甘えん坊の彩楓凜さんが『甘えさせる』と言ってきたが多分忘れている

冥之灼月狐

高校2年生編

第1話 一組のカップル

「さすがにまだ来ないか」


 桜が散ったのどかな公園で僕はベンチに腰を掛ける。

 この場所である人と毎日待ち合わせしているのだが、今日は早く来てしまったみたいだ。


「暇だなぁ」

 

 うーん……自己観察でもして暇を潰すか。

 僕の名前は夜闇黎威よやみれい鳳繚ほうりょう高校に通う2年生だ。

 自分の特徴は女性的な顔のせいでよく性別を間違われることだ。

 楽しいと思うことは今待っている人と一緒にいるときで――


「黎威くんおはよー!」


 思考にふけっていると、僕が待っていた茶髪の少女がやってくる。


「おはよう彩楓凜あかり


 僕と彼女……音光彩楓凜おとみつあかりは付き合っていて毎日一緒に登下校している。

 自然な流れで手を握ってきてくれたことから僕達の関係は良好だと思う。

 相変わらず彩楓凜の手は綺麗だなぁ。


「ほんと黎威くんはちっちゃいし可愛いなぁ」


 僕が彩楓凜の手ばかりを見ていると、彼女が顔を低くして僕の視界に入ってくる。


「はあ……毎日牛乳飲んでるのに、なぜか全然伸びないんだよね……」


 そう、悲しいことに僕は彩楓凜よりも背が低いのだ。それも10センチ以上。

 しかも僕の女性的な顔つきも相まって『少女』などと性別と年齢の両方を間違われることが多々ある。

 彩楓凜にも最初は勘違いされてたなぁ。


「黎威くん七不思議の一つだよね〜。でも私は小さい黎威くんのほうが可愛くて好きだよ!」


「それバカにしてない?」


 僕が思うに女性ならば彼氏が自分より小さいのは嫌なのではないだろうか。

 あと七不思議ってことは、他にも何かおかしい所が僕にあるのだろうか。


「そんなことしないよ〜。小さくて可愛いけど、それを超えるぐらいすっごいかっこいいもん!」


「ははは。ありがと」


 まわりの人間から可愛いと思われているのはよく言われるから知ってるけれど、かっこいいと言われたことはないな。

 お世辞として受け取っておこう。


「本当なのにー。いつになったら自覚するのやら……」

 

 彩楓凜はやれやれと肩をすくめながら言う。

 僕の考えなどお見通しのようだ。

 でも自覚って言われても『可愛いしかっこいい』なんて二物、天が与えてくれるわけ無いと思う。



✧ ♡ ☆ ✟



 なんてことない痴話をしていたら学校に到着した。

 彩楓凜とは同じクラスなので、共に自分たちのクラスへ歩を進める。

 ちなみに今は手を繋いでいない。

 同じクラスの一部の中ではカップルだと認知されているが、変に広まって「二人は釣り合わない」や「そんな奴より俺と……」などといったやっかみを受けたくないのだ。

 一応知っている人たちには他言無用をお願いしてある。

 彩楓凜も目立ちたい性格ではないので、このことに納得している。


「……もう少し自信がついたらかな」


「んー? なんか言ったー?」


「いや、何でもないよ」


 もし彩楓凜に今のことを言ったら「そんなことないよ!」と何度も言ってきそうだ。


「も、もしや私への文句!?……確かに黎威くんの小さい時の写真とか澪那さんに貰ってたけど……そういえば中2になってから身長が変わってなかったなぁ……」


 彩楓凜は「むむむ……」と唸りながら思考にふける。


「全然違うけど、最後のは心に来たよ……」


 僕の知らないうちにそんなことをしてたとは。

 澪那れいなさんとは僕の母さんの名前である。

 ……はぁ、勝手に見せた母さんにはきつく言っておかないと。

 というかなんで写真だけでそんなことが分かるのだろう。


「違ったのかー!」


 前文だけを聞き取った彩楓凛がホッと安堵する。

 それにしても身長が分かった理由が検討もつかない。


「ねえ、なんで身長変わってないことに気づいたの?」


 頭に残ったモヤモヤを解消するため、聞いてみる。


「へ? なんでだっけー…………あ! スマホのアプリだ! 澪那さんが教えてくれたやつ!」


 記憶を辿った彩楓凛が思い出す。

 ……また母さんか。


「そんなものがあるんだ。それっていつの話?」


「えっと去年の8月だったかな〜?」


「8月……って付き合う前!?」


 僕たちが付き合い始めたのは10月だから二ヶ月も前だ。

 僕は付き合う前からこのコンプレックスを知っていた彩楓凜が恐ろしくなり、彼女から少し距離を取る。

 しかし、僕の心情など知らない彼女はすぐに距離を縮めて来てしまう。

 

「むぅ。なんで離れるの?」


 何度かこの攻防を繰り返していると、彩楓凜がムスッとした表情を浮かべて不満をあらわにした。

 少し離れるだけのつもりが、彼女にとっては嫌だったらしい。


「ごめん」


 僕は彩楓凛に機嫌を直してもらう為、離れるのをやめた。

 それに、よくよく考えれば悪いのは全部母さんで、彩楓凛は母さんに要らぬ知恵を吹き込まれただけだ。


「許す!」 


 案外すぐに機嫌を直してくれた彩楓凜は僕の手を取って握りしめてくる。

 出来れば教室の外では手を繋ぎたくないんだけど……。

 でも周囲の視線を考えなければ全く嫌ではないので、僕は何気ない素振りでぎゅっと握り返した。





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