第19話 10-3.張り込み班に配属され…

 六月に入り、皇太子ご夫妻がご成婚され、特集号が出された。和彦も全社挙げての成婚パレード取材に参加した。

 オープンカーに乗り、笑顔で手を振る皇太子ご夫妻と沿道に集まった人達が嬉々として旗を振る姿は、絵に描いたようだった。和彦は一緒にいたカメラマンからフィルムを受け取り、一刻も速く現像する為にバイクで社へ持ち帰るスタッフに受け渡す役目で、晴れやかなパレードを一瞬見た後、指定された路地裏へとダッシュした。

 皇太子ご成婚特集号の校了直後に配属替えがあり、和彦は芸能人やスポーツ選手の張り込み専門の班に配属されることとなった。

 この仕事に就いて以来の和彦の戸惑いは、ピークに達した。張り込み班記者の活動時間帯は、主に深夜。取材方法は、ターゲットの自宅や仕事場であるテレビ局などの付近に車を停め、車内から相手の動きをうかがい、自宅から出た、入った、などの事実関係の調査を積み重ねる。

 当然、相手にこちらの動きが察知されてしまうとすべてがパーになってしまうので、目立った動きは絶対にしてはいけない。車などで都内を移動する相手を追い掛ける場面も多く、相手から気付かれないよう、かつ見失わないよう、正確に相手を追うことが求められる。芸能人やスポーツ選手がよく乗る車の車種、多くは外車だが、深夜の街の中無数に行き交う車の中から相手の車を即座に見付けられるよう、熟知しておかなくてはならない。

 和彦は都内の地理に不案内であり、元々から極度の方向音痴であり、車に興味がないためにどの車も同じに見えてしまう。テレビをあまり観ず、芸能人にも興味がなく、誰が誰だか分からない。ここまで自分の資質と正反対に近い仕事をすることになるとは、和彦自身想像もしていなかった。和彦の毎日は、必然的に無様で悲惨なものとなった。教えられても基礎的な理解がないためさらに混乱し、自分が動くことで周囲に迷惑を掛け、仕事に支障をきたしてしまう。

 張り込みは毎日毎晩同じことの繰り返しで、単調な面がある。一本のネタにおおむね一ヶ月以上を掛け、粘り強く事実を積み重ねる。不倫や恋愛関係が疑われる相手と何日中何日会っている、などの事実がある程度集まってきた後、直撃取材に入る。調査している段階で、相手が移動する時、行き先を知るために車で追い掛けなくてはならない場合も多い。

 こちらが追っていることに気付いた某スポーツ選手のポルシェが猛スピードで爆走したことがあった。ポルシェは混雑する一車線の道路のセンターラインを越え、信号待ちする車の列をごぼう抜きし、発達した運動神経を駆使した運転で猛然と逃げた。和彦もセンターラインを越えて必死に追い駆けたが相手が信号無視をして走り去ったので諦めると、後部座席に乗ったカメラマンから、何で追い駆けないんだ!と罵声が飛んだ。

 休日は、疲れ果てて眠ってしまう。昼過ぎまで寝ていることが常だった。ライター講座から都営三田線で一緒に帰っていた花畑さんから電話が入ることがあった。

 花畑さんはライター講座修了後も出版界へ就職することはなく、特に変わらない生活を続けていて、常盤台の実家で両親と住んでいる。何度か約束して池袋や新宿などで食事をしたが、いつも眠そうで、どこか疲れたようで自信なさげな表情の和彦に

「なんか、週刊誌に入ってからパワーがなくなったね」

と指摘され、愕然とする。

 自分でも、自分自身がどんどん面白くなくなっているのは分かる。

 岡村からも

「無理してんなあ。らしくないなあ」

と電話で言われてしまう。

 吉田茂と飲みに行くと、今取り組んでいるゼネコン汚職の取材や、奥尻島地震の取材の時に会った人達の話などを聞かされる。

 同じ取材でも、和彦のやっている覗き見のようなことと違い、堂々と名刺を出して人と会い、中身のある仕事をしているように見える。だいぶ先を越された感じもする。タイプが違うので以前は何とも思わなかったが、ライバル心のようなものが芽生えているのが分かる。しかし、大いに興味を持って話を聞く。彼はこの仕事を通して社会を変えたい、との気迫を失っておらず、常に圧倒された。

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