第7話 通報と訪問

希は少女をコンビニの奥にあるスタッフルームの椅子に座らせた。

そこには、店長の宇佐美もいた。

希は少女を睨みつけながら、肩にかけている鞄を差し出すように要求した。

少女は渋々、鞄のチャックを空けて、中身を目の前の机の上にぶちまける。

教材や筆記用具と一緒に、一粒チョコやおつまみの袋がいくつか出てきた。

それを見て、店長は唖然とする。


「店長。今すぐ、警察に通報してください」


希は少女を見ながらハッキリ言った。

しかし、宇佐美は躊躇っているのか、希の後ろで右往左往しているばかりだった。


「ちょっと待ってよ、百鬼さん。警察って、とりあえずこっちで話を聞いてからの方がいいんじゃない?」


はぁ?と希は大きな声を上げて、宇佐美を睨みつけた。

その瞬間、宇佐美は驚き、後退る。


「そんな必要ありません。こいつは万引きの常習犯ですよ。今更、あたしらが話をしたところでこいつは何にも変わりませんよ」

「で、でも……」


宇佐美は通報するのを躊躇している。

それは、少女のためを思ってのことではない。

警察を呼ぶと言うことは、警察車両が店の前に止まって、近所に店で事件があったことを知らしめることになるのだ。

その間は、客の出入りも悪くなるし、なによりいろいろ聞かれたり、調べられたりして面倒なことになる。

更に学校の担任や保護者が現れれば、事は更に大きくなるだろう。

しかし、希にはそんなことは関係がなかった。

彼女の万引きに対する執着心は凄まじい。

ここで何か大きなアクションを起こさなければ、他の店の被害だけでなく、彼女にとっても良からぬことだと思った。


「店長が電話出来ないなら、あたしがします」


彼女はそう言って、店長のディスクの上の電話の受話器を上げた。

それを見た宇佐美が慌てて、彼女に駆け寄る。


「わかった。電話は僕がするから、百鬼さんは彼女を見ておいて」


宇佐美は希から受話器を受け取り、警察へ電話をかけた。

希は宇佐美に言われたように、少女の前の椅子に座る。

少女は希と目を合わそうとせず、絶えず他所を見ていた。


「お前、昨日も別の店で万引きしてたよな?」


希は睨みをきかせた状態で少女に質問する

しかし、少女はそれでも希の方を見ようとしなかった。


「さあ、何のこと?」

「昨日のマニュキュアの件だ。お前、金持ってないわけじゃないんだろう? なら何で万引きなんて繰り返す」


その質問に少女は答えようとせず、だんまりを決め込んでいた。

希もこれ以上聞き出そうとしても無駄だと察し、腕を組んで背もたれに寄りかかった。

すると、通報し終えた宇佐美が戻って来る。


「今、連絡した。常習犯だって伝えたら、保護者の方にも連絡したいって言ってたよ」


少女がこうして万引きで捕まるのは初めてじゃないのだろう。

希は彼女に生徒手帳を差し出しように言った。

最初のうちは聞いていないふりをして無視をしていたが、希がしつこかったのか、仕方がなく生徒手帳を机に投げ出した。

それを拾うと、宇佐美に学校と保護者にも来てもらうように連絡するように指示した。

宇佐美は不本意ではあったが、希に言い返すことも出来ずに従った。


3人の間には当分の間、沈黙が流れた。

希はずっと少女を睨んでいる。

少女はずっと希を無視し続けている。

宇佐美だけが不安そうに、あたりをきょろきょろしていた。


希は机の上に散乱した少女の私物を見た。

教科書もノートもまだ随分ときれいだった。

まともに勉強をしてきたようには見えない。

荷物も学生にしては少ない。

学校にすら行っているのか怪しいほどだ。

希は宇佐美から返してもらった生徒手帳を見せてもらった。

そこには白鳥学園中等部の藤和麗奈ふじわれなと記載されていた。

恐らく中学2年ぐらいだろう。

白鳥学園と言えば、都内でも有名なカトリック系の私立の女子学校だ。

金持ちのお嬢様しか通わないような学校だった。

そんな彼女が万引きをしているのだ。

どう考えても物欲しさの衝動とは考えられない。

そんなことを考えていると、店に警察が現れた。

アルバイトの女の子が、店の奥にいる店長に声をかけて、宇佐美が慌てて店内に出た。

その間、希と少女は2人きりになる。


宇佐美は警察に簡単な説明をしているようだった。

盗まれたものが何だったのか。

何処においてあって、どのタイミングで取られたのか、細かく聞かれる。

それに宇佐美が四苦八苦しながらも答えていた。

その間にもう1人の警察官が希たちのいる奥の部屋に入ってきて、少女と対面する。

警察官は手慣れている様子で、少女に話を聞いていた。

少女もまた慣れた様子で答えている。

そんな警察官に希は答えた。


「彼女の学校には連絡しました。保護者にも連絡するように頼みました」


警察官はそうですかと淡々と答え、再び店内に戻って行った。

少女はまた、そのまま黙ってしまった。

しかし、足元だけがそわそわしている。

警察が来るまでは慣れていたのだろう。

問題はここから学校の教師と保護者が来ると言うことだ。

特に、保護者を呼び出したと言った時の少女の態度は少し違った。

今までの万引きでは警察、もしくは学校への連絡ぐらいで済んだのだろう。

店舗からの被害届も出されてはいなかっただろうし、報告も警察や学校側の方から親に連絡するくらいで、今回のようにお店まで出向くように言われたことはなさそうだ。

最近は、万引きと言ってもそこまでする店も減った。

それも理解したうえで、彼女は万引きを繰り返しているのだ。

だから、余計希はこの少女の親に会ってみる必要があった。

彼女の両親がどこまで彼女のこのような行為を理解しているのか知りたかった。


数分経つと、また店の前に別の車が止まった。

それは黒塗りの高級車でコンビニには似つかわしくない外車だ。

そこから出てきたのはいかにも高そうなスーツを着た、一人の婦人だった。

仕事の途中なのか、読んでいた資料のファイルを隣の秘書に渡して、車から颯爽と降りてきた。

そして、店内に入ると中を見渡し、店長らしい人物を探す。

宇佐美もそれに気が付いたのか、いそいそとその婦人に近付いて行った。

彼女は宇佐美を見ると、つけていたサングラスを取って見下すように視線を向けた。


「あなたがここの店長?」


彼女はそう宇佐美に質問する。

宇佐美はへこへこと何度も頭を下げた。


「はい。そうです」

「今、学園から連絡があって、うちの麗奈がこちらにお邪魔しているようなのだけれど、どういうことなのかしら?」


彼女は娘の仕出かした事を知ってか、知らないのかそのような質問を宇佐美に突き付ける。

宇佐美は相変わらずおどおどしながら答えた。


「お宅のお子さんが、その、うちの店で万引きをしまして……」


その言葉を聞いて、彼女はふっと鼻で笑った。

何がおかしいのか宇佐美には理解できなかった。


「万引き? そんなことで呼び出されたの?」

「そんなことって……」


宇佐美は唖然としていた。

娘が万引きという立派な窃盗罪を犯しておいて、そんなこととはどういうことなのだろうか。

周りにいた警察官もさすがに焦り出した。


「どうせ、大した額でもないんでしょう? わかったわ。盗んだ商品の金額の倍以上払います。だから、うちの娘を今すぐ開放して頂戴」


彼女はそう言って、秘書に持たせていた鞄を手にして中から財布を取り出すと、そこから1万円を引き抜き、宇佐美の目の前に放り投げた。

1万円札は宇佐美の前でひらひらと揺れながら地面へと落ちていく。

それを脇から見ていた満瑠も唖然としていた。

そして、奥の控室のドアを開け、何事かと顔を覘かせていた希も驚いている。

希は怒りのあまりその婦人の前に勢いよく飛び出して、立ちはだかった。

彼女は顔を真っ赤にして怒っている。


「額の問題じゃない! あんたの娘が人の物を盗んだことに問題があるんだよ!!」


相変わらず、希の周りの御霊は点滅するように光っていた。

希が感情を高ぶらせるほど、光は強くなっていくのが分かった。

そして、その婦人の周りにも多くの御霊が集まっていた。

しかし、それは希のそれとは違って、少女と同じようにかなり穢れていた。

彼女の身体に止まっていた御霊は全て神大市比売かむおおいちひめだった。

神大市比売は市場の神としても有名だ。

その御霊がついていると言うことは、この女性は何かの商売をしていて、これだけの御霊がついていると言うことはそれなりに大きな企業であることが伺える。

しかし、彼女の情緒不安定な様子や御霊の穢れを見ると、その商売がうまくいっていないことにも満瑠にはすぐに気が付いた。

そのため、今は娘の問題よりも、仕事の問題の事で頭がいっぱいなのだ。

だからこそ、今回の件について彼女は雑に対処しようとしているし、早く終わらせようとしている。

しかし、そうすればそうするほど、御霊の穢れは濃くなっていくのだ。


少女は希が部屋から出て行ったのを確認すると、そのタイミングで自分の荷物をまとめて抱え席を立ち、ドアに向かった。

しかし、ドアから出て見えた光景は、自分の母親がいら立つ姿と、店長に無造作にお金を投げつけている光景だった。

少女はぐっと息を飲み込む。

そして、持っていた鞄をぎゅっと抱え込んで、大人たちの隙を突くように、店内を走り去って外に飛び出した。

ほとんどの大人が婦人に注目していたためか、彼女は誰に止められることなくあっさりと店外に出て行けてしまったのだ。

満瑠だけが、それに瞬時に気が付くと誰よりも先に少女を追いかける。

店内から、母親の呼び止める声が響いたが、今の少女には届かなかった。

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