第16話 9-2.一人で故郷の神社ヘ

 実家へ着くと、年が明けて一分ほどが過ぎていた。母は和彦の到着があまりに遅いので呆れ、パチンコ屋を辞めて以来伸ばし放題の髪を後ろで束ねた姿に驚いていたが、何事にも無計画で急に髪やひげを伸ばすような息子だったことを思い出したようで

「あんたらしいな」と力なく笑っている。

「ごめん、こだまがあんな遅いって知らんかったんや」

 母とは二年ぶりぐらいに会うので、老けて見えた。好き勝手な時間に帰って来た息子に年越しそばを用意してくれ、和彦がこたつに入って『ゆく年くる年』を見ながらすすっていると、父が階段を降りて来る足音が響く。「なんちゅう時間に帰ってくるんや、お前は」

 父とは電話でも話さないので会話自体が二年ぶりだが、いきなり悪態で始まる。忙しい自営業の合間に腕立て伏せなどをして鍛えている筋骨隆々の身体が、和彦には暑苦しい。冷えた身体に熱いそばが入り、さらに父が現れたことで、急激に汗ばんでくる。

 和彦はこの家にとってどうしようもない放蕩息子、という位置付けになっている。

 高校へ入った頃から学校へあまり行かなくなり、アルバイトをして外をふらつき、友人宅を泊まり歩き家に帰らないことが多くなった。成績は最低クラス。毎年、留年の危機を迎えてはどうにかぎりぎりで進級していた。

 東京へ出てからも和彦は実家へ連絡せず、時々電話を掛けてくる母に近況を最低限の言葉で伝えるのみ。パチンコ屋を辞め、アルバイトをしながら夜間の学校へ通っていることは伝えていた。週一回の講座とは言っていないが。

「お前の行ってる学校言うのは、就職先も紹介してくれるんか」

 父は単刀直入に訊いてくる。

 父の仕事はレタリングと呼ばれ、主に広告等の字体を書く。一時期はかなりの収入があったが、和彦が高校へ入った頃から注文の量が減ってきた。グラフィックデザイン業界にコンピューターが導入され始めた頃だ。

 和彦が専門学校への進学をやめたのは、家の経済事情への遠慮もあった。仕事が減ったとは言え、連日この時間まで机に向かっている。忙しかった頃は、毎日深夜二時、三時まで仕事をし、徹夜も多かった。幼い頃の和彦や妹は、父が深夜、ラジオを鳴らし、明かりをつけて仕事をする傍らで眠っていた。今でも和彦は明るくて音がする環境の方が安眠できる。

「してくれるで」

 和彦は短く答える。

「ようそんな学校に入れたな」

 母が見当外れの感心をする。昔から、母は和彦が何もできないと決めてかかっているところがある。

「申し込んだら入れるんや」

「試験はないんか?」

「そりゃそうや、専門学校やぞ」

 まだ専門学校への偏見を持っている父が割って入る。

 和彦とは違って真面目に高校へ通い、普通に卒業した妹は短大へ実家から通っている。両親にとっては、妹がいることが救いだろう。その妹は和彦と入れ違いで友人達と車に分乗し、信州へスキーに出掛けたらしい。正月に、スキー。車で。和彦は、自分にもそんな青春の可能性があったのかも知れない、と思う。

 年越しそばを食べた後、実家から歩いて十分ほどの地元の小さな神社へ初詣に出掛ける気になる。小学生の頃から京都を出るまで、毎年行っていた。

 父を誘ってみるが

「ええわ、俺は仕事があるから」

 忙しいのか照れているのか父に断られ、和彦は一人で生まれ故郷を歩く。

 八坂神社や平安神宮などの超有名神社には人が押し寄せるが、和彦の実家近辺はまったく人通りがない。京都盆地の夜の空気は冷えるが、身が引き締まるような冷たさと静けさだ。

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