私たちの王国

@tokizane

第1話 死後の恋

私には好きな人がいる。

 その人は容姿端麗、学業優秀でおまけに国内有数の名家の子息、幼いころから帝王学を受け将来は政治家としてこの国の未来をになう人物だ。



 私にとって邪魔な存在は彼と私の同級生、同じ学校にかよう一人の女子生徒だった。美人で、明るくて、男女を問わず社交的で、何事にも一生懸命で、困った人を見たらすぐに声をかけ助ける。身分の低い……家の使用人や学校の用務員にすら敬語を使うような……そんな女を私は始めて見た。「身分」というものをまるで知らない女なのだ。

 この学校に入学する条件は親の資産と家柄ーーこの二つに尽きる。名の知れた大貴族の跡取りであるとか、二百年の歴史を持つ会社の御曹司なんてのがそこらじゅうにいる環境にあって彼女は浮いていた。彼女の身分ステータスは普通すぎた。

 彼女が虐められるでもなく学校生活を送ることができたのは、彼女自身のコミュニケーション能力の高さによるものなのだろう。彼女に対して突っかかっていった生徒は男女を問わず数知れず、しかし、数日経つうちに彼女と仲良くしゃべりながら歩いている。……放った刺客が返り討ちにあっているのをまざまざと見せつけられているかのようだった。

 いや、彼女のことなど気にしても仕方がない。問題は彼だ。

 私の意中の人物は国中のエリートばかり集まるこの学校で一番有力な生徒。将来政府の長にすらなってもおかしくはないとみんなが口を揃えて彼をほめたたえる。

 私は彼にふさわしい女性になろうとした。容姿を磨き、学業で遅れをとらず、そしてそんな私に似つかわしい同級生たちを自分の周囲に配置した。私は「本物の友情」を演じ続けることは苦ではなかった。すべては彼に振り向いてもらうために。

 私は周りのクラスメイトたちに演技をし続けてきた。


 彼女は誰にも嘘をついたことなどないだろう。

 彼女は聖女。私は天使の仮面を被った悪魔だ。


 私は彼女に憧れをもっていたのかもしれない。

 彼女から眼が離せなくなるときがある。あの長い黒髪。長い手足。大きな眼。彼女の思っていることを素直に伝えてくれる瞳。普段キリリと結ばれた口元は、誰かと話をしているときにほころんだように大きく開き笑う。

 彼女と話をしたらどんなだろう? 彼女は私になにを話し、私はどう感じるか?

 いやダメだ。それはダメ。

 彼女はマイノリティなのだ。使用人の仕事を手伝うような卑しい女は私と話をする資格がない。

 私は『プレイヤー』なのだ。目的は彼と結ばれることであって、余計なことに時間を費やしている時間はない。


 ある日私は彼を誘った。ベッドに。

 彼は断った。

「彼女に惹かれているんだ。君の誘いにのることはできない」


 だから彼女を殺した。

 夜彼女を巧みに誘いだし崖から突き落とした。


 なんの証拠も残らないはずだ。

 私たちがここにいることは誰も知らない。

 谷底に落ちた彼女の死体はしばらく発見されないだろう。

 学校の寮まで歩いて一〇分。こんな遅くに出歩いている人間はいない。地面に置いたランタンを手に早足で帰ろう。帰って眠って「聖女行方不明」という事件発生に備えるべきだ。捜査機関や遺族がおしかけてくる。私は素知らぬ顔をしてさえいれば良いのだ。

 罪悪感など抱くな。

 私は損得勘定で殺人に及んだはずだ。

 彼女がいなくなれば彼は私を選ぶはずだ。そうなるよう彼の人間関係を操作してきたのだから……。

 私は加害者だ。被害者に恨みがあって凶行におよんだのではない。

 彼女はなにも悪くない。

 彼女が彼に色目を使ったわけじゃない。そんなことはわかっている。あの子は純真爛漫で清純で……まだ誰の者でもない。男を知っている表情を見せなかった。

 誰かの行為に不満をもったり憤ったりすることのない少女だった。

 いや、それは私が知らないだけなのかも。本当は怒ったり、悲しんだり……そういうネガティヴな面を見せることもあったのだろう。人間的で、普通で……そういう彼女の一面を……。

 なぜ私は彼女と話そうとしなかったのだろう?


 崖のまえに立った彼女の背中を押して、どれくらいの時間が経っただろう。一〇分? 二〇分?

 私は顔を上げた。

 青い部屋着を身につけた彼女の姿がそこにあった。月明かりを浴びた彼女は、神々しいまでに美しかった。

 彼女はいたずらでもされたような(食べようとしていたお菓子を横取りされたみたいな)反応を見せる。きょとんとした顔で私を見つけ、そしてむすっとした顔でこう言った。

「まさか殺されちゃうだなんて思ってなかったわ。ねぇ、教えて。どうして私にあんなことしたの?」

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