第18話 「解任&任命」

 目が覚めると、仔細しさい意匠いしょうらされた壁紙の天井があった。


 飛び起きて見回すと、豪奢ごうしゃな部屋の装飾から、ルティアの屋敷に運ばれたのだとわかる。

 気を失った俺は、ふかふかのベッドの上に寝かされていたらしい。


「クソッ、ステインのやつ……」


 ベッドから出ようと体に力を入れると、ステインに殴られた頭がズキズキと痛んだ。おそらく、スタン系のスキルで気絶させられたのだろう。


 窓から見える空は陽が沈みかけている。どのくらい長い間眠っていたんだろう。


「クソッ、クソッ、クソォォッ!!」


 無力さを実感させられ、みじめな気分になった俺は自分の太ももを叩く。スタンの効果が続いているのか、うまく力が入らない。


 鉛のように重い腕を動かしてステータスウィンドウを確認すると、やはり状態異常のマークがついていた。


「お目覚めになられましたか」


 物音で気づいたのか、部屋の扉が開き、執事のおじいさん──マルドフさんが現れた。


「はい……」


 マルドフさんは、いつものように慈愛に満ちた優しい顔をしていた。そのことが、どうしようもなく腹立たしい。


「お話があるそうなので、お嬢様をお呼びいたしますね。少々お待ちください」


「どうして、そんな顔、してられるんですか?」


 立ち去ろうとする背中に、俺は問いかける。


「どうかなされましたか?」


 怒気をはらんだ俺の声に、マルドフさんはしかし、決然とした表情で振り返る。俺が何を言いたいのか、全部わかっているんだろう。


「冒険者パーティーが、盗賊たちに襲われていました。助けようとしたら、ステインが……」


「存じ上げております」


「──ならなんでっ!!」


 こんなのは八つ当たりだ。そんなことはわかてる。だけど、感情が抑えられない。


「なんでそんな、何事もなかったみたいな顔、してられるんですか?」


 マルドフさんは、ルティアには絶対に見せないであろう、冷たく、残酷な顔になる。



「…………は?」


 言葉を失う俺にマルドフさんは続ける。


「ルティアお嬢様も、ルティアお嬢様が気にかけておられるイシュ様やアシェダール様、ステイン様、皆さんご無事で帰られた。それだけで十分です」


 震える拳を、マルドフさんの顔面にぶつけてやりたかった。けれど、まだ足に力が入らない。


「死んだんでしょ? あの冒険者パーティー。多分、男だった剣士とタンクが死んで、魔術師とヒーラーはさらわれて行方不明になった。違いますか?」


「おっしゃる通りでございます」


 マルドフさんは平然と答える。何の感情もこもっていない、真顔で。


「何も思わないんですか?」


「イシュ・カーナード様。失礼ながら、あなたはまだ傭兵としても、冒険者としても未熟だ。自分とその周囲以外の見知らぬ者たちにまで気を配っていては、身を滅ぼしますよ」


 氷のようなその言葉が、心に深く突き刺さる。


 そうだ。その通りだ。

 俺は、俺の勝手なプライドで、悪事が見過ごせなくて。

 正義のヒーローみたいに、見ず知らずの人を助けようとしてた。


 ルティアを助けた時みたいに、『光操作ライトコントロール』でどうにかなると思って、返り討ちにあったときのことなんか、考えもしてなかった。


『人道的には助けるべきだが、消耗した今の俺たちには無理だ』


 ステインの言葉が脳裏によみがえる。

 ステインが止めてくれなければ、俺もルティアも勝ち目のない戦いをして、無意味に命を散らすところだった。


「イシュ様には受け入れ難いことかもしれませんが、我々のような弱きものに、悪に立ち向かう資格などないのです」


「っ!?」


 見開いた目が、涙ぐんで、俺は誤魔化すようにうつむく。


「ですがイシュ様。あなたになら、その資格を手に入れられるかもしれない」


 流れ出す涙を隠すこともできないまま、俺は顔を上げる。


「どういう、ことですか?」


「涙を拭いてください」


 マルドフさんからハンカチを受け取り、目や鼻をぬぐう。


「リーベルン侯爵様の命により、イシュ・カーナードをルティアお嬢様の護衛として、正式に任命することがで決まりました」


「はぁ!?」


「お嬢様の護衛として相応しいよう、イシュ様にはこれから、長期にわたって訓練をしていただきます」


「……でも、それで強くなったところで、ルティアを守ることが最優先。目の前で見ず知らずの人に何か起こっても、目をつむらなければいけないんですよね?」


「現状はそうです。ですが、最終的にイシュ様には、アシェダール様と同じ、侯爵様直属の騎士となって、巨悪と戦っていただきたいと考えております」


「は?」


 ますますわけがわからない。


「あの冒険者パーティーを襲ったのは、悪の組織”ヤミノトバリ”の一派でした」


「……ヤミノトバリ?」


「はい。太陽に角ばった波線でうがたれたバツがシンボルマークの、盗みや人さらいを働く組織です」


「なんで俺なんかが、そんなやつらと?」


「イシュ様が、”光を操るものライトコントローラー”だからです」


 つむがれたその先の言葉は、あまりにも唐突で、にわかには信じ難いものだった。

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