本物の名古屋めし、食べてって!

手塚エマ

第1話 提案です。

「みんな、名古屋に来ても最初っから、名古屋で観光して泊まろうなんて思っとらんでしょう?」

「そうだろうね」

名駅めいえきは乗り換え駅で、泊まるのは温泉地の下呂か高山。あとは、三重の伊勢神宮」

「そうだろうな」

「名古屋にも熱田神宮あるけどさ。お伊勢さんには勝てんもん」


 県庁の地域活性化部所属の岡田民子おかだたみこは部署の事務机に額をこつんと突いて呟く。語尾が弱くなっている。

 

「だけど、名駅は通過点でも、名古屋飯なごやめしは食べときたいって人は、いるんじゃないの?」


 うなづき男は少しだけ民子の話に乗ってやる。珍しく愁傷に見えたから。

 

「そう、そう! そうなの! 最近は全国展開しとるけど、大抵関東や関西風にアレンジされちゃってるやんねぇ?」

「たぶんね。全国回ってないから知らんけど」

 

 うそぶいたのは民子の同期の酒井学さかいまなぶだ。

 民子の隣の事務机で、パソコン画面を見ながら気のない素振りで相槌をうつ。しかし、民子は学が気のない素振りをかましても揺るがない。


 二十五歳の民子は小柄だが、出る所はちゃんと出て、引っ込む所は引っ込んだ、肉感的なスタイルに反して、顔は円らな瞳が愛らしい童顔だ。

 色白で牛乳のようにきめ細やかな肌をしている。

 小顔で黒髪のショートカット。下唇がふっくらしていてセクシーだ。

 

「そうなの。だから本物の名古屋飯は名古屋でないと食べれんの。だけど、いろいろ食べたくても泊まらんのなら、そんなにたくさんは、行けれーせんがね」


 学はグラビアアイドル顔負けの美女が、名古屋弁をマシンガントークするたびに消沈する。民子に似合う方言は、他にないのか。


「だったらグルメ王国博多みたいに、夜に屋台がズラーッと並ぶ一角を名古屋にも作ろうよ。そうしたら夕飯は屋台で食べて、そのまま名古屋で一泊しようかってならぁせん? ホテルも飲食業界も潤って、経済効果アップするにぃー」


 事務椅子ごと学に体の正面を向け、民子はにやりと片頬をねじ上げる。何かの悪事を思いついた子供のようにキラキラした目だ。

 とてもじゃないが、お堅い公務員で県庁務めの女性とは思えない。


 「例えば、名駅から徒歩10分ぐらいの所にある堀川。 この堀川沿いに、博多の中州みたいなの作れたらって、思っとるの」


 

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