episode05 sideクロ

「ぐすっ、魔女様……おばあちゃんを助けて」


 少女に連れられてきた小さなお家には、寝たきりの老婆がベッドで目を閉じていた。静かな呼吸音が聞こえるが、命の灯火が消えかけていることは容易に想像できた。


 うーん、流石に寿命に干渉することは魔女にも無理だと思うんだけど……君はどうするのかな?


 ちらりと君を見上げると、やっぱり困ったのように眉を下げていた。


 君はガサリとテーブルに手持ちの紙袋を置いて、横たわる老婆の手をそっと握った。僅かにその手が光っている。

 恐らくだけど、診察してるのだろうね。

 しばらくそうしていた君は、静かに目を開くと悲しげに首を振った。


「もって三日、かしら」

「そんなっ」


 君の言葉に、少女は目にいっぱいの涙を溜めた。


「魔女様の力でも、治らないの?」

「……魔女は神様じゃないから、病気を治すことも寿命を延ばすこともできないの」


 震える声で尚も食い下がるけれど、無理なものは無理なんだ。

 少女の目から堪えきれなかった涙が溢れた。


「んなー」


 僕は慰めるように少女の肩に飛び乗って頬擦りをしてやる。

 少女は「わっ!」と驚き戸惑いながらも、ぎこちない笑みを浮かべた。うんうん、女の子に涙は似合わないからね。


 僕たちが戯れている間、君は真剣な顔をして考え込んでいた。


「――私にできるのは、痛みを和らげてあげるぐらいかしら」


 そう言って君は「ちょっと待っててね」と腰を落として少女の頭を撫でると、紙袋を手にして家を出て行った。

 不安げに君を見守る少女と共に、僕は留守番するとしよう。だーいじょうぶ。あの子は必ず約束は守る。


 半刻ほど少女と遊びながら待っていると、窓がわずかにカタカタと揺れた。

 外で強い風でも吹いたのかな。

 そう思っていると、君が扉を開けて家に入ってきた。

 ああ、なるほど。箒に乗ってきたんだね。


「お待たせ。少し失礼しますね」


 君は懐から薄紫色に光る小瓶を取り出した。

 キュポンッと小気味のいい音を鳴らして小瓶を開けると、優しく老婆の身体を起こす君。


「ああ……」


 薄らと目を開けた老婆に「大丈夫。飲んで」と優しく語りかけながら、小瓶の中の液体をゆっくりと飲ませる。

 やがて、ほう、と息を吐きながら全て飲み切った老婆を再び横たえた。


「薬が身体に馴染んだら、次第に効果が現れると思うわ。明日また、同じ時間に薬を持ってくるわね」

「魔女様……ありがとうございますっ」


 すうすうと先ほどよりも穏やかでしっかりとした寝息を立てる老婆の手を撫でながら、優しい目で君は少女に伝える。

 少女は枕元にしゃがみ込むと、明らかに顔色が良くなった自身の祖母の様子に安心したように息を吐いた。真っ白だった顔色が、今では薄ら桃色に色付いている。


「目が覚めたら重湯を飲ませてあげてね。急にたくさん食べたらお腹がびっくりしちゃうから、ゆっくり、少しずつね」

「はいっ!」


 僕と君は嬉しそうに笑う少女に見送られながら、少女の家を後にした。

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