第2話 事件の翌朝

 高校生になったばかりの四月の朝の事だった。通学のバスに乗っている私の隣には中学時代からの親友の由乃がいた。バスが母校の中学校前の通りに差し掛かろうとした時、由乃が言った。


「ね、菜々のお父さん、今年は何年生の担任?


「二年生だって。これまで受け持っていた一年生が進級して、そのまま次の学年も受け持つらしいよ」


「いいなあ。数学の先生のお父さんがいて」


「そうかな」


「だって分からない問題を教えてもらえるっしょ? 高校に入って数1なんて、まるで頭に入んないんだもん」


 その時、由乃が目を細めて車窓の向こうを真剣に見始めた。


「どしたの?」


「あれ、見て。パトカーだよ。中学校の前に停まってる。何か事件があったのかな」

 

 バスの車窓から一台のパトカーが学校前に停まっているのが見えた。そう言えば昨日の夜、父さんは残業があると言って、遅くまで学校に残っていたっけ。朝も顔を合わせてはいない。これは出かける時刻が違うのでいつもの事だけど。スマートフォンで時刻をチェックする。午前七時十五分。

 私は気になったけど、その後、由乃が話題を変えて昨日のテレビドラマの話を始めたので、パトカーについてはそこまでだった。


 その日の放課後、バスの窓から見る中学校前は、ざわめいていた。気になった私は家の最寄りのバス停でなく、そこでバスを降りる事にした。何人かの通行人の会話が切れ切れに聞こえてくる。

「昨日の夜、学校に泥棒が入ったらしいよ」


「セキュリティー、ちゃんと作動しなかったのかな」


「宝石店とかじゃないから、大したセキュリティなんてしてないよ。貴重品が盗まれたんだって。陸上部が県大会、全国大会に行った時のトロフィーとか色々」


「そんな物、どうするんだろ?」


「金属は売れるんじゃね?」


 何とか拾い集めると、昨日の夜、父さんの勤める精華中学校に泥棒が入ったらしい。辺りの雰囲気同様、私の胸もざわざわし始めた。でもケガ人の話は出ていない。私は、バスに乗り直して家に帰る事にした。


 家に近付くと、近所の人達が遠巻きに何か噂している姿が見える。それでいて、こちらが目を向けると慌てて家の中へ引っ込む。嫌な感じ。いつもなら下町のこの辺りは和気あいあいとしているのに。

 肉屋をしているじいちゃんの商店街仲間のおじさんが自転車で通りかかり、声を掛ける。

「大変だったね。お父さんの学校、泥棒に入られたんだって? お父さんも学校にいたらしいね。それで菜々ちゃんの家にも一応、警察が調べに来たんだってね」


「え?」


 家に帰ると確かに辺りは色々乱れ、調べられた後があった。これを「一応」と呼ぶのだろうか?

 母さんは取り乱し、夕食の準備は出来ていない。台所にはじいちゃんが自分の店のコロッケを温め、待っていた。


「さあ、菜々も冷めないうちに食べなさい」


 私は弟の事が気になった。

「翔太は?」


「部屋で寝てるから、静かにな。テレビのニュースで中学校の事件を知ったら、子どもは色々想像して怖がるもんだから、先に寝かしつけた」


 私だって子どもみたいなものだ。教師が残業している学校に泥棒が入ったからって、何で家の中まで調べられるんだろう? わけが分からない。

 その時はまだ、私はこの出来事がそんなに大きな事件に発展するとは、考えていなかった。



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