第7話 始まった夏休みと刑事の訪問

 じいちゃんの家で過ごす夏休み。翔太は前の晩、眠れない程、燥いでいた。古い家ではあるけど、広くていつも畳の爽やかな香りのするじいちゃんの家、それは私と翔太にとって、昔から探検しても探検しきれないお城のような場所だった。庭は広く、いつもきれいに手入れがされている。この庭は、季節毎に色々な花を見る事ができるけど、夏はやっぱり朝顔で、私は小さい頃からこの花が一番好きだ。しかも他の場所で見る朝顔よりこの庭の朝顔はずっと大きくて色鮮やかだ。青色も深く、海や空の色に近い。まるでここは魔法の庭で、ここにある植物全てに魔法がかかっている気がする。


 それでもこの夏、私はここにいる事を素直に喜べなかった。本当は家にいて、父さんの力にならないといけないって分かっていたから。もう高校生だし、子どもではない。

 庭にある小さな池を見ながらそんな事を考えていると、ばあちゃんが、私にお客さんが来たと知らせに来た。


「私にお客さん?」


 玄関にむかうと、そこにいたのは、いつか家を訪れた二人の刑事だった。


「今度は何の用ですか?」と疑い深げに聞く私に、初めて若い方の刑事が口火を切った。


「いいえ、今日は謝りに、そしてと報告に来ました」


「ああ、父さんを犯人にしようとした事ですね」


「犯人にしようとしたわけじゃないんだ」

 今度は中年の方の目付きの悪い刑事が説明する。「実は、中学校の入口に設置された古い監視カメラに、当日の深夜、小柄な人物と君のお父さんとが話している映像が残っていてね。それで君のお父さんは知らないと言うから、侵入者や犯罪との関連を疑わずにはいられなかったんだよ」



 私は自分の顔が青ざめていくのが分かった。

「監視カメラに……? それって一部の週刊誌に載ってたっていう間違った情報だったんじゃないんですか?」


「正式には発表していなかったけど、真実だ。でもそれは事件には関係がなかったんだ」


「関係がなかったんですか? でもどうしてそれが分かったんですか?」


「それは、その監視カメラに映っていた人物が警察に出頭して来たからだ。本人は自首のつもりでね。単に卒業した中学が懐かしくて、そこでみんなで共同制作した絵をもう一度見たくなって侵入したらしい」


「そんな理由で?」


「進学した学校で上手くいってないらしいんだよ」

 初めて若い方の刑事が説明を加えた。


「そういう時には、そういう気分になるもんだ」

 中年の方の刑事の言葉に初めて優しさが滲んだ。


「それで父さんは、その事を警察に言ってなかったんですね?」


「ああ。その生徒をかばってね。そして学校の方も卒業生という事もあって、特に生徒を咎めない方針になった。単に窃盗とほぼ同時刻に校内に侵入したというだけだから」


「では週刊誌に載ってあった事も全くの間違いというわけじゃなかったんですね」


「ああ、そうなんだ。でも生徒のためにも私立中学の立場のためにも、全くの誤情報で通すそうだ」


 私は、はっきり言ってそれで良いのか、分からなかった。でも父さんがその生徒のために、秘密にしようとしていたのは確かなんだろう。


「それでどんな絵だったんですか? その共同制作した絵って」


「大きな向日葵の絵だったよ」


「見たんですね」


「ああ、見たよ」


「報告というのはその事てすか?」


「もう一つ。中学のトロフィーを盗んだ連中について判明した。すでに留置されている犯人同様、捕まるのは時間の問題だ」


「じゃあ後は学校にあったという宝石の事だけになったんですよね」


「今日は、その事についても話しておこうと思ってね。君のお父さんにも言ったんだ。昔、それをお父さんに譲った人物に事情の説明を求めに行かない方がいいって」


「え? なんでですか? それがいちばんてっとり早いのに」


「その人物は現在、失踪中……という事になっているんだ」


「なっている?」


「ある人物との関わりを避けているというべきか。警察は把握していても、君達が見つける事は困難だと思う。さらに今度の盗難届を出した人物の周囲はきな臭い」


「きな臭いってどういう意味ですか?」


「物騒だっていう意味だよ」

 年をとった方の刑事が、まるで学校の先生みたいに言説明する。


「警察ではよく使われる言葉なんだよ」若い方がフォローする。


「やっぱりよく分からないです。今度の盗難届を出した人の事をくわしく教えて下さい」


「それは教えられないよ。物騒だと言ったのは、その人物の周囲にいる奴が暴力的になり得る組織に属しているって事かな。そして、そいつがその紛失した装飾品にかなりの価値がある事を吹き込んだんだ」


「白井さん、高校生のお嬢さんにそんな、脅すような事、言っちゃ駄目ですよ。怖がるじゃないですか」


「怖がる位の方がいいんだ」


「心配して下さってありがとうございます。でも私、意外と強いんですよ」


 そう、強いんだからと心の中で呟きながら私は商店街を後にする二人の刑事を見送った。



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