第2話 なんでもやります

「おはようございます」


「おはよう、大内さん」


 翔利が病室で暇を持て余していると、翔利の嫁候補兼お世話係(両方予定)の瑠伊がやってきた。


 昨日は瑠伊の引っ越しがあるからと華と一緒に帰って行った。


 なのでお世話係は今日が初めてになる。


「ばあちゃんに変なこと言われたりしてない?」


「はい。華さんには大変優しくして貰いました。お母さんが生きてた時みたいに……」


 翔利は瑠伊とお互いのことを詳しく話した訳ではない。


 だから実の親の話をしている瑠伊に同情から余計なことは言わない。


「ばあちゃんには気をつけてね」


「なにをですか?」


「甘やかされてばあちゃん無しには生きられなくなるから」


 これは翔利の体験談だ。


 華は孫である翔利を溺愛しているので、何かにつけて甘やかす。


 翔利もそれは嬉しいことなので受け入れていた結果、お互いに居ないと駄目な関係になった。


「確かに華さんって色んなことをしてくれるので、その……」


「優しさの押し売りがすごいよね」


 瑠伊はおそらく今までの環境では優しくされてなかった。


 実の両親が居た頃は分からないが、少なくとも昨日来ていたおばさん達に引き取られてからは優しさを受けることは無かったと思われる。


 だから華の純粋な優しさに戸惑っているように見える。


「私の悪口かい?」


「ばあちゃんがいかにいい人かを話してただけだよ」


 華が翔利の着替えなんかの荷物を持って病室に入ってきた。


「やっぱり私が持ってきた方が」


「いいのいいの。ばあちゃん元気が有り余ってるから」


 瑠伊が不安そうに言うので、翔利が軽くフォローした。


「そうだよ。瑠伊さんみたいな若い子との会話が翔利には必要なんだから」


「まるで俺がばあちゃん以外の人と話してないみたいな言い方して」


「してんのかい?」


「え、してないよ?」


 翔利にはおよそ友達と呼べる人がいない。


 翔利自身が必要としてないのもあるが、何よりが無かったのも理由の一つだ。


「そういえば大内さんって何年生?」


「え、あ、一年生です」


「良かった同い年だ」


「今更敬語を気にしても遅いよ」


 華がそう言って翔利の頭を軽く叩いた。


「何組?」


「二組です」


「……そうなんだ」


「翔利……」


 翔利のクラスも二組だ。


 だけど他人の関わる気が無かった翔利は同じクラスの人を知らない。


「いや、まだ可能性はある。俺のこと知ってたりする?」


「えと、その……はい」


「気を使わせてすいません」


 翔利が瑠伊に頭を下げると、対応の仕方が分からないとか、瑠伊がオロオロしだした。


「これ以上は傷が増えるだけだからいいや。後これも今更なんだけど大内さんで大丈夫?」


「あ、はい。大内は両親の性なので」


 翔利がなんでそんなことを聞いたのか瑠伊はすぐに分かったようだ。


 両親との死別後は基本名字はそのままだけど、名乗りだけ変えることもあるかもしれない。


 それに旧姓だと昔を思い出すから名字呼びを嫌がる人もいるかもしれないからと翔利は今更聞いてみた。


「そんなの気にするなら名前で呼べばいいじゃない」


「俺は別にいいけど、会ってすぐに名前で呼ぶのが許されるのか分かる程人付き合いしてないからさ」


「誇るな誇るな。瑠伊さんはどう? 翔利に名前で呼ばれるのは嫌かい?」


「い、いえ」


「そう? じゃあ瑠伊さん」


 翔利がそう言うと「さん付け……」と華が渋い顔をしているが、いきなり呼び捨てもおかしいはずだからと無視をした。


「瑠伊さんに聞きにくいこと聞くけどいい?」


「……はい」


 瑠伊の表情がずっと暗かったけど、更に暗くなった。


「学校行かなくていいの?」


「え?」


 今は平日の午前九時で普通に学校の時間だ。


それに瑠伊は制服を着ている。


「瑠伊さん。翔利のこれは単純な心配だからね」


「あ、そういうことですか。それなら大丈夫です。精神状況が不安定ということで私もしばらく病院に通うことになっていて、それを口実に学校を休んでいるので」


「じゃあ俺が退院したら一緒に学校行こうね」


「……あの」


 瑠伊が何かを決心したように翔利の目を一瞬だけ見てすぐに逸らした。


「何?」


「わ、私を恨んでないんですか?」


「恨む?」


 翔利には本気で意味が分からなかった。


 むしろ勝手なことをした自分こそ瑠伊に恨まれるべきだと思ってるぐらいだ。


「私のせいで入院する程のお怪我をしたことに対してです」


「あ、それのこと」


 瑠伊が震えながら俯いて、翔利は自分の固定されている両手足を見ている。


「俺がしたくてしたことだし。あれだよ、名誉の負傷的な」


「でも、その足では……」


「知ってたの?」


「佐伯さんは有名人ですので」


 佐伯 翔利はそれなりに有名人だ。


 天才サッカー少年としてテレビに出たこともある。


 だけどこの足では完治しても今まで通りにサッカーは出来ないと言われた。


「私は佐伯さんの人生を狂わせたんです。だから恨まれて当然なんです。なのに佐伯さんは私を責めないで居場所を与えてくれました。だから正直に聞きます。私はこれからなにをして償えばいいんですか?」


 瑠伊が怯えてはいるけど、初めてちゃんと翔利の目を見た。


 見られた翔利は黙って瑠伊の目を見返している。


「翔利、見惚れて無視するな」


「ごめん。初めてこの距離で瑠伊さんの顔をちゃんと見たから」


「ごめんなさい。醜い顔を見せて」


 瑠伊が慌てて俯いた。


「今ばあちゃんが見惚れてって言ったのに。まぁいいや。償いって言うなら昨日ばあちゃんが言った通りに俺のお世話って言うかお手伝いしてくれる?」


 昨晩の晩御飯は看護師さんに食べさせて貰ったけど、出来ることなら知り合いに頼みたいところだ。


「もちろん瑠伊さんが嫌ならいいけど」


「私に出来ることならなんでもやります」


「ありがとう。着替えとかはばあちゃんに頼むか……」


 そこまで言って翔利は感じた。


 背後に座る華のニマニマを。


「瑠伊さん、なんでもするんだよね?」


「え、あ、はい」


「ばあちゃんやめなさい。ほんとに」


 翔利の制止を聞いても止まる気がない華だった。


「じゃあ全部をお願いね。この歳になると立ったり座ったりだけで疲れちゃって」


「嘘つくな。どうせ今日の朝からランニングしてたんだろ」


 華は毎朝結構な距離をランニングしている。


 前に翔利も付き合ったことがあるけど、サッカーで鍛えられた翔利なら付いて行けるペースと距離だった。


「じゃあランニングで疲れたから」


「どうせ帰ったらまたランニングするんでしょ」


「今日はがあるからしないよ。軽くフィットネスはやるけど」


「元気じゃん……」


 華はなにを言っても譲る気はないようだ。


「瑠伊さんも嫌なら嫌って言っていいよ」


「お着替えや身体を拭くこととかならやります」


 瑠伊からの援護射撃を期待したら、逆に背後から撃たれた


「瑠伊さんはいいって言ってるけど?」


「……まぁ瑠伊さんがいいならいいのか」


 翔利としても別に瑠伊さんに身体を触られるのが嫌だとかはない。


 むしろ役得なのでは? と思うまである。


「トイレ関係はさすがにばあちゃんお願いね」


「それも瑠伊さんに」


「いや、普通に恥ずかしいから」


 大抵のことには興味がない翔利でも、さすがに下の世話を同級生の美少女にやらせるのは恥ずかしいし可哀想で嫌だ。


「瑠伊さんは嫌?」


「私はなんでもやります」


「じゃあ瑠伊さんに」


「やらせないからね」


「分かってるよ。翔利に嫌われたくないからね」


 華は納得している様子だが、何故か瑠伊が残念そうな顔をしている。


 なんとか恥ずかしい思いをしなくて済んだと思った翔利だけど、これから恥ずかしい思いをすることをまだ知らない。

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