第4話

「あれ。ここ、どこ?」


目が覚めると、私はベッドの上で横たわっていた。

寝かされていると言った方が近いかもしれないけど......。

そして、ベッドの横の椅子には見慣れたポニーテールの女の子が座っていた。


「医務室よ。ダンジョンのね。目が覚めたなら、私帰るわよ」


「れもんちゃん? どうしてここに?」


「あんたをここまで運んであげたのよ。感謝しなさいよね」


「ああ、うん。ありがとう」


状況もあまり読めないまま、彼女はそそくさと去っていった。

その顔は少し赤らめていたような気がする。なんだったんだ、あの子......。


「気が付かれましたか」


白衣を着た男がこちらに向かって話しかけてきた。聞くと、彼はこの医務室の主治医らしい。彼は私を見てニコニコとしていた。なんだかいやらしい目で見られているようで気持ちが悪い。


「ああ、気を悪くしたなら申し訳ない。君の配信がすごくて、つい思い出してニヤついてしまった」


「配信? 見てくれたんですか?」


そういうと、彼は彼自身が持っていた大きなパッドをこちらに向けてきた。

それは私のアーカイブで、すでに1000万回再生されていた。

え? 1000万? 100万じゃなくて?


「私。というより、我々のようにダンジョンをこよなく愛するものなら、誰もが見てるんじゃないかな?」


「ちょっと見せて」


半ば強引に看護師のパッドを借りて見ると、本当に再生回数が1000万回を超えていた。しかも、チャンネル登録者数も50万人にまで増えていた。最初は100人とかだったのに......。


「そろそろいいかな......?」


「ごめんなさい。お返しするわ」


少し眉を上げて怒る看護師を見て、私はすぐさまパッドを返した。そして、改めて自分のスマホで確認してみた。Dストのホーム画面には、私がかんきつ女子のれもんちゃんや、みかんを救出した部分だけを切り取ったショート動画が散見された。というか、私に関するショートはそれしかないくらい。私のノートレス戦での活躍は?


「そうだ。肝心なことを忘れてた。もう魔力も、体力も回復しているから、退院して問題ないよ。次の配信も期待しているよ」


その言葉を聞いて、俄然元気が増した私はベッドから瞬時に立ち上がって、ハンガーにかかっていたビキニアーマーを着込んだ。着てみて今更気づいたけど、この間の戦闘が嘘かのようにアーマーが新品のようだ。


「誰かが直してくれたのかな? まあいいか、よし。バズっているうちに、今日も配信しちゃおう」


医務室を出て、またもダンジョンの受付嬢へ向かう。

フリーと言うと、また煙たがられるだろうか......。


「お疲れ様です。ビキニ無双様ですね! 今日も配信ですか?」


「えっ? あ、はぁ......」


私の考えとは裏腹に、受付嬢も私のことを認知しているようだった。

受付もほぼ顔パスの状態で手続きが整っていく。


「お手続きはこちらでやっておきます! 配信がんばってください!!」


戸惑っていると、周りには私を囲うように人が群がっていた。

彼らの好奇に近い憧れの視線に、私は恐る恐る避けながらダンジョンへと進む。


「彼ら、いつまでついてくるの......?」


ドローンカメラの準備をしつつ、私はエレベーターで60階へと向かった。その間も、私に熱い視線を送る人たちが目を輝かせていた。無視をし通すのも辛いので、私は口火を切った。


「あの、なにか用ですか?」


「ビキニ無双さん、私とコラボしませんか?」

「いや、俺とコラボしてくれ!! いい感じで頼むよ!!」

「ぼ、ぼくともコラボお願いします! 悪くはしませんから!!」


次々と我先にと、彼らは私にコラボを懇願した。

だが、今の自分にはコラボという文字はなかった。

今は個人で名を売る時期だ。コラボはその後だ。


「悪いけど、皆さんとはコラボできないわ。今は自分の配信を優先したいので......。じゃあ、失礼します」


そう言ってエレベーターを抜けると、これまで温かい視線が嘘のように凍り付いていった。自分の背筋が凍るようだったが、私は気にせずにダンジョンへと向かった。


「ううわ、ひっろ! なんにもないじゃない」


 60階は少し変わったボス戦が話題になっているらしいから来たものの、こんなだだっ広いところで何するっていうの?


<それでは、ラッシュを始めます。まずは、スライム100体召喚>


突然、ダンジョンからアナウンスが流れるとともに、地面には100体のスライムがゾロゾロとこちらへと向かう。私は得意の炎の魔法でスライムを消し炭にしていく。スライムは水属性の生き物だ。炎に弱いのは誰だってわかる。


『簡単じゃん。あ、カメラ点いてる? ちゃんと映ってるわよね?』


貸し出されたカメラを小突いて確認しても、さすがに機械は動かない。腕についているスクリーンで確認して、カメラが通常通り動いていることが分かった。だけど、今日はコメントがやけに多いな。やっぱりアイドルを助けたからかな?


<続いて、ゴブリン100体召喚>


引き続きアナウンスが話し出すと、どこからともなく私のひざ下くらいの身長のゴブリンが、わらわらと襲ってくる。


『炎属性魔法だけじゃ、味気ないわよね?』


【ジョン】『うんうん』

【同穴ムジナ】『サンダー! サンダー!!』


コメントを見た私は、配信を盛り上げようと剣を天高く掲げる。


『おっけ~。ご指示のままに! サンダー!』


ガントレットの宝玉が光り、見事100匹のゴブリン全体に雷が当たって消滅していく。


医務室で休んでいたおかげか、これまで感じていた魔法発動後の疲労感はない。むしろ元気さえ湧いてくるようだ。


『見た見た? 私にかかれば余裕、余裕♪』


私はピースサインと共に、ドローンに目線を送りながら、コメント欄を眺める。


【ジョン】『うしろ、うしろ!」

【同穴ムジナ】『後ろ気づいて!!』



少数だが、コメントから不穏な言葉が増える。

瞬間、大きな手が後ろから私の腰を鷲掴みする。


『えっ!? なになに!?』


困惑していると、背後からぬるりと顔が出てくる。


『君が悪いんだよぉ?』


吐息交じりの気味悪い男の声が耳にかかる。

同時に私は、その男に軽々と持ち上げられた。


『ちょ、ちょちょちょ??』


男はなんのためらいもなく、私をダンジョンの向こう側へとボールか何かのように投げ出した。


<乱入ミッション 迷惑系Dストリーマー10名召喚>


アナウンスと共に、数名が私に切りかかろうとする。

寸前でかわしつつ、逃げるも配信者たちは各々のカメラをこちらに向けて離さない。


『俺達をバカにしやがって! 何様のつもりだ!』

『そうよ! アイドル助けただけで、お高くとまらないでよ!!』

『せっかく剣も装備も無償で直してやったのに!!』


彼らが生み出す魔法の飛び交う隙間を縫って、彼らの足を払う。

だが、彼らはゾンビのように這いずりながらも立ち上がる。


『もう! なんなのよ!! お礼してほしいなら、手紙くらい添えなさいよ!』


【酒バンバスビス】「うわー。めんどくさそうな配信者ばっかりで草」

【ぱるんて】「有名配信者に絡んで自分も有名になろうとする他力本願な奴らだからやっちゃって大丈夫よ~」

【ジョン】「やっちまえーーー!!」


コメントを見る限り、私が思っている以上に彼らは嫌われているらしい。

だが、それだけで彼らを倒していいのか? 

ダンジョンへ探索している人間を倒しても死なないとはいえ、彼らの武器や防具は初期化される。


『だからって人を簡単に切れるわけないでしょうが!』


彼らは私が攻撃しないのを良い事に、配信者たちがこちらに近づいていく。


『こんな服着て恥ずかしくないのか!!』

『アバズレが! 身ぐるみ剥がれても、さして変わらんだろ!』


配信者の数名が、力で私の腕や足をがっしりと掴んでビキニアーマーを剝がそうとする。もはや何がしたいのかわからない。

だが、ビキニアーマーはそんな簡単に剥がれる品物ではない。

というか、そうでないと困るんだけど。


『や! やめっ! やめんかい!!!!』


そう言って私は風の魔法を使って彼らを引きはがした。その瞬間、バリッという嫌な音が聞こえた。まさかと思いつつも、私は真下を見た。


『ヴぁああああああああああああああああああ!!!』


肌色の双丘が、微風で揺れる。反射的に右腕で隠すも、カメラはきっちりとそれを捕らえていたようで、コメントは赤く染まっていき大盛り上がりを見せていた。


\5,000【同穴ムジナ】『おやおや』

\10,000【ジョン】『ごちそうさまです!!』

\25,000【ドエロ大将軍】『祭りと聞いて参上したが、すごい光景が見れた。余は満足。いや、世が満足しているだろう』


『なし! 今の無し! お前ら忘れろ! 脳内から消し去れ!』


私は怒りに任せて、ニヤニヤとするコメント欄を消した後、周りにいたDストリーマーを剣で一瞬で消し去った。


『もう、最っ悪! ......後で、アーカイブ編集して肌色見えた部分削除してやる』


少し汚れてしまった剣を、インクのなくなったペンのように振った後、私は背中の鞘に剣を収めた。すると、アナウンスが奇妙なことを聞いてきた。


<ラッシュを続けますか?>


乱入がなければ、もう少しだけ続けてたけど、今日はもう気分が乗らない。


「もういや! やめる!!」


そう言うと、アナウンスは聞こえなくなった。ちょうど、魔力も尽きかけているところだったし、私はエレベーターで1階へと戻った。






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