第16話 ラブレターの真意

「無事に進級できそうで良かったね」


「そうですね♪」


 翔利と瑠伊は無事に進級できるみたいだ。


 それは良かったのだけど、最近瑠伊がとても元気だ。


 いい事だけど、あまり可愛い顔をしたら引く手あまたになるからやめて欲しい。


「そんなに嬉しいの?」


「なにがです?」


「それ」


 翔利が瑠伊の前髪を指さす。


「はい! 一生大事にします」


 瑠伊が髪に付けている髪留めを触りながら言う。


 それは翔利があげた髪留めだ。


 あれから毎日付けて、寝る時は枕の隣に置いている。


「危ないから枕の隣に置くのはやめようよ」


「だから翔利君が抱きしめて寝返りをしないようにしてくれればいいんですよ」


「俺を寝不足にさせてどうする気?」


「次のテストで勝って毎日一緒に寝て貰います」


 どうやら瑠伊は翔利を寝かすつもりはないらしい。


「翔利君はそんなに私と寝るのが嫌ですか……」


「嫌じゃないから困ってるんでしょ」


 瑠伊と一緒に寝るのは翔利としても嬉しい。


 だけどいつ魔が差すか分からないから控えたいだけだ。


「やっぱり翔利君は貧相な私じゃ満足できませんか?」


「次その質問したら絶対に一緒に寝ないから」


「怒られました。でも私は満足です」


 怒られたと言いながら嬉しそうにしている。


「結局机そのままだったんですね」


「結果的に何もされなかったからいいよ」


 机を変えてからは結局なにも書かれなかった。


 多分新学期になる前には確認が入って変わると思うけど。


「変わりましたよね」


「なにが?」


「クラスの人達の目って言うんですかね」


「……そうだね」


「元を知らないなら無理に合わせなくていいですよ」


 言われてみたら少し違う気がする。


 翔利と瑠伊が戻って来た時は瑠伊に奇異の目を向けていた奴らが、今では翔利にその目を向けている。


「翔利君、今では恐れられてますから」


「なんで?」


「色んな人を脅し過ぎたからですね」


「自業自得じゃない?」


 瑠伊に迷惑をかけるような奴は脅して何もさせなくされるのが当たり前だ。


「そもそも俺は口頭注意しかしてないだけいいじゃん。影で殴ったりした方が良かった?」


「それだと翔利君が悪くなるから駄目です」


「でも陰口ぐらいはあるでしょ?」


「さすがに私に聞こえるところではしてないんじゃないですかね」


 翔利は別に瑠伊の事を悪く言われる訳でないのなら興味がないから無視するのだけど。


「あ、そういえば」


 瑠伊が何かを思い出したように鞄を漁る。


「これが下駄箱に入ってたんです」


「手紙?」


「ご丁寧に『一人の時に見てください』って書いてあるんです」


「じゃあ見よっか」


「翔利君ならそう言うと思いました」


 瑠伊はそう言って手紙を丁寧に開き始めた。


「あぁ……」


 瑠伊が中身を見てから、丁寧に戻した。


「悪口?」


「ではないです。ないですけど、翔利君には見せられないので帰りましょう」


「秘密?」


「これはですね。このお手紙をくれた人が可哀想なので見せられないやつです」


 瑠伊の反応から悪い事が書かれていた訳ではないのが分かるので詮索するつもりはない。


 だけど気になる。


「見せて」


「嫌です」


「じゃあ今日一緒に寝る約束はなしで」


「お納めください」


 瑠伊が手紙を翔利に両手で差し出してきた。


「読んでも怒らないでくださいよ」


「それは内容によ……」


 翔利が手紙の冒頭を読んで握り潰そうとしたのをギリギリ止めた。


 これはいわゆるラブレターというやつだった。


「読まない方が良かったですよね?」


「今、俺の中では二つの意見で分かれてるんだよね」


「当てましょうか?」


「当てて」


「それが本当にラブレターだったら、私が認知されだした事に嬉しいけど悲しい気持ち。それと嘘だった場合は書いた人をどうやって後悔させようかですか?」


「九割正解」


 正しくは「可愛い事が認知された事」だ。


「自分で言うのが恥ずかしかっただけですよ」


 瑠伊はそう言って翔利にジト目を向けてきた。


「翔利君はどっちだと思います?」


「ちゃんと読んでないし読む気もないから正確には分からないけど、本気の方だと思う」


「まぁ翔利君も有名人ですからね」


 瑠伊に手を出したら翔利に何をされるか分からない事は少なくともクラスの人は知っている。


 そして瑠伊の事を知っているなら翔利の事を知っていてもおかしくない。


 だから瑠伊に嘘告白なんてしたらどうなるか分かるはずだ。


「普通の告白なら翔利君は何も干渉しないんですか?」


「それは瑠伊の意思を尊重するよ」


「本音を言ってくれないと今日は私が抱きしめますね」


「瑠伊とは離れたくない。だけどもし瑠伊が俺とは違う人と一緒に居たいって言うのなら何も言えない」


 瑠伊と離れるなんて考えたくもないけど、それを瑠伊自身が選んだのなら翔利に否定する権利はない。


「わがままを言うなら?」


「瑠伊が今『どんな事をしても止めて欲しい』とか言ってくれるのなら全力で止める」


「どんな事をしても止めてください。私だって翔利君から離れる気はありません。もし離れようとするのなら、それは私の意思ではないです」


 瑠伊がそう言ってくれるのなら翔利も気兼ねなく瑠伊を止める事ができる。


「じゃあこれは会いに行くって事?」


 翔利が手紙を瑠伊に返しながら言う。


「そうですね。お断りをしに行かないとです」


「じゃあ付いてく」


「そうですね。もしも何かの間違いで告白を受けてしまったら大変です」


 瑠伊が可愛く笑いながら言う。


「瑠伊の可愛さで我を忘れて手を出そうとする屑かもしれないしな」


「すぐそういう事を言うんですから」


 瑠伊が呆れたように、でも恥ずかしそうにして立ち上がる。


「行きましょう」


「うん」


 瑠伊から差し出された手を取って翔利も立ち上がり、二人で指定された場所に向かう。




 呼び出された場所は定番の校舎裏だった。


 角を曲がる前に瑠伊から「翔利君は待っててください」と言われたので、瑠伊の事が見える位置で見守る事にした。


 覗くとそこには一人の男子が立っていた。


 誰かは分からないが、遠目でも分かるぐらいにイケメンに分類されるのが分かる。


 瑠伊に気づいたイケメンは瑠伊に「待った」みたいに手を出して何かを喋り出した。


 聞こえないが、瑠伊が驚き、何かを考え出したのが見える。


(なんか嫌な予感)


 ここにきて新たな選択肢が増えた。


 もしそうなら実害はないけど、多分めんどくさい事にはなる。


 そんな事を考えていたら瑠伊がイケメンを連れて帰ってきた。


「翔利君」


「付き合う事になったのか」


「なんで分かったんですか?」


「茶番だから」


 翔利がそう言うと瑠伊が「やっぱりバレました」とイケメンにジト目を向けたので、手を引いて離した。


「でも嫉妬はしてくれたよ」


「満足です」


 翔利はなんだかモヤモヤしたので瑠伊とイケメンの間に入りイケメンに威嚇(睨んだだけ)した。


「なんか大内さんの一人勝ちみたいになっちゃった。怒られそ」


「愛されてないんだな」


「そうなんだよ。俺はこんなに愛してるのになぁー」


 イケメンがわざとらしく大きな声で言う。


 すると翔利の正面で、イケメンの背後から小さい子が走って来た。


「うっさいわボケー」


 小さい子がイケメンにドロップキックをしようと飛んだが、それを綺麗にイケメンによってお姫様抱っこされた。


「全く、俺が他の女の子と仲良くしてるからって嫉妬しちゃってー」


「してないけど? てか下ろせし」


 小さい子がニマニマしているイケメンの腕の中で暴れる。


「翔利君が怒る前に訂正します。別に仲良くしてません」


「大内さんもこう言ってるから勘違いだよ」


「だからしてないっての。てか、私の提案だろうが」


 小さい子は一向に下ろして貰えず、ぽかぽかとイケメンの事を叩いている。


「帰っていいよね?」


「翔利君。めんどくさいからって駄目ですよ。多分翔利君はお二人のお名前も知らないですよね?」


「俺が学校で知ってるのは瑠伊だけだから」


 後知っている名前は霧島ぐらいだ。


 でもあれは翔利の中で知っているにカウントされない。


「忘れられてやがんの」


「うちの子は可愛いなぁ」


「誰がうちの子だ」


 だんだんこの馬鹿みたいな漫才が面白くなってきた。


「もう少し放置する?」


「翔利君が人に興味を……。これは華さんにお知らせせねば」


「やめて。俺赤飯嫌いなの」


 華は翔利が赤飯を好きではないのを知っているが、何かめでたい事があると赤飯を炊こうとする。


「私が食べさせても駄目ですか?」


「食感が嫌なんだもん」


「く、口移しはまだ早いですよ」


 翔利は別にそこまで言っていないけど、照れる瑠伊が可愛いので頭を撫でておいた。


「なんか無視されてない?」


「俺達がイチャイチャしてるからだよ」


「してねぇわ」


 小さい子がイケメンの胸を殴って無理やり飛び降りた。


 運動神経がとてもいいらしい。


「私の事を知らないみたいだから教えてやる。私は」


伊藤いとう 紗良さら、十六歳です」


 イケメンが答えると紗良と呼ばれた小さい子がイケメンのみぞおちに綺麗な正拳突きをした。


「人の言葉を取るな、殴るぞ」


「俺、紗良になら何されてもいいけど、シンプルな暴力は泣くよ」


 イケメンが地面に膝をつきながら涙目で紗良を見る。


「この残念イケメンはたいら あらた。私とこれはあんたの事を知ってるよ」


 紗良は新と呼ばれたイケメンを無視して翔利を睨む。


「俺は知らない。夫婦漫才終わったなら帰っていい?」


「誰が夫婦だ。せっかくあんたを絶望させて鬱憤を晴らしたかったのに」


「瑠伊が楽しそうに協力してなかったら何してたか分からないやつね」


「翔利君が怒ってます。せっかくご機嫌だったのに」


 瑠伊はそう言って紗良にジト目を向ける。


「え、私のせい? ごめんなさい」


 紗良が丁寧に頭を下げた。


「紗良はいい子なんだよ」


 新がみぞおちを押さえながら苦悶の表情で言う。


「なるほど。ツンデレね」


「そうそう」


「違うわ」


 紗良はそう言って新にデコピンをした。


「一応謝ったけど、許せないなら何かするけどなにがいい?」


「本当にいい子だな。じゃあ平を慰めてやってくれ」


「え、普通に嫌だけど」


「紗良、迷惑をかけたんだから言う事聞いて」


 新が目をキラキラさせながら紗良に言う。


「……帰ったらするよ」


「佐伯君と大内さん、聞いたね」


 新が辛そうだけど嬉々として翔利と瑠伊に聞く。


「早く帰ろう。じゃあね」


 新が紗良をお姫様抱っこして立ち去る。


 その際紗良が「下ろせ馬鹿」と叫んで新を殴り続けていた。


「痛そう」


「伊藤さんの事、少しも知りませんか?」


「俺が知ってるとでも?」


「思いませんけど。翔利君よりも有名人ですよ、多分」


 伊藤 紗良は文武両道を極めた少女らしい。


 テストでは常に一位。


 体育の成績も満点で、格闘技もいくつか習っており、全てでいわゆる段のレベルらしい。


「つまり俺への鬱憤って」


「テストで翔利君に負けたからでしょうね」


「俺、悪くないじゃん」


「初めての負けで悔しかったんじゃないでしょうか」


 翔利には勝ちに拘る程の熱量が何に対してもないから分からないが、紗良に取ってはそれだけの事なのだろう。


「でも翔利君、私が平君を見ただけで嫉妬してましたよ」


「同じか」


 翔利が唯一譲りたくないのが瑠伊に関する事だ。


 それだけは誰にも譲らない。


「もう帰ろ。今日はもう瑠伊ととにかくずっと一緒に居たい」


「お風呂も一緒に入ります?」


「入りたいけど俺の理性が飛びそうだからやめとこ」


 瑠伊と一緒にお風呂に入ったら、欲望に任せて瑠伊に何かをしそうで怖い。


「私は別にいいですけど、翔利君を困らせたくないのでいい子になります」


「その代わりに一緒に寝てね」


「私は最初からそのつもりです」


 そんな事を話しながら校門へ向かう。


 新学期への憂鬱を抱えながら。

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