第38話

 私たちの目の前に現れた大きなゴリラ、ロッキン・コングはステージでその図体とは真逆に身軽なステップで私たちを魅了していく。


「さて、諸君。ダンスの本懐が分かったところで、私と1対1の決闘ダンスをしてもらう。さっきのように手助けはなし。武器もなしだ」


ロッキン・コングは私の持っていた剣を見つめてステージ外に投げろといわんばかりに顔を外に向けた。私は、ステージ外で見守るキルトにもらった剣と腰に付けていた短剣を彼に託した。


「これでいい? あ、配信はしても大丈夫?」


「魔法は私も使用する。対等でやるならその方がいいな、許可する。配信してくれ。君の負けた姿を晒すのは趣味ではないが」


「負ける前提ってのが腹立つ......」


私は彼の言う通りにドローンを立ち上げて配信を開始した。するとすぐにコメントが書かれ始めていった。その分、自分の中で魔力が満ちていくのを感じた。


【シーランド】『やってる?』

【ころころころね】『お、このゴリラがフロアボス?』

【こいぬ】『がんばって~』

【ローコスト】『頑張れ~』


『みんな、配信早々コメントありがとう。これで少しは戦える』


「まずはダンスを楽しもう。話はそれからだ」


そう言って、ロッキン・コングは止めやハネのある音楽に合わせて軽快に、時に体を止めたりしながら体全体でダンスを体現していった。私も今まで見て来た中で、一番やりやすかったポップダンスや、ブレイクダンスを中心にして彼の挙動についていった。


『私も、ダンスできるようになってきたんじゃない?』


「フン、そうでなくては困る」


【ジョニー・チップ】『二人ともすげー。よくわからんけど』

【袋】『ビキニアーマー、始めの配信より確かにダンスしてるかも?』

【酒バンバスピス】『やれぇ!! がんばえ~!』


互いを睨みつけながら、私達はステージ上をぐるぐると回り続ける。

どちらが先に、攻撃を仕掛けるか、どのような攻撃をするか思考を重ねる。

すると、ロッキン・コングの太い足が上がった。私はすかさず避けるも、その足には雷属性の魔法が付与されていてバチバチと音が響き始めた。


「イナズマ・インパクト!」


衝撃波のように雷がこちらに押し寄せる。それも躱し、私は腰を低くして足を延ばしたまま自身を回転させた。だが、私の脚の動きはロッキン・コングの足さばきで簡単に弾かれてしまった。


『隙が無い......』


「避けてるだけじゃ、話にならないよ!」


『フレア・ボム!』


私は魔法で火の玉を生み出し、そのまま投げつける。だが、その悉くを彼の足さばきがはじき返していく。これは、相手の動きを封じる必要がある。


『アイヴィ・ウィップ!』


ツタを鞭状にしならせながら、私はロッキン・コングの足元をそのツタで拘束した。そのまま別のツタを伸ばして一気に飛び立った。私はミラーボールにツタを括りつけてそのままステージに降りて膝からスライディングしていった。すると、ロッキン・コングはみるみる天井に上がっていった。


「ふふふ。こんなに屈辱的な光景は久しぶりだ。それで、君はこれからどうするんだい?」


『そのままあなたを倒すわ。 アクア・カッター!』


円盤状になった水が丸鋸のようになってロッキン・コングに襲い掛かろうとした。

だが、その瞬間コングは指を鳴らした。


「【let's Lock】時は私が支配する」


水の丸鋸が空中で止まった。さらに言うと、私の身体が全く動かない。体言うことを聞かない。だが、コメントだけは動いていた。


【袋】『どうした~?』

【シーランド】『画面固まってる?』

【固定資産】『いや、あのゴリラ動いているぞ』

【ジョニー・チップ】『もしかして、時が止まっているとか?』


「動けないだろう。話せないだろう......。ただ、時間が止まっているのではない。固定したのだ。お前たちの『時を固定』した。そしてそれは、私の合図でない限り解除はされない」


時間停止系の魔法? いや、そんな魔法聞いたことがない。だけど、それならフロアボス特有のスキルになるのか? そんな、スキルなんて概念あったっけ......。


「話し相手がいなければつまらない。解除してやろう。 【Rock'n’roll】!!」


身体の脱力感を感じて、ロッキン・コングに蹴りを与えようとハイキックを出すも彼に読まれていてその足ごと踏みつけられてしまう。


『ぎゃああああ!』


「だめだなぁ......。だめだめだめ~。もっと私に殺気を感じとられない動きをしないと......。だめだろぉ!?」


『うぎゃぁ!?』


彼を見上げていると、下から足が蹴り上げてきたのが一瞬見えた。私がのけぞりながら、音楽に合わせて上半身だけで円を描いて見せた。


「おお......。これは中々。では、これはどうかな?」


ロッキン・コングが腕と手をぐるぐると体の横で回転させると、身体全体に帯電したかのように電気がビリビリと走り出した。


『なら、こっちも!』


あの電気をまともに食らったらまずい! 私も魔法で対抗しないと!!

私も同じような踊りをした後、両手を床について体を回転し始める。

今私できる魔法で、防御するならこれしかない!


『プランツ・グロウ!』


「サンダー・クラッシュ!」



床から手を放して、何回かバク宙を決めると床の下からにょきにょきと気が生えてくる。ロッキン・コングが雷を撃った後には、その木は避雷針となってほぼ真っ二つとなっていた。


『あっぶないわね......』


「やるな......。だが、私の固有スキル【let's lock】を攻略する手立てはないはず! そのまま何もできず立ち尽くすといい! 【let......」


『そうはさせるかぁっ!!」


私はロッキン・コングの元へ駆け寄り、そのまま彼の顔面に膝蹴りをお見舞いした。


「ぐっわあああああああ!?」


【袋】『頭脳戦もなにもなくて草』

【ジョニー・チップ】『えぇ......』

【ころころころね】『やはり暴力! 暴力はすべてを支配する!』

【固定資産】『力こそ、ぱわーーーー!!』


『おっしゃあ! このままゴリ押す! ハイドロ・カノン!』


勢いよく両手から水が噴き出すと、その水はロッキン・コングをステージの端まで追いやるほどの威力で吹き飛ばしていった。だが、ロッキン・コングは端で耐えていた。


『まだ耐えるの?』


「てめぇ! このクソガキがぁ! そんな技ぁ、ダンスもクソもあるかボケがぁっ!!」


さっきまでの聡明で大人しそうな口調から、一気に荒々しく音量も音圧もかなり大きいものになっていた。私は耳を塞ぎながら、叫んだ。


『元からガバガバルールだったでしょ! ダンス中に殴ったり魔法使ったりOKなんだから、これくらい想定してるでしょ......』


「だが美学に反する! 頭脳や、美しさ......。これで負けるのならまだいい。だが、肉体で、ましてやゴリ押しで負けるなどありえん! こうなったら......。すべて、めちゃくちゃにしてやる!!」


「おいおい、ボス! レイジダンスでBIGになるなんて、相当マジみたいだZE......」


いや、どういうことよ......。怒りのパワーで図体がデカくなったってことなの?

まあ、さっきより3倍くらい大きくなったのはわかるけど......。


『な、なにが起きてんのよ......』


【袋】『こっちが聞きたい』

【シーランド】『なんにせよ、巨大化したモンスターは負ける。これヒーローものの定石ね』

【ころころね】『いや、これダンジョンだからw』


『でも、相手はあのスキルを発動させそうにないし......。チャンスかも』


巨大化したロッキン・コングがこちらに突進しようとしてきたが、こちらはその大きな股下を潜り抜けてダンスで煽って見せた。ロッキン・コングは分厚い胸板でドラミングして鼻息を荒くしてまたも突進していく。


『今だ! ガイア・スティール=ウォール!』


床に手をついて魔力を注ぐと、そこから壁がそそり立った。その壁は、私の想像していた通りに鉄の壁となってロッキン・コングの頭を打ち付けるほどの高さとなった。


「ぐあああああ!」


『怒りで前が見えてないみたいね......。終わりにしてあげる! みんな~、スパチャとかコメントよろしく~!!』


高くそそり立った壁の上で手拍子をしながらカメラに目線を送った。

すると、イヤホンからそれに呼応するようにコメントが寄せられていった。


【よもぎもち】『がんばれ~』

\4,000【ジョニー・チップ】『いけいけぇ!!』

\5,000【酒バンバスピス】『やったれ魔力代』

\10,000【シーランド】『最高の頼みます!!』


『みんなありがとう!! じゃあ、いくよぉ~!! エアロ・スパイラル=メガトン・ナックル!!』


壁を蹴り、空中で回転を加えて風を集めて私は自分の右拳にすべての魔力を付与した。その拳はロッキン・コングのおでこに当たり、さらに彼を押し出していった。


『いっけえええええええええええええええええ!!』


ロッキン・コングは耐え切れなくなり、ステージに倒れ込んでしまう。

その倒れたお腹に私は着地して、見事に最後のキメポーズを取った。


『はぁはぁ......』


「こりゃあ、やられたぜ......。新しいダンスキングの誕生だああああ!! お前ら、put your hands up!」


ステージ外にいたキルトも、MCをしていたオークもいつの間にか私たちのダンスバトルを見るために集まっていた観客全員が手を上にあげて高らかに叫んでいた。

それは、私の勝利を確信に変えた強い喝采だった。


 ロッキン・コングは負けた悔しさで、依然ステージで寝込んでいた。少しやりすぎちゃったかなぁ......。


「まさか、私が負けるとはな......。いや、怒りに身を任せた時点で私の負けは確定してたのかもしれんな......」


『そうかもね......。それで、感傷に浸ってるとこ悪いけど』


「分かってる。なにか、私に聞きたいことがあるんだろう?」


『話が早くて助かるわ。ダンジョンのことで記憶の食い違いがあるんだけど、なにか知ってる?』


そういうと、ロッキン・コングはしばらく黙り込んだ。

そして、少し話しづらそうに語り始めた。


「私の一存で話せることではない......。私はただのダンジョン内のフロアボスだ。ダンジョンの問い合わせは運営に聞け」


「あの、ちょっといいですか」


ロッキン・コングの言葉に少し不満があるかのように私の横にスッとキルトが割って入ってきた。キルトは続けざまに質問を始めた。


「僕だってバカじゃない。運営に似たようなことを聞いたんだ。でも、はぐらかされた。ダンジョンの外でモンスターが暴れたっていう事実も、そのモンスターたちを一人の女性が討伐して平和を治めたっていう話も! だから、ここに来たんだ。 彼女は、ダンジョンビキニアーマー配信無双。登録者100万越えの配信者で、世界を平和にした勇者だったんだ! それがどうしてなかったことになってるんだ? それを知りたいんだ!!」



私が、ホントに世界を救った勇者なの......?

しかも、登録者100万人越え? そんなこと、あったっけ?

でも、なんとなく自分の環境になんとなく違和感があるのも事実だ。


「......。それを知ってどうなる。また記憶を改ざんされるかもしれんぞ」


『それでも、知りたい。私はこのモヤモヤを晴らしたいだけなの。お願い、力を貸して!』


「......。なら、地下77階へ行くといい。そこで勇者の剣を抜くイベントがある。その剣を抜く権利を賭けて、配信者たちが戦うトーナメントがな。もしかしたら、その勇者の剣を抜けば運営から真実を聞けるかもしれんな」


”トーナメント”の言葉を聞いて、私は真相を知れなかった落胆よりも喜びが勝った。

なにそれ、超面白そうじゃない! 早く行きたい! 地下トーナメント!!



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