パーティーに行ってみた――2

「はい、秀次です」

『やあ、秀次。元気にしているかな?』

「つい昨日、風邪を引きました」

『それは大変だ! 体調はどうだい?』

「いまはすっかりよくなっていますよ。心配しなくても大丈夫です」

『ふむ……蓮華さんが看病してくれたおかげかな?』

「……小型カメラか盗聴器でも仕込んでるんですか?」

『まさか。蓮華さんの人となりを踏まえての推測だよ』


 ジト目で尋ねる俺に、父さんは朗らかな声で答えた。


 父さんの発言を受けて、俺は疑問を得る。


 蓮華の人となりを知っている? 息子の見合い相手といえど、看病しているかどうかを当てられるほど、詳しくなれるものなのか?


 昨日は平日で、蓮華は学生。俺の看病よりも学業を優先すると考えるのが自然だろう。俺と蓮華の婚約は政略結婚なのだから、なおさらだ。


 だが、父さんはそちらの可能性に見向きもせず、『蓮華は俺を看病した』と推測した。蓮華の人となりを熟知しているとしか思えない。


「どうして父さんは、蓮華について詳しく知っているんですか?」

『息子の伴侶になる子だよ? お見合いの前に調べるのは当然だろう?』


 父さんが即答する。


 お見合いの前、父さんは、『蓮華が俺のコンプレックスを解消してくれる』と言っていた。そのことを踏まえれば、父さんの返答には納得がいく。


 まあ、たとえ嘘だったとしても、財界のトップに立つ父さんに、化かし合いで勝てる気はしないけどな。


 ひとまず納得したところで、父さんがにこやかに続ける。


『その様子では、蓮華さんと上手くやれているようだね』

「まあ、それなりには。振り回されっぱなしでやたら疲れますけど、いまのところ問題はないです」

『ツンデレなきみにしては最上の褒め言葉だね』

「……からかうつもりなら切りますよ?」

『おっと、それは困る。すまないね』


 言いながら、父さんがクスクスと笑みを漏らす。俺の態度から父さんとの会話内容を推察したのか、蓮華までもが、面白がるようにニマニマしていた。


 どいつもこいつも……俺をからかわないと死ぬ病気にでもかかっているのか?


 俺がこめかみをピクピクさせるなか、父さんが本題を切り出す。


『電話したのは頼み事があるからなんだ。今週末にパーティーがあるのだけど、蓮華さんとふたりで行ってきてくれないかな?』


 企業の経営者は、人脈を広げる目的でパーティーを主催したり、出席したりする傾向にある。俺も、父さんに連れられてよく出席したものだ。


『どうだろう? 予定がなければお願いしたいのだけれど』

「俺は構いませんけど……蓮華も一緒になんですか?」

『ああ。きみたちが婚約したことを、そこで広めてほしいんだ』

「なるほど。山吹グループと月見里グループの合併をアピールしてほしいわけですね?」

『そういうことだよ』


 父さんの頼みを聞いて――俺は渋い顔をした。正直、気は進まない。蓮華との婚約を広めるなんて、こっぱずかしくてしかたないからだ。


 だが、父さんの頼みとあれば断れない。それに、次代の会長(候補)として、グループに貢献するのは使命だしな。


「わかりました。蓮華にも予定をいておきます」

『ありがとう。頼むよ』


 内心で嘆息しながら承諾すると、父さんが礼を告げ、通話を切った。


 俺と父さんの通話を見守っていた蓮華が尋ねてくる。


「どういったご用件だったのですか?」

「今週末にあるパーティーに、きみとふたりで出席してほしいそうだ。俺ときみの婚約を広め、山吹グループと月見里グループの合併をアピールするためにな」


 内容を伝え、俺は蓮華に訊く。


「そういうわけなんだが、きみの予定――」

「大丈夫です!」

「食い気味」


 蓮華が飛びつくような勢いで快諾する。あまりにも乗り気すぎて、俺は若干引いた。


 蓮華の瞳はキラキラと輝いており、顔つきは喜色満面。新しいおもちゃを買ってもらえる子どものようなはしゃぎっぷりだ。


「え? なんでそんなに乗り気なんだ?」

「だって、秀次くんと婚約したことをアピールできるんですよ!? こんなに嬉しいことがありますか!?」


 心底嬉しそうに、幸せそうに、蓮華がふにゃんと頬を緩める。その笑顔が魅力的すぎて、吸い込まれるような錯覚におちいった。


 鼓動が高鳴り、胸がキュウッと疼く。甘く、温かく、けれどほんの少し切ない、不思議な感情が湧き上がってくる。


 な、なんでこんな気持ちになるんだ? なんでこんなにも蓮華を愛おしく感じてしまうんだ?


 もしかして、俺は蓮華のことが……。


 思いかけて、ブンブンと勢いよく首を振る。


 い、いや、まさかな! 風邪の影響で脳がダメージを負っているんだろう。だから、そんなあり得ない可能性を考えてしまうんだ。


 どこか言い訳めいた理由を作りだし、頭をよぎった可能性を否定した。

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