってなに?私まだ4本しか生けてない、しかも製作途中だしどうせ難癖つけるなら完成品を見てからにしてくれ


「だから、貴方はダメなのよ!生け花とは何なのかを全く分かっていない!美的センスが全くない!」



さすがに腹が立ってきた。

生け花は引き算の美学………


私は青色の花を1本掴み

剣山にその花を勢いよくぶっ刺した。


そして、


『引き算の美学です』

とドヤ顔で言った。


「こはくちゃんそんな事したら、恵子さんに怒られちゃうよ…!」


私の隣に座っていた、従姉妹の月岩つきいわ 結愛ゆあちゃんが小声で話しかけてきた。



『私怒らせるつもりで言ったの』


小声で結愛ちゃんに言った。

恵子さんの方を見る、恵子さんは顔を真っ赤に染め上げわなわな震えていた。


『私は恵子さんに言われた通りにやっただけ…』


バシンッ─────

乾いた音が静かな部屋に響き渡った。



『いった…』


「きゃあっこはくちゃん大丈夫!?」



ほおがじんじん痛む。口の中に鉄っぽい味が広がっていった、口の中が切れたのだろう。


最悪だ。


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