第2話

 夏休みの夏期補講からの帰り、真夏の太陽が照りつけ、僕は暑さの中茹っていた。こんな暑い日に補講なんて、と自分の通う中学校を恨む。もう三年生。あと半年もすれば卒業。だけど、祖父にその姿を見せることは、もう叶わない。


 ピーポーピーポーピイポオ……。


 遠くから、救急車のサイレンが耳に届く。熱中症で誰か倒れでもしたんだろうか。サイレンのドップラー効果がいやに僕の胸を引っかきまわす。気味が悪くなって、なんとなく足を早める。


「えっ……」


 僕の家——古ぼけた小さな食堂の前に、救急車が止まっている。


「ばあちゃんっ!」


 何でっ……。心配ないって、言ったじゃん。


「ばあちゃんっ! ばあちゃんはっ⁉︎」


「うおっ、君、喜蔵よしぞうさんとこの坊ちゃんか? 今な、婆さんが過労で倒れちまってよ、店にいた俺らが、救急を呼んだんだが……」


 佐々木喜蔵。僕の祖父の名だ。ダメだ、情報が何も頭に入ってこない。


「僕っ……、僕も、一緒に連れて行ってください」




 祖母が目を覚ましたとき、僕の顔を見て驚いたように目を見開いた。


「拓也! どうしてここに……!」


「そんなことはどうでもいい。何で倒れるまで頑張るんだよ。……大丈夫だって、心配いらないって、言ったじゃんっ……! ばあちゃんまで、いなくなったら、僕っ……」


 もう、耐えられなかった。堪えきれず、涙が頬を伝う。


「ごめんね、拓也。心配かけてごめんね。……でもね、あの店だけは、守りたいんだ」


 はっと見据えた祖母の目は、遠い日を見つめるようにまっすぐ、透明な色をしていた。


「あの店は、おじいちゃんとおばあちゃんの、宝物なんだよ。ううん、あの店だけじゃない。店に来てくれる常連さん、店に帰ってくる拓也も」


 気づいたとき、いつの間に祖母の目は僕を見ていた。


「だからねぇ、守りたいんだ、どうしても。あの店は、おじいちゃんとおばあちゃんの、全てなんだ」


「だからって、何も倒れるまでやることないだろ……! ばあちゃんまで倒れたら、元も子もないじゃんかっ……!」


「……死ぬまで続けるって、誓ったんだ、おじいちゃんと」


 祖母はゆっくりと起き上がって、僕の両手をしわしわの手で優しく包んだ。


「大丈夫。すぐに元気になって、また厨房に立ってみせるさ」


 僕はその場で、ただ泣くことしかできなかった。

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