第5話 一つの質問

「瑠伊さん」


「なんですか?」


「ありがたいんだけど、もう自分で食べられるよ?」


「安静にしててください」


 瑠伊と友達になってから数週間が経ち、翔利の腕と足は少しなら動かせるようになった。


 だから食事も自分で食べられるのだけど、瑠伊がそれを拒絶する。


「確かにまだ持ちづらいけど自分でやらないと……ほら、リハビリ」


「あーんです」


 瑠伊は笑顔で食事を運んでくる。


「ずるいんだよ」


 そして翔利はそれを照れくさそうに食べる。


「リハビリはリハビリの時にやればいいんです。ベッドの上では私にお世話させてください」


「言い方よ。それより学校は俺と一緒に復帰なんだよね?」


「はい。と言っても後一ヶ月とちょっとで二年生ですけど」


 今はもう二月に入っている。


 だからそろそろ退院したとして、学校に戻っても一ヶ月の少しで学校は終業式になる。


「めっちゃ休んでるけど進級できるかな?」


「休みの日数的には大丈夫だと思いますけど、テストが心配ですよね」


「勉強はしてるじゃん」


 瑠伊は何も翔利と話をする為にだけ来てる訳ではない。


 遅れてしまう勉強を翔利と一緒にやっていた。


「佐伯さんは頭がいいからそんな余裕なんですよ」


「瑠伊さんが言う?」


 翔利は学校に友達も居らず、特にやる事も無かったから暇つぶしで勉強をしていた。


 そしたら学年六位を取っていた。


 瑠伊も勉強しかやる事が無かったからと勉強をしていて学年十位を取っている。


「お互い一学期と二学期の貯金があるから平気かな?」


「また別のものにも感じますけど、もしもの時は特別措置をするって華さんが言ってました」


「ほんとばあちゃんって何者なんだよ」


 華は翔利の通う高校の校長と知り合いのようなので、もしもの時はほんとにどうにかする。


 他にも警察や近場ではスーパーの店長、ご近所さんに至っては全員が挨拶をしてくれる程だ。


「華さんは今日もなにをしてるんでしょうか」


「さぁね」


 華は翔利が入院してからの世話を瑠伊に任せて自分の用事を済ませる為に帰っている。


「ばあちゃんがやる事なんだから大切な事なんでしょ。もしかしたら世界を救ってるのかも」


「それは……無いとも言えないですよね」


 華はとにかくなんでも出来るから世界を救っていると言われても納得してしまう。


「あーんです」


「あれ? 話逸らしたつもりだったんだけど」


 結局完食まで瑠伊さんは箸を手放さなかった。




「今日も勉強する?」


 翔利の昼食が終わり瑠伊も軽く昼食を食べ終わったのでリハビリに行く前に食休みを何にするか瑠伊に尋ねる。


「お勉強と言っても、やり過ぎて二年生の半分ぐらいまでは終わっちゃってるんですよね」


「やる事ないからってやり過ぎたよね」


 元から勉強は無意識で進めていたけど、今回はさすがにやり過ぎている。


「あんまりやり過ぎて忘れても大変だからちょっと休憩か復習する?」


「一日挟んでちゃんと覚えてるか明日確認するのでいいんじゃないでしょうか」


「そうだね。またばあちゃんに怒られるだろうし」


 翔利と瑠伊はずっと勉強しかしてないので華に「もう少し青春を謳歌してもいいんだよ」と呆れられている。


 だけど翔利はまだそんなに動けないから瑠伊と話をするか勉強ぐらいしか青春を謳歌することが出来ない。


「いつも話しながら勉強してるけど、今日は話だけしようか」


「はい」


「……」


「……」


 お互い沈黙が流れる。


(何の話すればいいの?)


 いつもは勉強しながらだから、分からないところや、翔利が手伝って欲しい時に話しかけてその派生で話が続くけど、いざ話すとなると話題が思いつかない。


「こんなところで人と話さなかったことの弊害が」


「私もすいません」


「じゃああれしよう」


「あれ?」


「下手をしたら関係が崩れることで有名な質問ゲーム」


 有名というのは翔利が適当に言っただけだ。


「質問ゲームですか?」


「お互いに質問をしていってそれに答えるの」


「それでどうして関係が崩れるんですか?」


「質問が被ったり、聞きたいことが無くなったら相手にそこまで興味が無いってことだから」


「なるほど」


 と、翔利はあたかも元からあるゲームの内容を説明しているようだけど、翔利は一緒にゲームをするような相手がいなかったから今適当に言っているだけだ。


「関係崩したくないから質問は三つまでにしようか」


「三つですか」


「多かった? じゃあお互い一個で」


「私に譲歩したように見せて佐伯さんが質問無いんじゃないですか?」


「……そんなことないよ? 俺は瑠伊さんに興味津々だから」


 翔利としては聞きたい事は沢山ある。


 だけどそれを本当に聞いてもいいのかという疑問があるから、仕方なく一つにした。


 断じて瑠伊に興味が無い訳ではないと言い訳を心でしているけど。


「私は佐伯さんにならなんでもお話しますからね」


「いつかちゃんと聞くね」


 翔利の言葉に瑠伊が笑顔で頷く。


「質問なんで笑顔がそんなに可愛いんですかでいい?」


「答えられない質問は却下です」


 瑠伊が顔を赤くしながら翔利にジト目を向ける。


 それも可愛いと思ったけど、言ったら俯いてしまいそうなので翔利は心の中だけに留めた。


「じゃあ俺から。誕生日いつ?」


「それってこれで聞かないと駄目なやつですか?」


「なんか恥ずかしいじゃん」


 翔利はずっと瑠伊に何かお礼がしたいと考えている。


 だけど普通にお礼をしても瑠伊は断る可能性が高いから誕生日にお祝いをしてそれをお礼にしたかった。


 だけどいざ誕生日を聞こうとすると、恥ずかしくなって聞けなかった。


「佐伯さんって変なところで恥ずかしがりますよね」


「だって女子と話すの初めてなんだもん」


「じゃあ可愛いって言うのも恥ずかしがってくださいよ」


「それは違うんだよ。反射的に言ってるだけ」


 目を突かれそうになったら目を閉じるのと同じで、可愛い瑠伊を見ると口が勝手に可愛いと言ってしまう。


「病気かもね」


「ここちょうど病院なので診て貰った方がいいんじゃないですか?」


「瑠伊さん最近辛辣だよね。可愛いからいいけど」


 瑠伊は未だに敬語は抜けないけど、言う事を言うようになった。


 翔利からしたら仲良くなった感じがして結構嬉しいことだ。


「今の可愛いって絶対反射じゃないですよね」


「細かい事は気にしなくていいの。それで誕生日いつ?」


「細かくないですよ……。一月の十二日です」


「過ぎてんじゃん!」


 過ぎてると言うより翔利と瑠伊が初めて会った日がその日だ。


「ばあちゃんは知ってる?」


「知らないと思います。少なくとも私は言ってないです」


「じゃあ俺が退院したらお祝いするからプレゼントなにがいい?」


 翔利はサプライズなんてものはしない。


 華に何かあげる時も毎回なにが欲しいのかを聞いてからあげるようにしている。


「大丈夫ですよ? 誕生日はそんなに好きではないので……」


 瑠伊の顔が久しぶりに暗くなった。


「そんなの知らないから。好きじゃないなら好きにさせる。だからなにが欲しい?」


 翔利にとっては瑠伊の事情は聞いてないから知らない。


 翔利の気持ちとしては瑠伊の嫌な事を全部塗り替えるつもりでいる。


 その手始めに誕生日を楽しい思い出にする事にした。


「佐伯さんは強引です。欲しいものですか……」


 瑠伊が翔利に小悪魔みたいな笑みを向ける。


「佐伯さんが欲しいって言ったらどうします?」


「そんなのいくらでもあげるよ。俺の全てをあげて瑠伊さんが喜んでくれるのなら」


 翔利からしたら瑠伊に全てを捧げることに何の躊躇いもない。


 だけど翔利は気づいていない。


 瑠伊が言ったのが恋人的な意味で、からかっただけなのを。


「瑠伊さん?」


「分かってます。佐伯さんは勘違いしてるだけです」


 瑠伊が顔を赤くして小さい声で呟き、深呼吸を始めた。


「欲しいものは考えておきます。私の質問は同じのでいいですか?」


「まぁ一つならそうなるよね。俺の誕生日は二月の三日。節分の日なんだ」


「……」


 瑠伊が黙って真っ直ぐに翔利を見つめる。


「どしたの?」


「過ぎてるじゃないですか! しかも昨日」


 病室だから声は抑えているけど、瑠伊が怒るのは珍しい。


「なんで言わないんですか!」


「そのまま返します」


「私は嫌いだからいいんです」


「理不尽な。それに昨日ばあちゃんが『おめでとう』って言ってたよ」


 さすがに病室で誕生日を祝ったりプレゼントをあげるのは控えたようだ。


「それは退院の日が決まったからかと」


「まだいつか知らないよ?」


 退院の日は当日に知らされる事が多いから翔利もいつ退院なのかは分かっていない。


 だけど骨折の場合は入院が一ヶ月ぐらいと聞いたからそろそろのはずだ。


「多分ばあちゃんが退院したら何かしてくれると思うからその時に瑠伊さんの誕生日を一緒に祝おうか」


「……ずるいです」


 瑠伊は不服そうだけど、怒りは静まったようだ。


 元からそんなに怒ってはいなかっただろうけど、今は嬉しさが勝っているように見える。


「佐伯さんは何が欲しいですか?」


「じゃあ瑠伊さん」


「意味分かって言ってます?」


「ずっと一緒に居よって言いたかった」


 翔利の言葉に瑠伊が顔を真っ赤にして俯いた。


「ずるです。ずるいんです」


 その呟きは翔利には届かなかった。


 瑠伊はそれを吹っ切るように立ち上がり、翔利に「リハビリ行きましょう」と言って翔利を支えながらリハビリ室に向かった。


 翔利がリハビリをしている間、瑠伊は何かを考えながら翔利を眺めていた。

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