後輩と一緒に妹を迎えに行った

 双葉の噂を聞いてから一週間が経った。

 暇な時は行くとは言ったものの、あれから一度も部室には足を運んでいない。


 欠伸を噛み殺しながら正門へと向かう道中、ストレートのブロンド髪を靡かせた双葉を視界の隅で見つけた。


「双葉? なにしてんの、こんなとこで」

「あ、どーも。嘘つきの西蓮寺先輩」

「嘘ついた覚えがないんだけど」

「一度も部室に顔見せないくせによく言いますね」


 ツンとした態度で一瞥され、冷たく言い放たれてしまう。


 随分とご立腹みたいだな。


「最近、親の仕事が忙しいらしくて毎日妹の迎えに行ってるんだ。だから放課後に時間取れてないだけだよ」

「とかいって、なにか別の理由で私のこと避けてるんじゃないですか?」


 不安を宿して、控えめに視線を送ってくる。


「疑うなら一緒に来る? 俺が妹の迎えに行ってる証拠見せれるけど」

「え、いいんですか?」


 考えなしに言ってみたが、双葉が前のめりになって食いついてくる。

 俺はのけぞった姿勢で、ポリポリと頬を掻いた。


「いいけど、ホントにくるのか?」

「はい。先輩の妹さん見てみたいです」


 成り行きで、双葉と一緒に妹を迎えに行くことが決まった。



 ★



 幼稚園。

 保護者列に並び順番待ちをしている最中、双葉は落ち着きなく辺りを見回していた。


「幼稚園ってなんだかテンション上がっちゃいますね!」

「別に上がらないけど。てか、キョロキョロするのやめて? 恥ずかしいから」

「だって幼稚園の中に入る機会そうそうないじゃないですか。レアですよレア」

「俺にはそのありがたみ分からないな」


 遊園地にきた子供みたいに目がキラキラさせている双葉。

 すれ違う子供にヒラヒラと手を振っては、人当たりのいい笑顔を振り撒いていた。


 出来るだけ目立ちたくないんだけど、まあいいか。


 程なくして列の先頭に着き、幼稚園の先生とやり取りする。


「こんにちは。西蓮寺香奈さいれんじかなを迎えにきました」

「あ、はーい。香奈ちゃん、お兄ちゃんがきたよー」


 何度も幼稚園には足を通わせているため、認知はしてもらっている。

 スムーズにやり取りが進み、香奈が教室から出てくる。


「ゆうにぃ!」


 俺の腰にベッタリと抱きつき、甘えた声で呼んでくる。

 肩甲骨の辺りまで伸びた、サラサラの茶髪。世界一可愛い俺の妹だ。


 スリスリと頭を撫でてやると、香奈は幸せそうに破顔した。


「香奈がお世話になりました。じゃあ、これで」


 香奈の手を取り、踵を返す。

 だが数歩進んだところで香奈はピタリと足を止め、俺の後ろに隠れてしまった。


「ゆうにぃ……しらないひと……」

「紹介してなかったな。お兄ちゃんの後輩だ」

「こうはい?」

「友達みたいなものだ」


 双葉はニコッと愛想良く笑顔を浮かべ、香奈と目線を合わせた。


「こんにちは。双葉しずくです」

「こ、こんにちは……さいれんじ、かな……ごさいです」


 俺の後ろに隠れながら、消え入りそうな声で自己紹介する。


「悪い、こいつ人見知りが激しいんだ」

「いえいえ大丈夫です。超可愛いですね」

「わかる? この最強の可愛さ」

「わかりますわかります! 国宝級ですね!」


 双葉は更にテンションを上げて、声色をワントーン上げる。

 俺は香奈に視線を落とし。


「ほら、いつまでもお兄ちゃんの後ろに引っ付いてたら帰れないだろ?」


 しかし、香奈は一向に動こうとしない。

 双葉はパチリと目を見開くと、香奈の首元を指差した。


「香奈ちゃん、リボン崩れちゃってるよ」

「これで、いいの。……カナはブキヨーだから」


 制服のリボンが崩れている。

 何かのタイミングで結び直した時に、うまく出来なかったんだな。


「じゃあ、私が結んじゃっていいかな?」


 香奈は少し躊躇っていたが、コクリと首を振って双葉の前に出る。


 手際よくリボンを結び直す双葉。随分と器用だな。

 香奈は嬉しそうに、そっとはにかんだ。


「あ、ありがとっ」

「どういたしまして」

「シズクちゃん、かみのけもむすべる……?」

「うん。大体できるよ」

「ほんとっ? みつあみできる?」

「できるできる! やってあげよっか?」


 香奈は尊敬の眼差しで双葉を見つめ、照れくさそうに首肯した。


「ひとまず場所を移動しないか。公園とか」

「了解です。……香奈ちゃん、近くの公園の場所わかる?」

「うん。カナ、わかるよ」

「じゃあ香奈ちゃんに公園まで案内してほしいな」


 双葉は香奈に右手を差し出す。

 香奈は目をパチパチさせた後、双葉の手をそっと握った。


 家族である俺でさえ、手を繋いでもらうのに一週間くらいかかったんだけどな。少し複雑だ……。


 双葉と香奈が仲良く手を繋いで歩くのを、俺は一歩後ろから追う。


「シズクちゃん。マユちゃんってしってる?」

「マユちゃん?」

「ゆうにぃのおさななじみ」

「幼馴染……。うーん、私はわからないかな。そのマユちゃんがどうかしたの?」

「さいきんね、カナとあそんでくれないの」

「そう、なんだ……それは寂しいね」


 香奈は悲哀を宿して弱々しく漏らす。


「マユちゃん、カナのこときらいになったのかな……?」

「ううん。それはないよ。絶対ない。お勉強とかで忙しいんじゃないかな」


 真由葉と距離を置くことで、香奈に寂しい思いをさせてたのか。そこまで視野が回っていなかった。

 香奈には悪いことしたな……。


「おべんきょうってたいへん?」

「大変。香奈ちゃんも小学生になったらわかるよ」


 苦く笑い肩をすくませている。


「勉強嫌いなのか? 双葉」

「好きな方がおかしくないですか。赤点回避にいつも四苦八苦してます」


 香奈はキョトンと目を丸くして、首を横に傾げる。


「ゆうにぃはおかしいの?」

「どういうこと?」

「だって、ゆうにぃはおべんきょう、すきだよ。このまえもいちばんになったって」

「そうなんだ、へぇ、良いこと聞いちゃった」


 何か企んでいる様子で、三日月形に口角を上げる双葉。嫌な予感がする……。


「勉強教えたりはしないからな?」

「先読みして断らないでください。次の期末ピンチなんです。結構ちゃんと破茶滅茶にミラクルウルトラヤバいんです!」

「語彙力がもうヤバいな」

「人助けだと思って、私の家庭教師お願いします。先輩!」

「テスト期間は自分の勉強で忙しいから無理」

「あ、そうやって冷たいこと言うんですね。まさかあの件、忘れたとは言いませんよね?」

「……っ。わ、わかった。勉強教える。いくらでも教えます。いや教えさせてください!」


 慌てて手のひらを返す俺。

 何も事情を知らない香奈は、眉を八の字にして疑問符を浮かべた。


「あのけん?」

「えっとね、香奈ちゃんのお兄ちゃんが私の──」

「ごほっ! こほっ! コンビニ。コンビニ寄るか。香奈、アイス食べたいだろ?」

「うん! たべたい!」


 咄嗟に機転を効かせて、香奈の興味を別方向に仕向ける。

 万事休すってところか……。


「ふふっ、良い武器手に入れちゃいましたね、私」

「勘弁してくれ……」

「でも先輩が勉強教えてくれるなら、私の着替えを覗いた件は忘れてあげます」

「いいのか? それで許してもらって」

「許すんじゃなくて忘れてあげるんです。特別ですからね?」


 双葉は口先に人差し指を置いて、ふわりと微笑む。


 期末テストまであと一ヶ月弱。

 双葉に勉強を教えるなら、今のうちに俺の勉強を始めておいた方がよさそうだな。

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