第20話

 さっきまでのクリスマスイベントムードはぶち壊しになり、またもピリついた空気感に逆戻りとなった。プレゼントは、爆発してもまた自動的に復元して私たちの手元に戻ってきたんだ。私たちは、冷や汗をかきながら自分にお鉢が回らないよう祈っていた。音楽が止まり、犠牲者が一人、また一人と増えていく。それでも、私たちはそれを止めることもできないでいた。防御魔法でも防ぎようのない距離での爆発と威力だし、そもそもゲームの止め方が分からない。みんな、自分が犠牲になるまいと必死になっていた。


『ちょっとみんな落ち着いてみない?』


私は、このゲームから犠牲者を出さない方法をみんなで考えようと残りのメンバーである8人に声をかける。だが、みんな音楽の途切れ目に集中しすぎて聞こえていないようだ。


『みんな、聞いてる!?』


「うっせえな! 音楽が聞こえねえだろ!!」


その瞬間、私に怒号を浴びせた人の前で音楽とプレゼントが止まった。


「てめえ! 邪魔しやがって! プレゼントだ! このやろー!」


そいつはモヒカン頭で、いかにも世紀末な見た目をしたグレムリン最後の一匹だった。それは対向にいた私に一目散に持ってきて渡してきた。私はそのまま彼に渡そうとしたが、彼は受け取りを拒否して輪の中で歩き回る。


『ちょっと! ずるいわよ!』


「別に必ずもらわないといけないなんて、あいつは言ってなかったぜ!」


私はブチ切れそうな心を抑えながら、爆発寸前のプレゼントを投げる。すると、走り去るグレムリンの手前で爆発してしまう。


「おいおい、それはなしだろ!」


『こっちの台詞じゃボケぇ! こうなったら、あんたら潰してでもこのゲーム終わらせてやる』


「自分の命惜しくなって、ゲームを放棄か? 人間ってのはどこまでも傲慢だな!」


私は自分の腰に収めていた短剣を取り出して、グレムリンに切りかかる。だが、グレムリンはそれを飛んで躱す。


『逃げんな!』


「逃げてんのはどっちだ! ......え?」


突如として、逃げ行くグレムリンが立ち止まった。彼の手元にはなにか箱のようなものが抱えられていた。まさか、これはまたプレゼント......!?


『プレゼントが、また戻ってきた!?』


「誰だよ! 誰がこのゲーム続けてんだよ! クソがっ!!」


グレムリンが別の誰かに手渡そうとした瞬間、音楽の鳴らないまま爆発したのだ。

プレゼントが復元したんだ......。誰も爆破の餌食にならなかった場合も考えられているのか!!


『またプレゼントが!!』


どこからともなく、プレゼントがダンジョンフロアの天井から降ってくる。避けようとしても、必ず誰かの手元に忽然と姿を現す。逃げようのないゲームに、私達はパニックになりながらプレゼントを押し付け合う。


『最後の1人になるまで、続くっていうの!?』


「私は嫌よ!! あんたら勝手にやってれば!?」


プレゼントが渡る前に、探索者の一人が私たちの輪の中から抜け出した。だが、その策も空しく逃げ出した人の頭上からプレゼントが落ちる。そして、彼女の頭に触れた瞬間に爆発してしまう。他の人たちも、それに見入ってしまう。逃げても無駄なんだ。そして、輪の中で回っていたプレゼントの音楽も止まって、一人の運営スタッフが犠牲になった。これで後6人だ......。


『逃げても追尾する、防御しても貫通する......。逃げようがないわね。やっぱり、最後の一人になるしか......。いや、ゲームマスターにプレゼントを送り付ければゲームは終わるのか?』


プレゼントが回る間も、私は1人考え続ける。

プレゼントが私の元に回ってきた。今がチャンスだ。

ここで私が管理人のいる地下666階へ行ってみるしかない


「どこいくねん!」


『ゲームマスターに送り付ければゲームが終わるかもしれない!』


「死ぬ気かいな!!」


探索者の一人から引き留められるも、今は私が犠牲になってでもやってみる価値はある! 音楽はまだ鳴っている。エレベーターのボタンを押して待っていると、後ろには残りの5人全員が立っていた。


「お前が爆発しても、ここにいる限りプレゼントが降ってくる可能性がある。なら、フロアを移動するっていうのは手かもしれない。こういうのは、全員で行かなあかんやろ」


「その人の言う通りです。ビキニアーマーさん一人だけ犠牲になるのも違います。ここにいる人たちは、被害者であり加害者でもあると思うんです。ここまできてゲームを投げ打つことはしたくありません......」


私たち探索者たちは、エレベーター内でもプレゼントを渡しあうことを忘れずに誰か一人になってでも、管理人に一泡吹かせるということで一つになった。


『地下100階のさらに奥! そこに管理人の居る地下666階があるはずなんだ!』


「確かにそうですけど、その前には番人のケルベロスが!」


スタッフの一人が怪訝していたように、ケルベロスが鎮座していた。だが、今はそんなのに構っている暇はない。


『どけ!! 道を開けろ!!』


プレゼントを投げつけると、それはすぐに爆破しケルベロスは消失して扉が開かれた。プレゼントはまだ私たちの手元に戻ってきている。どうやら、他のフロアに行っても地獄は終わっていないようだ。


『音楽が終わる前に、管理人に渡してやる!』


だが、私にプレゼントが行き渡った瞬間に音楽が止んでしまう。

くそっ! 管理人と出会った地点はまだ先だっていうのに!!


「ビキニお姉さん!」


すると、一人の探索者が私からプレゼントを奪い取るように持っていった。


『なにしてるの?』


「僕、イベントの初めで声かけてもらえて嬉しかったです! だから、もっと活躍してほしいんです!!」


その瞬間、プレゼントが爆破した......。

その光景にどよめきながらも、私達はプレゼントを手に前に進む。

ようやく管理人と出会った地点に到達した。そのまま探し続けていると、管理人室と書かれた扉があった。


『ここか!!』


扉を開けると、そこには大量のモニターが覆いつくされた部屋だった。そこにぽつんと椅子に座った管理人、ネクロマンサーがいた。


「来ると思ってたよ。ていうか、全部見てたからね。いやぁ、その行動力。やっぱ人間って1000年前から面白いね」


『さあ、さっさとこのゲームを終わらせなさいよ。こんなクリスマス、たまったもんじゃないわ』


私はネクロマンサーにプレゼントを突き返す。

だが、ネクロマンサーはそれを片手で押し返す。


「自分が一番になれるかもしれないのに、それで配信が盛り上がるかもしれないのに終わらせていいのかい?」


『命尽きたら、二度とダンジョンに入れないんじゃ意味ないのよ。私たちはまだ、このダンジョンを楽しみたいの』


私はもう一度、力強く彼に押し付ける。

すると、彼は観念したのか私の持っていたプレゼントを持った。


「そうだね。ここで、みんながいなくなるのは惜しい。ただ、ここで僕がいなくなれば、ダンジョンの秩序は崩壊する」


ネクロマンサーは、そのプレゼントを私たちの目の前で消失させて別のプレゼントボックスを出現させて私たちに見せつけた。


『な、なに? またゲーム?』


「いや。今回のイベントは、これでおしまい。なんだか飽きちゃったし。これ、みんなに配っておいて。じゃあ、後は勝手にしてね」


そう言って、プレゼントを最後まで残っていた運のいいスタッフにプレゼントを渡してきた。私は、怒りに任せてネクロマンサーに掴みかかろうとした。


『待て! 話はまだ!!』


だが言いかけた途端、私達はまた管理人の謎の能力で元居た33階に戻された。

くそっ......。モヤモヤする......。この借りはいつか必ず返してやるから覚悟しておけ......!!


「あ、あの?」


地面を睨みつけていると、運営スタッフに呼び止められた。いつの間にか、フロアには私とスタッフだけが残っていた。


「悔しい気持ち、やりきれない気持ちはお察しします。ですが、今回はこれでお引き取りください......。われわれも、今後の方針について緊急会議がありますので......」


『は、はい......。わかり、ました......』


私は、スタッフからもらった袋に入った人型のクッキー、ジンジャーブレッドマンを片手にダンジョン1階に向かった。結局、無言のまま配信切っちゃった......。みんな心配してるかな......。


「はぁ......。最悪のイベントだった」


「あの! ビキニ姐さんですよね!」


私がうなだれてダンジョンを退室したときに、一人の男性が声をかけてきた。これまで見たことのない色白で眼鏡をかけたひょろっとした人だ。探索者ぽくもないけど、知り合いだったかしら......。


「いつも配信見てます。今日は、心配でつい来ちゃいました。でも、生きてくれててよかった。それだけ、伝えに来ました」


「あ、ありがとう......。あなたは?」


「い、いえ。名乗るほどの者ではありませんから。じゃあ!」


その青年は、爽やかに私の元から去っていった。すると、矢継ぎ早にまた男性が現れた。今度は大柄で無精ひげの生えた男だった。


「でゅ、でゅふ!! び、ビキニ姐さん、大丈夫でありましたか!!」


「え? な、なに? オフ凸?」


「小生、先ほどの配信で推しが消えるかと肝を冷やしましたぞ? でも、傷ひとつなく生還してくれてありがとう!! でゅふふふ!」


またもその人は名前を言わずに去っていった。なんなんだ、あの人たちは......。

そう思っていると、今度は女性が私の元に近づいてきた。その女性は、私の手を握り柔らかな笑みを浮かべた。


「女性ですけど、ファンです。無事でよかったです。さっき来た人たちも、みんなしおりんさんのファンなんです。私がみんなで集まってお姉さんを労おうって誘ったんです。いきなりでごめんなさい。私、いつも酒バンバスピスとしてコメントしてる者です!」


「あ、酒バンさん? 女の子だったんだ......。他の人も、コメントしてくれてた人なのかな。なんにせよ、ありがとう......。さっきの二人にも、励みになったって伝えておいて」


「きょ、きょきょきょきょきょきょ! 恐縮です!! 必ず! 伝えますので!!」


そう言うと、彼女は手を振りながら去っていった。

ま、今日のイベントは最悪だったけど、嬉しいサプライズでプラマイゼロって感じかな。それはそれとして、私は絶対ネクロマンサーを許さない。あいつを倒せるくらいには、もっと強くならないとな......。私はそう自分に言い聞かせながら今日は家路についた。





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