嫁入り 1


「ここが!」


 馬から降りる。

 王都から愛馬に乗って約三時間。

 森を抜けた先で美しく輝く緑に囲まれたこぢんまりとした町が見えてきた。

 マティアス公爵領、西に位置する最小の町『ティーロ』。

 周りを野菜や麦畑、豆畑に囲まれた、農業中心の農家の町らしい。

 川が町に向かって流れ、少しの水の匂いと、土の匂いと新鮮な植物のいい匂いだ。

 ルビが「都会のお嬢様が絶対に嫌がりそうな田舎空気ですね」という感想を呟く程度には、とてものどかな町である。


「あ、そこの者。町の者だろうか?」

「は、はい。騎士様」


 騎士様?

 騎士はもう辞めたのだが、乗馬用のウェアジャケットがそう見えるのだろうか?


「森の中でボアを五頭ほど討伐したのだが、買い取ってくれるところはあるだろうか?」

「え? えーと、ボアなら、精肉店のサポロが解体してくれると思います。こちらです」

「案内してくれるのか? ありがとう」


 一瞬「え?」と非常に「なに言ってんだこいつ」みたいな顔をされたが、町の少女が親切にも精肉店に連れて行ってくれた。

 その精肉店で森を通った時に襲ってきたボアを五体、売り払う。

 精肉店の店主はそれはもう目をひん剥いて「え、え? なにこれ、ボア? 五体も? しかも全部三メートル以上の、え?」と驚いていたが、ボアが五体程度で店がいっぱいになるなんて……本当に平和な町なのだなぁ。


「に、肉はすべてお持ち帰りになりますか……?」

「いや、一頭半でいい。ジェラール様のお屋敷にはあまり使用人もいないと聞いているし」

「え? ジェラール様の……? あ、もしかしてジェラール様のお屋敷の新しい騎士様ですか?」

「ふふふ。いいや、私がジェラール様の嫁だ!」

「え?」


 町の者にこんなふうに気さくに屋敷のことを聞かれるなんて、ジェラール様は町の者とちゃんと交流してらっしゃるんだな。

 あの容姿だから、気軽に話しかけやすいのだろう。


「……ええと、ではあの、こちらがお肉となります。本当にカットしなくてもよろしいのですか?」

「ジェラール様のお屋敷にいるシェフに調理していただくので、塊肉で問題ありません」

「あ、は、はい」


 ルビが精肉店の店主から肉を受け取り、収納魔法でしまい込む。

 改めて馬に乗り、屋敷の方へと向かう。

 手土産はこのくらいで大丈夫だろうけれど、他の贈り物や花嫁道具として母が持たせてくれた物はもう届いているだろうから……。


「他に必要な物はないだろうか」

「こちらは特にないと思います。問題は先方が結婚をやっぱり考えさせてほしい、とおっしゃった時ではないでしょうか」

「は!? な、なんでだ!?」

「どこの国に輿入れ道具を先に送って自分は途中遭遇して討伐したボアの生肉の塊を持って愛馬に跨り、たった三時間で王都からここまで来る嫁がいると思うんですか」

「え? で、でも、ボックスの馬車は遅いし、早くジェラール様にお会いしたかったし」

「ハァーーーーーー」


 ルビの溜息が深い!


「愛想を尽かされないように頑張ってください」

「え? も、もちろんだ!」


 ルビの完全に諦めた顔を見ながら、少し丘になったところにある屋敷に向かう。

 石畳がゆるやかに左右にくねった道を進むと、鉄の柵で囲まれた大きな屋敷が見えてくる。

 木々に囲まれ、花の匂いが強い。

 見えてきた庭は美しいガーデニングの成果が詰まっている。


「あれは……」


 門の前に、誰か立っているな?

 馬を止めて降りると、黒髪赤目の執事?


「いらっしゃいませ。フォリシア・グラティス様でお間違いないでしょうか?」


 と、執事が声をかけたのはルビ。

 ルビの視線が私に向けられる。

 アイコンタクトを交わし、私とルビが交わした視線に執事もハッと察したらしく、くるっと私の方に振り返った。


「わ――私がフォリシア・グラティスだ」

「失礼いたしました。護衛の騎士様かと」


 初対面の人に騎士だと思われているなんて……あ、剣を下げているからか?

 辞めてきたけれどまだまだ騎士の振る舞いが抜けていないのだな。

 私の実家は全員騎士団関係者だから、仕方ないかもしれないけれど。


「私はマルセル・アークアン。ジェラール様の従者です。……ええと……馬で、いらしたのですね」

「ああ。申し訳ないのだが、馬を頼めるだろうか」

「厩舎の方に連れて行きます」


 と、マルセルと名乗った男が手を挙げると門の中にいた数人の使用人が門を開き、二人が私とルビの馬の手綱を持って去っていく。


「あとで厩舎の場所を教えていただいてもいいですか? 愛馬の餌は自分でやりたいんです!」

「え? あ、は、はい。わかりました」


 なぜか戸惑われた。

 不審なものを見るような目で見られながら、屋敷の中に案内される。

 扉を開けたマルセルに、玄関ホールから声が聞こえてきた。


「マルセル、フォリシア嬢は来ましたか?」

「はい、ジェラール様」


 カッッッッッッ――!

 カッワイイイイイイーーーーーーーーー!?

 大きめのジャケットによる萌え袖!

 ふわふわの飴色の髪によく似合う、黄土色のジャケットと濃い緑色のパンツ。

 王都でお会いした時よりも表情も明るく顔色も良くなっている。

 にこ、と微笑んで小首を傾げて「フォリシア嬢」と声をかけて早足で近づいてきてくれるその姿は――家に帰ってきたら出迎えてくれる小型犬ポメラニアンー!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る