第3話 その想いは必然

 あの日。C級ダンジョンでワンダラーエンカウントに遭遇した日から一カ月。私は探索者協会の所有する病院の一室で療養していた。私が目覚めた時は既に病院のベットの上で。お父さんとお母さんがつきっきりで看病してくれていたらしく、泣きながら抱きしめてくれた。


 突然の出来事でビックリしたけれど、何があったのか次第に思い出して、私もワンワン泣いてしまった。お互いに泣き止んだ後は凄く怒られたけど。生きているから怒られることもできたのだと思うと、嬉しさが込み上げてきた。


 私の無事を確認して両親が部屋を出ていった後、入れ替わるように入ってきたのは探索者協会の人達。ワンダラーに遭遇して生き延びる事が出来た人は稀らしく、当時の状況についてあれこれと聞かれた。私の配信のアーカイブスが残っているので、状況の説明というよりは、実際にその時感じた事なんかを重点的に聞かれたけど。


 特に詳しく聞かれたのは、私が死ぬ直前に助けてくれた謎の人物に関してだった。その人物は道化師の仮面という遺物を着けており、その仮面を着けてダンジョンに入ることは禁止されているらしい。配信で確認してもその人物がぼやけて見える為、直接会った私に詳しく話を聞きたいらしい。


 私としても命の恩人の事を少しでも詳しく知りたい為、必死に思い出す努力をしたけど。あの時の私は死ぬ直前の極度の緊張と、死を免れた安心感で意識を失う寸前だったので、正直ほとんど覚えていない。覚えているのは、私を掴む直前に吹き飛ばされたゴーレムと、私を視る無機質な仮面。そして離れていく後ろ姿だけ。大人なのか子どもなのか、男か女かも分からない。なんとなく男の子な感じがしたけど、きっと私の願望が混じっていると思う。


 結局大したことを話せないまま、何か思い出したら教えてくださいと、協会の人達は帰っていった。


独りになると、色々と考えてしまう。今までの事、これからの事。これからも探索者を続けていくのか、ダンジョン配信はどうするのか。


 今回の事は、奇跡みたいに運が良かっただけ。本来なら私は死んでいた。ワンダラーエンカウント、ダンジョン最凶のイレギュラーエンカウント。既存のトラップやモンスターの不意打ち、上の階層のモンスターが突然沸くようなものでなく、唐突に現れる死への片道切符。色々と調べてみたけれど、今生きているのが本当に不思議で仕方ない。


 対処法は唯一つ。モンスターを見かけなくなったら即座に階層を移動する事のみ。

非常に性質が悪いと思う。そもそもモンスターの湧き具合なんて、一つのダンジョンの一つの階層で、定点狩りし続けなきゃ分かるはずもない。しかも自分以外にも探索者はいて、その探索者がモンスターを狩っていれば、当然そこにモンスターはいなくなる。運が悪ければ移動先がその探索者と被っている場合もあるわけで、そんな状態でモンスターが居ないからといって、転移石や転層石なんて使っていられない。しかもワンダラーエンカウントなんて、一生かけても遭遇しない人の方が圧倒的に多いのだ。それを気にして探索していたら何も出来ないだろう。


 そして不幸にもワンダラーエンカウントに遭遇してしまった場合、対処法は2択。戦うか逃げるか。


 戦う場合、まず一人では論外だ。何故ならワンダラーエンカウントで出てくるモンスターはボスモンスターであり、そのダンジョンより最低でも1ランク上であり、しかも完全にランダムなのだ。それに加えて階層がワンダラーに適した地形環境に変化する。


 つまり圧倒的に格上で、対策を用意していない、初見のボスモンスターを、相手に得意なフィールドで、迎え撃たなければいけないのだ。もしあの時出てきたモンスターが魚系だったらどうなっていただろう。階層丸ごと海中にでもなっていたのかもしれない。これもう完全に殺しにきてるでしょ。むしろ殺される以外にどうしろっていうの?


 逃げる選択をした場合、助かるには階層を移動する必要がある。ワンダラーの強さは圧倒的だけど、階層を移動できないというルールがある。つまり階層を移動すれば助かるのだ。しかしワンダラーエンカウントによって、ダンジョンの階層転移は不可能になる。つまり転移石で脱出もできないし、転層石で違う階層に移動もできない。


 そしてこれが一番酷い。ワンダラーが出現したダンジョンに入れなくなるのだ。ダンジョンに入る時、どんな人でも必ず1層に転送される。扉を開けて入ったりするわけではなく、ダンジョンの入口である転送門に触れてダンジョン内に転送される。ワンダラーエンカウントは階層転移を不可能にする。徒歩で階層移動はできるけど、

いきなり今までと違うエリアになったら、誰もが警戒して元来た道を戻ると思う。

つまり外部からの救援が見込めないのだ。


 逃げる選択にはまだ問題がある。あの忌まわしい瞬間移動。階層移動を制限される代償なのか、階層内を瞬間移動する能力。どうやって逃げろというの?どれだけ距離を放しても、隠れようとも一瞬で追いついてくるなんて、これもう逃がす気ないでしょ。


 しかもワンダラーが消えるまで1時間。この1時間という時間制限も酷い。僅かでも生き残る希望を抱いてしまう。生にしがみついてしまう。殺されることが分かっていても。僅かな希望がちらつくせいで足掻いてしまう。逃げて逃げてその先の、希望のすぐ前に佇む絶望。ワンダラーエンカウントとは、探索者の心を折り、絶望の中で殺すための、ダンジョン最凶のトラップなのだと思う。


 なのに私は生きている。運が良かっただけ、神様が気まぐれを起こしただけだって事は分かっている。普通ならもうダンジョンなんて行かないと思う。配信なんて止めてしまうと思う。怖い記憶に蓋をして、平和で平凡で幸せな毎日を送るんだと思う。


 だけど…私を助けてくれた背中が忘れられない。私の状態を確認した後、何も言わずに駆けていったあの背中。会いたい。もう一度だけ、会いたい。会ってお礼を言いたい。助けてくれてありがとうと。あなたのお陰で生きていますと。伝えずにはいられない。この私の我儘は、きっと周りの人を傷つけて、沢山の人から非難されるだろうけど。それでも私は、この我儘だけは諦めきれない。


 運が良かっただけ。奇跡は二度起きない。それでも、私は―――――

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